第26話 変化

「だるまさんが……転んだ」


「「「「……」」」」


「光太?」


「あぁ、悪い。ちょっと靴紐がほどけてた」


 急に立ち止まった俺に、振り返った星奈が首を傾げた。靴紐を直すふりをしてしゃがみ込み、周囲の様子を横目で窺う。

 例えるなら、TVのスポーツニュースで見かける人気プロゴルファーのあれだ。一定の距離を保った大勢のギャラリーが、並んで歩く俺と星奈にぞろぞろとついてまわる。

 ただ、前者は目的が応援なのに対し、後者は監視と冷やかしといった明確な違いが存在する。今も『偶然同じタイミングで立ち止まっただけですよ』的な白々しいアピールが、そこら中で繰り広げられていた。

 

 わざとらしく植物を観察しているそこの班。どう見てもそれ、雑草だから。

 少し先に【コマクサ】が咲いているというのに、わざわざ雑草をチョイスするとか、高山植物の女王様に対して失礼極まりない。

 だがまぁ、ギリセーフとしよう。ほんとのほんとにギリのギリだ。

 反対側のお前ら……お前らはアウトだ。

 立ち止まった理由が全員靴紐って、もろに被ってんじゃねーか。しかも班員六人のうち五人もしゃがんじまってるし。どんだけシンクロ率高いの、キミら。

 あれか? 前世は五等分された五つ子ちゃんか? あらら、乗り遅れた一人もしゃがんじまったよ。あれは気まずい。

 こんなとこまで来て、せっかくの自由時間に俺たちの観察とか青春の無駄遣いだろうに。やり場のない気持ちを小さく丸め、胸の奥へと仕舞い立ち上がった。


「お待たせ、星奈」


 その後も相変わらずの大名行列に、歩きながら星奈から見えないように溜め息を吐く。

 何気なく視線を向けたその先に見覚えのある顔を見つけた。見覚えもなにも、行方不明になっていたクラスメイトであり、心の師匠だ。

 八幡が、一人まじめに自然と向き合っている。あれこそが、課外授業の自由時間における正しい生徒の在り方だ。

 ぼっちな点については、賛否両論、双方言い分があると思うので触れてやらないのが無難だろう。

 提出課題の資料として記録しているのか、八幡は手にした携帯のカメラでカシャっと――ゲットだぜ! ってあの野郎、ボケモンGOやってんじゃねーか。

 決めポーズのクオリティーの高さにビビる。本気度が表れてて痛い。

 レポートに生息動物としてピカットチュウなんて書いて提出しようもんなら、呼び出しくらって説教された挙句、再提出のコンボで居残りノックアウト確定だぞ。

 

「ったく、どいつもこいつも……」


「どうしました? 光太」


「いや、なんでもない」

 

 つい愚痴をこぼしかけてしまった。残念なクラスメイトたちは、帰ってからレポートを提出することを忘れていないだろうか。

 まさかとは思うが、俺と星奈の生態観察を報告するつもりじゃないだろうな。

 仮にそうだとしても、星奈なら『柏木様は、森の妖精でした』とか『柏木様の来訪に草花も喜んでいるみたいでした』などと書かれたりしちゃいそうだ。

 実際、讃美歌のように奏でられる葉擦れの音をBGMに、木漏れ日の祝福を受けてきらめく銀髪、真っ白なプリーツワンピースをふわりとなびかせる姿は、思わず見入ってしまうほどに幻想的だ。星奈たん、マジ森の妖精……これは、あながち大袈裟とも言い切れない。

 ちなみに脳内処理された映像であり、現実はもちろん、上下えんじ色の学校指定ジャージだったりする。

 

 星奈と比べて、俺の場合はどうだろう。

 良くて彼女にくっ付くひっつき虫、オナモミといったところか。

 ツンツンしてるつもりはないし、どちらかと言うと当たり障りのない超人畜無害な存在だと自認している。丸くなりすぎて、一度坂を転がり始めたら止まるに止まれず、一番下まで転がり戻ってスタートラインを通り越した感すらある。

 人生という坂道は、登るに険しく下るに容易い。

 オナモミほどでなくとも、仮に一ヶ所でも尖っていたら、いくらか楽に登れていたんだろうか。あるいはカッコ悪くとも、オナモミのように必死にしがみ付いていれば、違う先へと辿り着けていたんだろうか。

 

 そういえば小学生の頃、気になる女の子にオナモミ爆弾と称してくっ付け、ちょっかいを出していたのが懐かしい。

 そんなこそばゆい思い出をくれたオナモミさんが、何かの拍子に絶滅危惧種と知った時には驚いたものだ。適当に草むらを探せば、すぐにでも見つかりそうなオナモミさんがだ。実際、親戚みたいな外来種に席巻されて危機に瀕しているらしい。

 見た目はそっくりだけれど、外から持ち込まれた外来種。

 この世界からしてみれば、俺もある意味外来種と言えるんじゃないだろうか。そうなると最悪の場合、学校の生態系を崩す恐れありとして、駆除依頼なんてものを出されちゃったりして――うん、一切の躊躇なく、汚物は消毒だ~!! とばかりに駆除剤をもうもうと散布される光景が浮かんだ。

 備えあれば患いなし、アマ〇ンで防毒マスクが売られていないか調べておこう。

 

 そんなとりとめのない思考を巡らせている俺とは対照的に、星奈は純粋に散策を楽しんでいるようだ。常日頃からさらされる、無遠慮な視線には耐性が備わっているんだろう。

 星奈にならって俺もギャラリーを気にしない事にする。気分的には、そうだな、動物園のパンダといったところか。

 時間制限で通り過ぎる客にサービスすることなく、自由気ままに過ごす人気者。殿様商売が許される、実に羨ましいご身分だ。


「星奈、今更だけど、班のメンバーと一緒にいなくて良かったのか?」


「実は、少々戸惑っていまして。こんな状況になったのは今回が初めてなんです。近頃どういうわけか、クラスメイトが積極的に関わってくるんです。前までは遠巻きに見てくるだけでしたし、その視線には明らかに怯えの色が見てとれたのですが、今回は毛色の異なる視線でして」


「え、そうなの?」


 いつも毅然とした星奈が戸惑うというのも珍しい。その表情や態度は普段通りに見えていたが、その内心は違っていたようだ。


「はい。今回は、班決めもクジ引きで決められていました。どうやら私と同じ班になりたいという人が大勢みえたようでして、公平にクジという方法に落ち着いたみたいです」


「凄い人気だな。怯えられるよりも全然良いじゃないか。それなら、班の人たちと一緒に過ごした方が良かったんじゃないのか?」


「それが、自由時間はクラス全員平等にと決められたみたいなんです。ですから私は、光太と過ごす事で平等に誰とも過ごさない――という選択をしました」


「それなっ、ははは……」


 星奈が、褒めて下さいと言わんばかりの顔で俺を見つめていた。

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