第35話 水色の呼吸

「光太、お城でも作るの? 手伝おうか?」


「おぉ、新司。サンキューな」


 砂を寄せ集めて盛り上げていたら、新司が助っ人に加わった。こうなったらイングランドの鍵と称される、難攻不落のドーヴァー城並みに凄いのを作り上げてやる。日本のお城で言ったら、小田原城や熊本城といったところか。


「新司、もっとでっかく。それにもっと堅くしてくれ」


「オッケー、……これなら……どう? 堅さもかなりのものだと思うけど」


「大きさは申し分ないけど、堅さが物足りないな。もっと思いっきり、バンバンやってくれっ」


「わかった――遠慮なくいかせてもらうよ」


「おおっ、いい、いいぞぉ。良い感じになってきた。そろそろこっちもいけそうだ。新司、メインディッシュといこうじゃないか? お待ちかねの――開通作業だ」


「オッケー、後ろに回るね」


「焦るなよ、ゆっくりだ。少しずつ頼む。いきなりだと壊れちゃうからな」


「わかってる。光太こそ、りきまないでよ」


「んっ……きてる、きてるっ! もうちょい、もうちょっと、新司……あっ、きたー!!」


「繋がったね、光太。おめでとう」


「ありがとう、新司。良い気分だ」


 ついに出来た。思った以上に立派な城が完成した。 


「光太、完成しましたか?」


 新司と固く握手を交わし、やり遂げた達成感を共有していたら星奈から声が掛かった。

 

 ――ヴィーナスかよ!


 振り返った瞬間、目に入ったビキニ姿の星奈が眩しすぎて、思わず平伏してしまいそうになる。普段、制服の上からでもわかるプロポーションの良さだが、水着姿になって余すことなくその威力を発揮していた。

 何というか、人生山あり谷間ありを見事なまでに体現していらっしゃる。実にけしからん。

 こういう時は一点を見るのでなく、焦点をずらして全体をぼやっと見るのがコツだ。それこそガン見した時にはもう、あれやこれやが色々と大変な事になってしまいそうだ。


「あぁ、星奈。もしかして、これが出来るまで待っててくれたのか?」


「はい。光太が凄く真剣な顔で作ってましたから」


「俺から誘ったのに、なんか悪かったな」


「いえ、美亜が日焼け止めを念入りに塗ってくれてましたので」


「そっか……ってあれ? どうしたんだ、あの二人?」


 休憩場所に目を向けると、美亜と黒原さんが並んで横になっている。二人はおでこに冷却シートを貼り、残りのメンバーからうちわで扇がれていた。黒原さんは鼻に詰め物をしているようにも見える。


「暑さにやられて、のぼせてしまったようですね。黒原さんは、エクスカリバー? とか何やら絶叫したと思ったら、急に鼻血を出されてしまいまして」


 エクスカリバー? 普通に思い浮かぶのは聖剣だけど……何だったんだろ? 黒原さんは、普段からちょくちょく鼻血を出してるのを見かけるし、そういう体質なのかもしれない。委員長として、いつも世話になってるし、気にかけておかないとな。今度その辺りの事を聞いてみるか。

 美亜のやつは――案外、星奈の体に直接触れて興奮し過ぎたとかじゃないのか? あの信者っぷりならありえそうだ。


「光太、僕もちょっと休憩するから二人のことは任せてよ」


「そうか、悪いな新司。頼むわ」


 実際、二人ともキツそうには見えないし、むしろ幸福そうな顔にも見えるから大丈夫なんだろう。さて、こっちはこっちで、本当のミッションに取り組むとするか。


「それじゃ、行こうか星奈」


「はい……あの……」


 星奈が躊躇ちゅうちょするようにおずおずと見上げてくる。やはり、怖さが先に立つようだ。相当なトラウマだろうからそれも仕方がない。怖さを少しでも和らげてあげられると良いんだけど。


「大丈夫。浅いとこまでだし、俺も付き添うからさ」


「いえ、それもあるのですが、あの……水着、おかしくないでしょうか? 似合っていますか?」


 ――おまっ、今それ言う? 


 星奈の一言に意識が引っ張られ、ぼんやりさせていた焦点がピタリと合ってしまう。もう止まらない。


 カシャッ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!


 オートフォーカス機能による高速連写さながらに、俺の網膜が怒涛の勢いで被写体を脳に焼き付けていく。

 奇麗なくぼみを作った形の良い鎖骨、首筋から肩へのライン、ほんのり色付いた細い肩が艶っぽさを感じさせ生唾ものだ。

 なによりも、水色の布地に押し込まれてくっきりと谷間を刻む胸が、窮屈で仕方がないと激しすぎる主張をしている。

 そこからグッとくびれた腰の先に鎮座するこれまた形の良い縦長のおへそに、いつもは鉄壁のスカートに覆われ、絶対不可視領域であるヒップから太腿へのラインまでもが惜しみなくさらされていた。

 常日頃は一部だけが公開され、隠されている事で余計に湧き立たせられる好奇心。その源泉の全容がそこにあった。


 星奈は星奈で、自分で俺の視線を誘導しておきながら恥ずかしくなったのか、身をよじるようにして顔を背けている。赤くしたその横顔にさらに煽られ、顔が熱くなるのを自覚せずにはいられない。

 まずいっ! 意識を切り替えろっ。このまま視線を釘付けにされていたら色々とまずい。立っていられない程のダメージを受けてしまう。ゆっくりと呼吸をしろ。深呼吸をして落ち着くんだ。肺いっぱいに空気を吸い込んで、空っぽになるくらい吐き出した。


 ――水色の呼吸、十一ノ型――凪。


 はい、無理でしたっ! 無理に決まってんでしょ。ぐどころか、グルグル渦巻いて荒ぶってるって。大体、どこをどう見てもおかしくなんてないし、あえて言うならその可愛さレベルがおかしいよっ!

 

「可愛い……と思う。すごく似合ってる」

 

 茹蛸のように真っ赤になっているに違いない、カッコ悪い顔を見られたくなくて星奈に背を向けてしまう。たかぶった気持ちを抑えられず、平常心を完全に失ってしまった俺の精一杯の言葉だった。親のネーミングセンスが秀逸だったのか、それとも、寿司ネタにされたタコの呪いがこの身に降りかかっているのか。どちらにしろ、俺がヘタレであることに変わりはない。


「ほれ。エスコート、なんて大層なもんじゃないけどな」


 気恥ずかしさから背中を向けたまま、右手をぶっきらぼうに差し出してしまう。すぐに星奈の手が重ねられ、ぎゅっと握られた。


「ありがとうございます、光太」


「どういたしまして」


 横に並んだ星奈の嬉しそうな声音に、顔を向けることなく返事を返した。繋いでいる手から星奈の体温が伝わってくる。


 俺の想いも、に伝わってくれるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る