第32話 花火

「た~まや~」

 

 ヒュルヒュルヒュルヒュルといった、お馴染みの打ち上げ音に続き、バンッ!と体に響く炸裂音。次々と打ち上がる花火が、夜空に色とりどりの花を咲かせている。現在は期末テストも無事に終わり、夏休みに突入していた。


 テストの結果? もちろん星奈が指定席の学年一位。それはもう情け容赦ないぶっちぎり。二位以下の人の精神衛生上、もういっそ別枠にしてあげた方がよろしいんじゃないかと提案したくなる。

 万年二位の遊佐ゆさ 群像ぐんぞうくんを挟んで、我がクラスの頼れる委員長、黒原さんが流石の三位。で、俺の順位といえば、ぴつたり賞ものの百位ときたもんだ。

 おかしい。確か設定では、学年で三十位くらいの優秀さをほこっていたはずなのに。まぁ今回は、テスト内容に俺の頭が適合していなかっただけだ。実戦なら誰にも負けん。

 ……おかしい。劣等生の皮を被った最強お兄さま風に言ってみたのに、単なる劣等生の開き直りにしか聞こえない。どこで差が付いてしまったんだ。


 ヒュルヒュルヒュルヒュル――

 ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル――

 ヒュルヒュルヒュルヒュル――


 バンッ! バンッ! バンッバンッ!!

 ヒュルヒュルヒュルヒュル―― 

 バチバチバチバチバチッ バチバチバチバチバチッ

 ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル―― 

 バンッ! バンッ! 

 バチバチバチバチバチッ バチバチバチバチバチッ


 続けざまに打ち上げられた花火が咲き乱れ、キラキラと火花のシャワーが降り注ぐ。見物客から示し合わせたかのように大きな歓声が湧き上がった。

 花火によって一時的に照らし出された顔は、どれも目を見開いて、興奮の色を隠せないといった表情を浮かべている。最近、めっきりと表情が豊かになった星奈も、夜空を彩る大輪の花火に見入っていた。

 今日の星奈は、銀色の長い髪を編み込んで後ろの低い位置でお団子にし、いつもは眉にかかる前髪を分けておでこを見せている。普段隠れている、うなじとおでこがダブルであらわな、かなり貴重なショットだ。

 もちろん浴衣で、明るめの水色の生地に流水を思わせる白い曲線が入り、気持ち良さそうに泳ぐピンク色の金魚が描かれている。帯は濃いピンク色のグラデーションといった組み合わせで、可愛いらしく優しい雰囲気に仕上がっている。

 思わず見とれていた俺の視線を感じたのか、急にこちらに顔を向けた星奈と目が合ってしまった。


「光太?」


「花火、一緒に見に来れて良かったな」


「はい」


 ドキリとして、声がちょっと上擦うわずってしまったが、星奈は気にした様子もなく嬉しそうに返事をすると花火へと視線を戻した。


(焦ったぁ。もう心臓がバクバクうるさくって、花火の音が聞こえない)


 ――などと頭の中で乙女チックに、某か〇や様のマネをするのは早かった。キラキラとした花火をその瞳に映し込んだまま、星奈が俺の服の裾を掴んだ。


「えっと、星奈?」

 

「光太、盆踊りも一緒に行きたいです」


「りょーかい」


 ホッと油断したところにこれだ。そんな幸せそうな顔で言われたら断れるはずがない。もっとも、星奈からのお誘いを断る選択肢など、元から俺の中には存在していない。

 俺の反対隣りでは、新司と黒原さんが並んで花火を鑑賞している。花火の音と歓声で内容まで聞こえはしないが、良い雰囲気で喋っていたように思う。このまま親密度をアップさせていけば、グッドエンドも見えてくるだろう。


「新司、せっかくだし盆踊りもみんなで行こうぜ」


「うん、いいよ」


「どうせなら夏休み、思いっきり遊び倒すかっ」


「遊ぶのも良いけど、課題もちゃんとやっておきなよ?」


「へいへい、お前は俺の父ちゃんか」


 残りの夏休みは忙しくなりそうだ。

 

 ……。

 ちらりと横目で星奈を窺うと、今も夢中で花火を見つめている。その楽しそうな顔に満足する俺がいる一方で、そうじゃない、もう一人の俺がいる。


「星奈、俺の昔からの知り合いで、【山咲やまさき 一途かずと】って奴がいるんだけどさ。そいつも星奈のファンで、俺が星奈と一緒に花火を見に行くって言ったら悔しがっていたよ」


「山咲? クラスメイトの方ですか? 他の人には興味ないので存じ上げませんが」 


「まぁ、星奈が知らないのも無理はない。引っ込み思案でヘタレな奴だからな」


(そっか、知らない……か。悲しいような、ちょっとホッとしたような)


「光太が他人を悪く言うなんて珍しいですね? 喧嘩でもしたんですか?」


「そんなとこだ。いつまでもウジウジしてるから、ちょっといらついてな。悪い、もう忘れてくれ。そんな事よりも花火に盆踊り、夏休みといえば、あとは――海か?」


 星奈がビクッと反応したのが、掴まれたままだった服を通して伝わった。思った以上に強い反応に焦りを覚える。


「まっ、まぁ、海まで行かなくても、プールでも十分かな。なんなら水になんて入らなくっても、星奈の水着姿を拝めるだけで俺なんて満足しちゃえるし」


「光太……」


 ハードルを下げるつもりが、最後に個人的願望を暴露してしまった。眉根を寄せて見つめてくる星奈の視線が冷たい。


「見たいんですか? 私の……水着姿」


「見たいです」


 間髪入れず即答した。俺は欲望に忠実な男だ。

 あまりの潔さに呆れたのか、星奈は小さく溜め息を吐くと夜空へと視線を向けた。そのまま無言で花火を見つめていた星奈は、難しそうな表情をしているかと思えば口元をにやけさせてみたり、次の瞬間には何かを追い出すように勢いよく左右に頭を振りだしたりと、なにやら葛藤中のご様子だ。

 これはこれで、しばらく見ていたい――あっ……。


「にぃに、どさくさに紛れて……変態スケベバカにぃに!」


 星奈の向こう側にいる美亜にまで聞こえてしまっていたようだ。ひょっこりと顔を出した美亜からキツいお言葉を頂いてしまった。にぃにの前に付く言葉が、段々と増えているような。お兄ちゃん、ちょっと嬉しい。ちょうど響いた花火の炸裂音に乗じて、俺は美亜の視線から逃亡した。 

 

 そうそう、次は八幡のやつも誘ってやらないとな。今日の花火は誘おう、誘おうと思っていて、すっかり忘れていた。ボッチマイスターだけあって気配を消すのが上手すぎるんだよ。

 それに引き替え――何なの? この見物客のみなさん。

 周りにいるの、見た事ある高校生ばっかじゃん。てゆーか、星奈のクラスとうちのクラスのやつらじゃん。しっかり花火大会まで付いてきてるじゃんよ。

 どこで聞きつけたか知らんが――って図書室だよな。しかもこんだけ集まって、どんだけワンチームなのさ。もう流行りに乗っかりすぎだよ。

 これは夏休みの間、星奈の行く先々で来場者数に貢献する事になりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る