第33話 海だぁ
――暑い。鼻の頭に数粒の汗が、じわっと湧いたのを感じる。
夏休みだというのに全くサボる気ゼロの太陽が、今日もアホみたいにギラついている。
しかもこの時期の太陽ときたら、朝は早出する上に遅くまで残業し、やっと帰ったと思ったら夜まで余熱を残す熱血ぶりだ。もし擬人化して教師にでもなったら、間違いなく俺の苦手な部類の先生となることだろう。
しかし、ほんと勘弁してほしい。寝転がっているだけでも気力と体力を消耗し、ビーチチェアに沈めていた体を起こすにも一苦労だ。
失った水分を欲する体にポカリを流し込むと、噴き出す汗の量が一気に増えた気がする。これ、飲んだ
「だぁあああ、あつい、死ぬっ。なんであいつら、日を浴び続けても生きていられるんだ」
世界最強のヴァンパイアになった某先輩の気分になって独りゴチる。うだる暑さに悪態をつきながら、親父から勝手に拝借してきたサングラスを外した。
――眩しい。
日射しを受けてキラキラと反射する青い海。炎天下で水しぶきをあげて、白さを際立たせる鮮やかな赤やコントラストの効いた黒が踊っている。
揺れる波間で揺れる谷間。開放的な美少女たちの白い素肌が眩しかった。
「光太、
ピシャリと浴びせられた一言に、嫌な汗が背中を伝う。太陽は変わらずギラついているというのに、その熱さを忘れさせる冷気が漂ってくる。
恐る恐る視線を横に動かすと、隣に設置されたビーチチェアに座る星奈と目が合った。薄い水色のパーカーを着込んだ星奈は、微笑を浮かべている。もちろんその目は、わずかばかりも笑っていない。まさに、氷の微笑。
「ごめんなさい」
あまりの迫力に頬を引きつらせながら、思わず謝ってしまった。とてもじゃないが、妹の成長ぶりに目を細めていただけだ――などと弁解する勇気は持ち合わせていない。星奈から溜め息を吐かれてしまったが、それで許されるならオッケーだろう。
花火大会の時、夏休みを遊び倒すと決めた俺たちは海に来ている。最初はプールにでも行こうとしたのだが、やはりパパラッチと化したクラスメイトどもが問題だった。また大挙して押しかけられたら堪らない。
個人的には、やつらに星奈の水着姿を拝ませてやりたくない――という日頃の仕返しの意味もあったりする。猫の
「それなら私の家が所有する、プライベートビーチにご招待しますよ」
さてどうするか、となったところで星奈の一声だった。流石です、お嬢様。
海と聞いた時には逡巡していた風な星奈だったが、最終的には行く事に決めたしい。一人置いていかれるのが嫌だったんだろうか。こうして俺たちは、貸し切り状態で海を満喫する事が出来ていた。
今も美亜や黒原さん、新司たちは海に入ってビーチボールで遊んでいる。
今回は忘れる事なく、八幡も誘った。最初は『オレの青春がラブコメだなんて間違っている』なんて言って断ってきたが、黒辻さんから『そんな要素は皆無だから安心して』と真顔で言われて参加を承諾させられていた。
気のせいか、八幡の目尻に光るものが見えたが、本当は泣くほど嬉しかったのか? 喜んでくれているなら俺も誘った甲斐があったというものだ。
で、俺と星奈だけこうして二人で
「私は体調がすぐれないので、日陰で休んでいますね。みなさんはお気になさらず、楽しんできて下さい」
そう言うと星奈は、浜辺に設置されたパラソルへとさっさと向かい、その体をビーチチェアへと沈みこませてしまった。
顔を見合わせた俺たちは、せっかく星奈の好意で連れてきてもらえたのだし、彼女の気持ちも考え、海を楽しませてもらうことにした。ただ、海に入る時に黒原さんの言った「柏木さんって学校の授業でも、一度もプールに入った事がないらしいのよね」という言葉が、やはり頭に引っかかってしまう。
しばらく海でみんなと遊んでから、ちょっと休憩がてら星奈の様子を見てくる、と俺は浜辺に引き返していた。
「星奈。体調はどうだ? 大丈夫か?」
「光太。大丈夫です、ただの生理ですから」
「そうか、生理ね……って、女の子同士がするみたいにさらっと言わないのっ!」
清楚なお嬢様の口から飛び出した言葉に、俺の方が恥ずかしくなってドギマギしてしまう。キャラが違うでしょ? そういうのは女子高生の無駄づかい日本一、愛すべきバカさんのキャラだから!
おかげで顔が熱い。何かダメでした? 的にコテンっと首を傾げて俺を見る星奈の顔は、いつもと変わらない。涼し気な青い瞳を不思議そうに向けている。
「……大丈夫ならいいや。ちょっと疲れたから俺も休憩するよ」
「光太、心配してくれて、ありがとうございます」
はにかむように微笑んだ星奈にあてられて、さらに顔の温度が上昇する。
「あぁ、うん」
のぼせたように頭がボーっとしてしまい、返事もおざなりにビーチチェアに体を放り込む。
ほんと、勘弁してくれ。星奈のズキュン砲は、いつも油断させたところで撃ち抜いてくる。これが計算づくなら凄腕のスナイパーだ。もうイチコロだよ。
まだ感じる星奈の視線から、俺は隠れるようにしてサングラスをかけたのだった。
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