第30話 後悔
中学生活最後の始業式を終え、まだ正月休みのふわふわとした雰囲気が漂う教室。ホームルームの時間、先生から告げられた言葉が、教室のその雰囲気を一変させた。
「落ち着いて聞いてほしいんだが――」
初めにそんなふうに言われたところで、落ち着いていられるものでもない。一瞬、ぴたりと空気が固まったかと思うと、すぐに教室中がざわついた。
先生の話によれば、神坂さんは入水自殺を図ったらしかった。偶々居合わせた人に発見され、一命を取り留めはしたが、意識が戻らない状態だという。この寒い時期、海の水はどれだけ冷たかったことだろう。
「どんな些細な事でも構わない。何か気付いた事があったら教えてほしい」
すすり泣く生徒も多い教室を見渡して、先生は沈痛な面持ちで訴えた。
学校側としても受験を控えるこの時期、生徒に与える影響を考えると
時期的には、受験ノイローゼという線も考えられなくもないのだが、彼女の場合に限り、その線は除外してしまっても問題なかったのだろう。絶対はないとは言え、先生たちから見ても、有数の進学校に合格のお墨付きを与えられる程には、彼女は優秀な生徒だったのだから。
ご両親からしてみたら、彼女が自殺を図った理由に思い当たる節が無く、学校生活において何かしら悩み事でもあったのではないか? との事らしかった。
子の心、親知らず。親の心、子知らず。どちらかなのか、それとも双方なのかは分からない。どちらにしても、彼女が自殺という選択肢に行き着いた原因は、【いじめ】なんかじゃないと思えた。
おそらく、家族内での悩み事。神坂さんと仲良くなっていたとはいえ、終業式後のあの時に、初めて彼女の内側に潜む思いを耳にした気がする。
初めて――本当にそうだったんだろうか。
花壇の前だけで見せる神坂さんの素顔。教室で先生や他の生徒たちに見せる優等生の顔とは違う、素の姿を自分だけが知っている。彼女の本当の笑顔を知っている。そんな独り善がりな、ちょっとだけ特別な存在だという自意識に酔って、彼女が発信していた信号を見落としてしまっていたんじゃないだろうか。
仮に気が付いたとしても、クラスメイトの一人に過ぎない自分が、何かしてあげられた筈がない。それでも、もしかしたら、彼女に違う選択肢を選んでもらう事が出来たかもしれない。いや、彼女にしてみたら、自分なんかがそんな存在であった訳がない。でも――、もし――。
いつまでも終わらない、厚かましい自責と言い訳がましい自己否定、そんな堂々巡りの日々が始まった。
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