第39話 選択

「なんたって俺と新司は霧都のゴールデンコンビ、だしな」


「だね。それはそうと光太、とりあえず風邪をひかないように着替えようよ」


「あぁ、


「私、保健室で着替えさせてもらえるように頼んでくるけど、二人とも替えの服は教室?」


「あ、僕は教室のリュックの中なんだけど。もしかして、黒原さんが取って来てくれるの?」


「廊下をビタビタにするわけにはいかないでしょ? リュックごと持ってくるわね。それとも、素っ裸になって、教室までのランウェイを楽しみたいのかしら?」


「ごめんなさい、よろしくお願いします」


「はい、うけたまわりました。竹原くんも?」


「助かるよ、委員長。俺もリュックごとよろしく。新司、俺もすぐ行くから先に保健室に行っててくれ」


「わかった。先に行ってるね」


 二人を見送った後、星奈から四度目となるタオルを受け取った。顔にあてがったタオルの心地良さに気持ちが落ち着く。


「なぁ、星奈。忘れていた訳じゃないんだけどさ、ここは、俺たちの思い通りにはならない世界、なんだよな」


「光太?」


 星奈が、俺の目をジッと見つめてくる。その奥の、まるで頭の中を見透かそうとでもしているかのように。さながら、何でも映し出す水晶玉のような青い瞳で見つめている。


「俺も着替えてくるよ。タオル、ありがとう」


 礼を言うと、俺は一人で保健室へと向かった。背中には、いつまでも星奈の視線が感じられていた。



 ☆



 体育祭も終わり、ほとんどの生徒が祝勝会やら何やらと称した打ち上げへと向かった放課後。人気の無い花壇の前で、俺は星奈と向き合っていた。


「前にさ、ここで打ち明けてくれた時に言ってたよね。星奈は、この世界で退屈な日々を過ごして来たって」


「はい。でも、今回は楽しいとも言いましたよ」


「それ……なんだけどさ、自惚うぬぼれじゃなくて、今の俺がいるからって思っても良いんだよね?」


「はい。自惚れなんかじゃありません。今回の光太を私が気に入っているのは、疑いの余地が無い事実です」


「それは見た目なんかじゃなくて、俺自身をって事で……」


「当然です。見た目なんて、毎回同じなのですから。それと……ただ気に入っているだけなら、あんな風に海に入ろうだなんて思いもしません」


「そっか、良かった……それなら、次回も楽しいんだろうな」


「次回も?」


「このままシナリオが進めば、そう遠くない内に告白イベントがやってくる。そうなればどんな結末であれ、ゲームは完全にリセットが掛かってスタート時に巻き戻るだろ? そしたらまた、星奈と出会う所から始まる。あぁ、でも記憶は残っている訳だから、次は初対面の時に怒らせる事はないのかな。星奈は、これまでも繰り返して来たんだよね。それは、この世界にいる限り終わらない」


「もしかして光太、元の世界に戻りたくなったのですか?」


「戻りたくなった……か。ちょっと違うな。戻りたいじゃなく、俺は戻らないといけない。戻る理由が出来たんだ。俺には、向こうでやらなければいけない事がある」


「それは、あの時の話に出てきた――想い人に関する事――なのですよね?」


「今度は、力になりたいんだ」


「そう……ですか、……でも私は――」


「星奈、責任を取らせてよ」


「へ? ぇえ?! なっ、何で急にそんな……、ですが、先ほど戻るって……」


「星奈はさ、この世界での自分をどう思ってるの?」


「自分を……ですか? ……家柄や容姿、才能に恵まれ、一人娘である私は両親からの愛情を一身に受けて育てられました――という設定ですが、傍から見れば呆れるくらい、羨ましい存在ですね。罰――なのかもしれません。忘れたいのに……忘れたいから消えてくれない。逃げ出した私の……弱かった私の記憶だけが残っています。今の私は……私が望んでしまった自分。私には、逃げないという覚悟がありませんでした」


「大丈夫、今のキミは弱くなんかない。ちゃんと受け止めているじゃないか」


「でも、逃げ出しちゃったんです。こんな私の事、あの人は……あの人たちは……」


「こんな私だなんて、否定するなよ。俺は、本当のキミがどれだけ頑張っていたのか知っている。キミの……本当のキミの笑顔が大好きだった奴がいたのも知っている。言っただろ? 誰かが価値があるって思えば、そこに価値が生まれるんだ。それでもキミが否定しようっていうなら、俺がその度に何度でも肯定してやる。キミはもっと自分に、本来のキミ自身に、自信を持って良い。俺が知っているキミは、は、かけがえのない、たった一人の存在なんだから」


「どうしてその名前……本当の私を……知っている?」


「キミは、忘れてしまっているみたいだけどね。ただ、この場合は忘れたくないって思ってくれてた訳だから、ありがとうって言った方が良いのかな。でも俺には、忘れられない思い出だから。たぶん俺にとって、最後まで消えない記憶。思い出す度に、後悔せずにはいられなかった。でもそのおかげで、キミに出会えたのなら悪くない。あの時は、キミが悩んでいる事に気付いてあげられなかった。けど、今なら、こうして伝える事が出来る。キミは、神坂ゆりという自分を、もっと認めてやるべきだったんだ。キミがどれだけ周りの人から認められていたか、どれだけ好かれていたのかを」


「私が……」


「そうだよ。俺が知っているキミの周りには沢山の友達がいた。キミの為に泣いてくれる友達が大勢いたんだ。ご家族とは、直接会った事はないけど、それこそかけがえのない家族なんだから、キミの現状にどれだけ心を痛めているか。だから戻ろう。この繰り返すだけの世界から抜け出して、そこから新しく始めよう。今度は俺も、ちゃんと支えてみせるから。約束する。それが、俺がやるべき事だから」


「そんな事を言われても……」


「ゲームをベストエンドに導けば、願いが一つ叶えられるんだ。それでキミを元の世界に戻す事が出来る。まず、今回のクリア報酬でキミを先に戻す。今回は星奈が攻略対象になっているから問題なくクリア出来る。新司とカップルになってくれれば良い。そしたら、次にもう一度クリアして俺も戻る」


で……良いのですか? ですがもし、私がこのお話を断ると言ったら?」


 俺も攻略対象なんだから俺が新司とカップルに――なんて手も実はあるんだけど……ベストエンドになる気がしないな。それで済むなら、以前にもクリアしている奴がいてもおかしくない。最悪、星奈を向こうに回して、黒原さんや他のヒロインルートを正攻法で攻略する事になるのか。そうなった場合に俺の自我がどこまで保てるか。仮にクリア出来たとしても、無理やり戻らせた彼女がどんな行動を取るのかも分からない。


「どうするかはキミに任せるよ。俺は、俺を信じてほしいとしか言えない」


 星奈は俺の目を見据えたまま、コクンと小さく頷いた。



 ☆



 師走しわす。世間がクリスマスや年末年始を迎える準備に彩られる中、そんなワクワク感とは無縁な俺がいる――というか、バクバク感なら絶賛体感中だったりする。




「こらーっ! 廊下を走るなーっ!」


「すみませーんっ!」


 窓ガラスをビビらせる体育教師の怒鳴り声も。


「きゃっ?! ちょっとぉ、たけ――」


「ごめんっ!! あとでっ!」


「もぅ……頑張ってね、かずとくん」


 出会い頭にぶつかりかけ、眉根を寄せた委員長の顔も。

 全部置き去りにして走り続けた。

 走り出してしまった、俺の気持ちは止まらない。

 

 やってきた告白イベント。

 もうすぐ二人は一つの結論を出す。

 クリアする為にああは言ったが、どうにもモヤモヤとしたものが俺の中で燻り続けていた。

 あれで本当に彼女を救えるのか? 俺の選択に間違いはないのか? 


 ようやく目に入った下駄箱を素通りし、勢いそのままに上履きで外へと飛び出した。中庭を駆け抜け、校舎の角から躍り出たところで、花壇の前で向き合う二人を視界に捉える。


「ちょっと待ったぁああああ!」


 考えるよりも早く、言葉が先走っていた。


「「光太?!」」


 駆け寄った俺を驚いた様子の二人が出迎えた。そんな二人の視線を感じながら、膝に手をつき、矢継ぎ早に肺へ空気を送り込む。

 全力で走ってきた事によるものなのか、それとも、これから口にする言葉へのプレッシャーによるものなのか。早鐘を打ち続ける心臓が大人しくなる気配は微塵もない。

 俺は大きく息を吐き出すと、ゆっくりと体を起こし、勝負の言葉を口にする。


「悪いな、これだけは譲れない。俺はが、好きだ!」

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