第31話 とある図書室の禁止目録
「星奈姉さま、そこ、ダメ……なんです」
「ふふふ。美亜は、ここが弱点なんですね?」
「はい、そこをつかれると……弱くって」
「そう言われるとお姉さんとしては、攻めずにはいられないです」
「もう、星奈姉さまの……意地悪」
「シャラァアーーーップゥ!!!!! やめーい、おまえらっ。気が散るわっ!!」
頭の上に浮かぶ妄想を掻き消すように、俺はわさわさと腕を振り回した。
テスト勉強をしているというのに、耳から入ってくる美亜と星奈の甘い声音が邪魔をする。
教科書のアルファベットが擬人化して見えてくるとかどんだけなのっ! もうRなんて完全に抱き合っちゃってるよね? 飛びついて、押し倒しちゃう瞬間だよね?
「にぃに、声が大きい。他の人に迷惑だし」
「光太、ヒソヒソ話に対してそのワードは適切ではありません。使うならビークワイエットです」
逆に俺が怒られた。そしてダメ出しされた。なんか理不尽だ。
だが確かに、今いる場所を考えずに大声で口走ってしまったのは俺が悪い。反省して、慌てて回りに謝罪のペコリを連発する。
今日は期末テストの勉強をしに学校の図書室に来ていた。机を挟んで向かい側に星奈と美亜が並んで座り、俺は窓際の席に座っている。
机は六人掛けなのでまだ空いているのだが、他の生徒たちが互いに牽制しあって埋まらないでいた。
「大体、人の邪魔するほど大きな声で話してなかったじゃん、美亜も星奈姉さまもさ。てゆーか、何? 顔真っ赤だよ、にぃに」
「声の大きさじゃなくって……だな。その……会話の内容が何と言うか……だ」
「内容? ……ぁ?! もしかして、にぃに。エッチな想像してたんじゃ……このっ変態バカにぃに!!」
待て待て待てっ! いやっ、ほんとさっきのは仕方ないだろ! 視線は教科書に集中してるけど、耳から入ってくる言葉と雰囲気で優秀な脳細胞どもが勝手に……。
「美亜、健全な男子には、抗えない魔性というものがあるのだよ」
そう言って俺が見回すと、周りの席の男子生徒となぜか女生徒たちまでが、顔を隠すように
「キモっ。にぃに、開き直ってるけどキモいから」
「ぐぁっ、二回もキモいって言われた」
「まぁまぁ、美亜ちゃん。帰りに何かおごってもらうって事で」
「そうですね、星奈姉さま」
くっ、精神的ダメージだけでなく、お財布的にまで優しくないダメージが。星奈も美亜も、二人とも笑みを浮かべているけれど、まったく優しさが感じられない。
「はぁ、わかったよ」
溜め息を吐いたところで、最近では俺も慣れてきたものだと自分に感心してしまう。
周囲からの視線。課外授業での一件から、以前に増して鋭い視線を浴びることになってしまったが、もう好きにしてくれ状態だ。星奈と一緒にいる以上、これはもう避けようがない。
今日は、星奈とは違ったタイプの美少女な妹の美亜までいるので、男どもの嫉妬は天井知らずだろう。美亜が美少女だという点について、兄として異論を挟ませる気はこれっぽっちもない。
それにしてもテスト前とはいえ、図書室の人口密度が半端ない。俺たちの机以外が満席なのは当然として、立ち読みしている生徒が多すぎる。いや、ページがめくられている音もしないからフリなんだろう。本当に、周りの生徒たちが心配になってきた。テスト前だぞ? おまえらも勉強しろ!
――あれっ、あぁ、そうか……こいつらが勉強しなかったら相対的に俺の成績が上がるのか。うん、この状態をキープしよう。流石です、お兄さま。
「美亜、わからない所があったら聞けよ。俺が教えてやるぞ」
「大丈夫、星奈姉さまに教えてもらっているから。にぃに、自分の勉強してていいよ」
「……はい」
ですよねー。星奈は完璧ですからねー。
あっさりと却下された俺へと、周囲からクスクスと笑い声が届く。穴があったら入りたい。そんな事を考えていたら、静かに椅子の擦れ動く音がした。
「光太? どこかわからないとこは有りませんか?」
机を回り込んだ星奈が隣の席に腰掛けた。俺が返事を返す間もなく、椅子を引き、ピタリと二人の肩と肩が触れ合う位置に体を寄せてくる。星奈が俺の教科書を覗き込むと、彼女から漂う桃のような甘い匂いが鼻をくすぐった。
「にぃに、鼻の下が伸びてる……キモっ」
三回目……美亜からジト目で言われてしまった。どうも最近、美亜が俺に厳しい気がする。星奈と一緒に三人でいることが増えてからだ。
愛しの星奈姉さまを俺から守ろうとしているのか、もう完全に星奈親衛隊の気分なんだろう。兄離れしていっているみたいで少しだけ寂しい。
でも、妹からジト目で叱責されるのもご褒美です。おっと、危ない。また顔が緩んでニヤけてしてしまうところだった。
「美亜もこっち側においでよ。星奈の隣の方が教えてもらいやすいだろ?」
「……そうする」
ん? 一瞬、美亜が不満気に口を尖らせた気がした。もしかして、見破られたか? 俺のニヤけた顔を美亜に見られない為に、こっち側に誘導したのが。美亜も俺に似て、そういうとこ鋭いからな。
それからしばらく勉強に励んでいたら、不意に向かい側の席に誰かが座った。
「竹原くん、頑張ってるね」
「あぁ、委員長もテスト勉強?」
我がクラスの頼れる委員長、黒原さんだった。黒原さんは、星奈と美亜に会釈した。
「いえ、私は借りていた本を返しに来たところ。ちょうど竹原くんを見かけたから」
「そっか。ん……ちょうど?」
「そう。竹原くんを誘おうと思って探していたの」
「何のお誘い?」
「夏休みに入ったら、河川敷の花火大会があるじゃない? あれに課外授業の時のメンバーで一緒にどうかなって」
花火大会。夏休み中の親密度アップイベントか。俺と星奈のことで色々ありすぎて、ゲームの攻略がちょっと
「そうだな……うん、新司もこっちに戻ってきて初めてだしな。オッケー」
「じゃ、決まりね」
黒原さんが席を立とうとしたところで、俺の袖がくいっと引っ張られた。星奈が無表情で見つめていた。
「星奈?」
「光太、私も花火大会に行きたいです」
「あぁ、えーっと。委員長、星奈も良いかな?」
「えぇ、もちろん。そうじゃないと盛り上がらないし」
「え?」
「いえ、賑やかな方が盛り上がるだろうし、良かったら妹さんもご一緒にどうぞ」
「ありがとう、委員長」
「いえいえ。じゃぁ、女子の方は話をしておくから、男子の方はよろしくね」
にこりと笑みを残して、黒原さんは歩いて行った。それにしても、黒原さんは図書室みたいな厳かな場所が良く似合うな。
「にぃに、今の人は誰?」
「クラス委員長の黒原さんだよ」
「ふぅん、可愛い人だよね」
「そうだな」
「それでにぃには、また鼻の下を伸ばしていたわけだ」
「いやっ、そんな事ないだろっ?!」
思わず鼻に手をあてがい隠してしまった。
「光太、伸ばしていたわけですね?」
冷たい光を宿した、星奈の青い瞳が迫ってくる。
「いやいやっ、星奈、待って、伸ばしてないから。てか、近い、近いです」
仰け反るようにして避難する俺に、周囲から一斉に咳払いが見舞われた。
なんで俺が非難されてんの? やっぱり理不尽だ。不幸だぁ~。
久しぶりに、とある不幸協会名誉会長の口癖をマネをしたくなる、そんなやるせない図書室での一幕だった。
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