第22話 判決

「もしも、私も光太の妹だったら、同じように毎日可愛いと言ってもらえるのでしょうか?」


 またもや、星奈の口から唐突なお言葉が発せられた。その一言が、脱力モードに入っていた俺の脳細胞をフル稼働させ、鮮明な脳内劇場を上映する。


『にぃに、もう起きる時間とっくに過ぎてるよっ』

 

 俺がくるまる布団を取り上げようと、ふくれっ面で引っ張る美亜。

 

『光太お兄さま、起きて下さい。遅刻してしまいます』


 困り顔で、何度も優しく俺の体を揺する星奈。

 

 毎朝起こしにくる可愛い妹たち。ギャル系ツンデレ妹と清楚系クール妹のコラボレーション。ファ〇ヤーシスターズも真っ青な、最強シスターズここに爆誕!

 

 


 にやけそうになる口元に手をあてがい、考えているような素振りで誤魔化ごまかす。

 どうも星奈の一言一言に、感情が乱高下させられる。ハニートラップの後遺症だろうか。落ち着け、俺。無我の境地に至るんだ。

 

「そうだな、星奈が妹だったらもちろん可愛がるよ。残念だけど、親同士がペアを取り換えて再婚したら連れ子が星奈だった、なんて漫画みたいな事が起きなきゃ叶えられない話だけどな」 


「なるほど、その手がありましたね」


 立ち止まっていた星奈が、追いついた俺を見上げて真剣な面持ちで呟いた。


「いやいや、無いから」


 そんな星奈に、俺は思わず苦笑してしまう。


「柏木先輩って、ご冗談を言ったりされるんですね」


 美亜が真顔で驚いているが、そこ、驚くとこなんだ。アイドルというよりも、聖人君子といった存在なんだろうか。

 

「いえ、元々は美亜さんみたいな妹が欲しいっていう話でしたよね? その件です」


「「?」」


「光太と私が結婚すれば、美亜さんは義妹いもうとって事になりますよね」


「けっ、けけけ、けっこ、けっこんー?!」


 間に立つ俺を迂回するように星奈を覗き込み、ニワトリの鳴きマネを披露してしまった美亜が、口をぱくぱくとさせている。

 落ち着け、美亜。リアクション芸としては上出来だ。その調子ならバラエティー路線も狙えそうだ。

 突拍子もない星奈の発言だったが、そうそう何度もやられはしない。ついさっき、無我の境地を会得した俺が取り乱すことはない。


「もうBまでは済ませた仲ですし、後は順調に積み重ねていけばそうなりますよね?」


「そうだな――へっ?!」

 

 手を左胸にあて、はにかんで頬を染める星奈。

 その言葉と姿に、ハリボテの無我の境地はあっさりと投げ飛ばされ、俺の思考回路がパニックをきたすのに一秒もかからなかった。


「なななななっ、ままままてまてて、びびびびびぃーってなななななにいってんえええええー?!」


 吐き出されたのは、まったく意味をなさない言葉。突如として反対側から強烈な冷気が押し寄せ、反射的に顔を向ける。


「に・い・にぃィィイ?」


「ひっ!!」


 コマ送りの動画のようにぎこちなく首を回し、疑問符に合わせて、カクンっと顔を斜めに固定した美亜が、下から目の端で俺を捉えた。こわっ、なんなのっ、その動きと表情っ!

 美亜のホラー過ぎる追及をかわすために星奈に助けを求めるも、目を一瞬合わせただけで耳の先まで真っ赤に染めて俯かれてしまった。その星奈の態度が、美亜の追及に拍車をかける。 


「にぃにっ! 変な呪文唱えてないで説明して!」


 手の平にじわっと汗が噴き出す。緊急事態に早鐘を打つ心音が、整理しようと思考する頭を急き立てる。

 星奈は何を言って……、確かに揉んだし、押し倒すような形になってしまったが、だけどあれは……。どういう事か説明してもらいたいのは俺の方だ。

 焦るな、まずは美亜をなだめないと。


「落ち着け、落ち着いてくれ美亜。あれは事故だ。不可抗力だ。バランスを崩して倒れ込んだ先に待っていたラッキースケベというやつだ。ラブコメの定番だろ? 星奈も、Bまで済ませた仲とか、それ以前にAもした覚えがないんですけど?」


「Aなら今日もしたじゃありませんか」


「「……え?」」


「Aは上目遣いで可愛く挨拶、Bは、さり気ないボディタッチ――ですよね?」


 極々当たり前の事ですよ? 的に告げた星奈が首をかしげてみせる。 


「Bが、さり気ないボディタッチ? 何その合コンの極意みたいなの」


 脱力感が半端ない。思わず膝に手をつきたくなる衝動を抑え、無駄に重くなった足を踏み出した。

 どこの世界でも、お嬢様にとって性のMAX情報はキス止まり!! なのだろうか。焦る必要なんて、これっぽっちもなかった。

 

「それで? にぃに、ラッキースケベって何やらかしたの?」


 容疑者を逃がすつもりはないらしい。安易に場を収めようと、あるある話を持ち出したのが完全に裏目に出た。足を踏み出した状態のまま、動揺をアルカイックスマイルで包み隠す。


「ん? 何の事だ? 俺、何か言ったか?」


「あの時のボディータッチは、抜け目ないバストタッチでした。その後、さり気なく顔をうずめられてしまいました」


「星奈?!」


「にぃに、揉んだの?」


 落ち着きが、却って怖い美亜の声音。星奈の軽妙な証言により一気に追い込まれる。


「いや、あれは星奈が……違う、違うんだっ! 決して意図的にじゃなく……」


「にぃに、揉んだのね?」


 美亜のジト目が俺の心臓を締め上げる。

 右の手の平をじっと見つめる。あの仙桃を掴んだ時の形容しがたい感触。俺はこの気持ちに、そして何より、この右手に嘘を吐く事は出来ない。固い決意をさらに強固にするように、拳をぐっと握り込んだ。


「そこに……そこに桃源郷があったなら、動かなければ男じゃない!!」


「判決。被告人、にぃには死刑!」


 一切の躊躇なく、美亜の無慈悲な判決が下された。せめて、執行猶予を六十年くらい付けてくれないだろうか。


「まぁまぁ、美亜ちゃん。あれは本当に事故みたいなものですから」


「美亜……ちゃん?」


 星奈から不意打ち気味にちゃん付けで呼ばれ、目を丸くした美亜が思わずといった様子で復唱した。


「ごめんなさい、ダメでした? 光太が責任を取って私と結婚したら、義妹になる事ですし。美亜ちゃんも、私の事を星奈姉さんって呼んでくれると嬉しいのですが」


「ちょっ、星奈っ、責任取って結婚っ?!」


「そんな事言ったら、にぃにが本気にしちゃいますよ?」


「ふふっ、光太は冗談だってわかってますよ。でも、良かったら星奈姉さんって呼んで下さい」


「えっと、それでは星奈姉さま、とお呼びしても良いですか? それと私の事は美亜って呼び捨てで」


「わかりました。美亜、これから仲良くして下さいね」


「こちらこそ、よろしくお願いします。星奈姉さま」


 微笑み合い、盛り上がっている二人の間で、俺は真っ白に燃え尽きていた。いっその事、灰になって青空へと散布されてしまいたい。揶揄からかわれる事が、こんなにも精神を削られる苦行だったとは……。

 会話を弾ませ、仲良く歩き出した二人の後ろ姿を眺めていた。頭の片隅に何かが引っかかって、どうにもモヤモヤする。


「にぃに、何やってるの? 早くおいでよ」


「あ、あぁ」


 呼ばれて思考が中断される。美亜の横で振り向いた星奈と目が合った。その瞳が緩やかに弧を描き、満足そうな笑みが浮かべられた。

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