2──卒業式


 後輩と写真を撮っていたら、木の下でこちらを見ていた朱々葉が突然歩き出した。まずい。怒ったみたいだ。泣いてしがみついてくる可愛い後輩たちと離れるのは私も辛い。でも不機嫌な朱々葉の方が百倍恐い。


「ありがとう。元気でね」


 一人ずつ抱きしめて頭を撫で、朱々葉を追った。

 卒業証書の筒を振りながら校門へ向かう背中は、とても冷たい。


「朱々葉!」


 呼んでも朱々葉は歩き続ける。でも私の方が断然、足は速い。


「朱々葉。待ってよ」


 並んで歩いても朱々葉は前を見て歩き続ける。静かな視線が一ミリもこちらに向かない。拗ねている。


「朱々葉、卒業おめでとう」

「おめでとう」


 素っ気ない返事だ。


「今日の晩御飯、楽しみにしてるからね」

「みんなと食べればいいんじゃない?」

「みんなとはこれからファミレスで食べるよ」

「どうせ夜まで騒ぐんでしょ」

「私は夕方までに帰って朱々葉と過ごすよ」


 朱々葉は私を束縛したりしないかわりに、その都度すごく拗ねる。

 朱々葉とは高校生活を通して一人も共通の友だちができなかった。室内で静かに過ごすのが好きな朱々葉は、いつも出掛けたり燥いだりする私の周囲とは打ち解けなかった。一年目のクリスマスパーティーに誘ったとき、ここにいるから楽しんできてと言って朱々葉は紅茶のカップを手に隅っこで座ったままだった。そのうち人酔いして頭痛がしてきても、私を待っていてくれた。でも誰もが、朱々葉が楽しんではいない事に気づいていた。

 だから私は朱々葉を無理に誘わないと決めた。

 もちろんデートの時間は確保した上の事だ。

 

「忙しい人」

「忙しいけど大丈夫だよ」

「別に心配してない」

「うん。心配いらないよ。それにみんなわかってるから。朱々葉が私の大切な人だって。さっきのだって告白とかじゃないんだよ」

陽彩ひいろが告白されないと思うほど馬鹿じゃないから」

「わかってるよ。私の恋人は朱々葉だから。誰に何を言われてもそれは変わらないよ」


 朱々葉が足を止めた。校門の手前、桜並木の終わり。

 私たちの高校生活が終わる。

 

 朱々葉がこちらに体を向けて、静かに見あげてくる。


「あなたが好き」

「私も、大好き」


 やっと、朱々葉が笑った。

 筒を持ち換えて、手をつないで歩く。

 桜を散らす冷たい風が、朱々葉の前髪を揺らした。


「何を食べるの?」

「うーん、まだわからないかな。メニュー見たら気持ちが動くし。でも、食べる前に撮って送るから。朱々葉のお母さんにもお世話になります」

「和食は?」

「好きだよ」

「それは知ってる。和食でもいいかって聞いたの」

「なんでもいいよ。あ、なんでもっていうのは、何を作ってくれても嬉しいし絶対美味しいから楽しみにしてるよって意味だから」

「わかった」


 嬉しそうに笑ってうつむく朱々葉の細い鼻筋を見下ろして、こうして制服で並んで歩くのはこれが最後なんだとしみじみ感じた。


「写真撮ろう」

「今夜撮るでしょ」

「制服」

「あ、そうか」


 お互いにスマートフォンを出してぴったりと身を寄せあう。朱々葉は慣れない自撮りを最初から放棄するとわかっていたので、受け取ってまた画面を覗き込んだ。

 上目遣いの甘えた表情は、本当に私にしか見せない顔。

 校内で抱きしめたことがなかったのは、朱々葉が二人きりになれないのを嫌っていたからだった。物わかりのいい妻みたいな彼女の尻に敷かれている私は、少しの陰口と好奇の目を受けたけど、気にするほどでもなかった。それより女帝とあだ名をつけられた朱々葉に貫禄が備わっていく様を見ているのが楽しかった。


 朱々葉の髪に頬を寄せて、唇をキスの形で目を閉じて一枚。

 瞼をあげると、朱々葉も目を閉じて同じ顔をしていた。

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となりぼっち。 百谷シカ @shika-m

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