2 山道での襲撃

 マルコは、山を歩くのは楽しかった。途中までは。


 山道のわきには、シャクナゲの緑がつらなり、菜の花の鮮やかな黄色を見ることもできた。

 右の崖下はヒノキの森で、風が舞うたびにさわやかな香りを運ぶ。こずえに留まる、小鳥のさえずりが聞こえる。季節はもう春だ。


 旅の二人は、並んで荷車を引いていた。

 マルコは渡された竹製の杖を、片手でご機嫌に振り回している。

 アルは袋をかぶせた大杖をつきながら、ぶつぶつと何やらつぶやいている。


「アル、この辺は平和でいいとこだね。わからないことだらけだけど。

 その……、端村はしむらというところで、ご飯を食べるのが楽しみになってきたよ」


「マルコ、この辺は全く平和じゃあない。特に端村のはずれの森は危険で、用心しなければいけない。

 この道だって、野犬が出る事もあるんだよ」


「へえ。ワンコがいるの?

 ……実は僕、動物が大っ好きなんだ。野良の犬でもいいから会いたいな」


 マルコはあどけない笑顔を向けた。


     ◇


 鋭い牙がマルコの竹杖にかじりつき、かみ砕こうと嫌な音を立てている。

 茶色の野犬の真っ赤な口からしたたるよだれが、地面に倒されたマルコのほほにたれて、腐ったような匂いを放つ。

 彼はひたいに冷や汗をかき、杖をなんとか押し上げながら、必死で叫び声をあげた。


「あああああーーーーーーーー!

 アああ、アル! 助けてー!」


 野犬の群れが二人を急襲し、平和だった山道は、今や野犬の吠え声と、マルコとアルの悲鳴が重なって大変な騒ぎになっていた。


 その時、アルは荷車の周りで円を描くように、2匹の野犬から逃げ回っていた。

 法衣ローブのすそが噛みつかれそうになるのを、すんでのところでよける。

 走りながらアルは、杖の石突きに向け必死に呪文を唱えるが、残念な事に煙しか出ない。


「ちょおおっと! 待って。集中させて! ね! 集中すれば、……っかしいな」


「本気でやばい」とマルコは、目の前の野犬を自力で何とかする手段を探した。

 目の前の犬の口に必死で抵抗していると、視界に荷車の車軸のとげが見えた。

 すきをついて、野犬を一気にけり上げる!


 その犬には、したたかにとげがささって、「キャンッ!」と痛みに泣く吠え声を上げたと思うと、逃げ去った。

 マルコはすかさず荷車の下に転がり込んで、長いため息をついた。


 一方、アルは、魔術を用いてやっとのこと杖の先端に子どもの拳ほどの炎をともすことができた。その杖を野犬に振り回して一喝。


「うおお! 聞けー、この犬畜生ども! 我は、日と炎をつかさどる魔法の使い手なり!

 ワンッ! ワンッ! ガルルルるる……」


 野犬はいずれも目を開き、杖先の小さな炎ではなく、魔法使いの必死の顔を凝視ぎょうしした。

 やがて、その剣幕けんまくに恐れをなしたようで、それぞれが力なくうなった後、あちこちへ逃げ去った。


     ◇


「あの門が、そうだよ」


「そうですか……」


 アルとマルコは、すり切れた衣を引きずり、つかれ切って、端村はしむらの門に到着した。


 森と山道に面した門は、人の背丈ほどの戸板しかなく、動物を防ぐことしかできそうにない。守衛はいなかった。

 すでに日は中天をだいぶ過ぎていて、アルが戸板を開くと、西日でできた影も開いた。


 マルコが、門のとなりにある見張り台を見上げたとたん、上から冷やかすような声が投げかけられる。


「なーんだあ?

 お前ら、見ねえ顔だなあ!

 こんな辺ぴな村に何しに来やがった!」


 見張り台の上から、びてはいるが鉄の甲冑をきた男二人が、酒瓶を片手に、下卑げびた笑い声をあげてこちらを見下ろしている。


 となりのアルが、急に顔を上げたかと思うと、顔いっぱいに作り笑いを浮かべていた。


「おつとめご苦労さまですー!

 いつも通り、野菜を届けに参りました、山の上のアルでございます!」


 甲冑の男二人は、何やらこそこそ話すと、もう片方が落ち着いた声をあげた。


「アルと申す者は知っている。……魔術師、だろう?

 もう一人の、ちびっこいのは何だ?

 子どもか?」


 聞いてる方の甲冑が、跳ねるように吹き出す。


 小柄な事をからかわれ、ムッとしたマルコは、期待してアルの顔を見る。が、彼は作り笑顔を崩さず、もみ手までしそうな勢いだ。


「いえいえー! この者は、私の親戚でして、名をマルコと申します。

 本日は手伝いで連れて参りました!」


 甲冑の二人は再びこそこそ話すと、初めに話しかけた男が神妙な顔で言った。


「ふん! 通って、よおーし! グハハハ」


 アルはその言葉を待たずに荷車をすみやかに門の中へ入れると、丁寧に戸板を閉じた。荷車を前方の広場へ向け、すばやくマルコに顔を近づけささやく。


「あとは何を言われても流して!

 相手にしないようにね」


 二人の背後の見張り台から、からかうような笑い声がまだ聞こえてくる。


 荷車を引いてとぼとぼと歩きながら、マルコがぼそぼそと尋ねた。


「何なの、あれ? 門番でもなさそうなのに、えらぶっちゃってさ……。

 あんなに酔っぱらって見張りができるの?」


 肩越しにふり向いたアルは、意外にも悲しげな顔をしていて、そんな彼を初めて見たマルコはどきりとした。


「……彼らは、元は都で訓練を受けた立派な兵隊さん達なんだ。ここに来ちゃうと……、みんな、ああなっちゃうんだけど……。

 …………。

 彼らのせいだけじゃないんだよ」

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