第23話 星奈さんは語りたい

 昼休憩。二度目となる感想文を書き上げ、すぐに教室を後にする。中庭を抜け、校舎の角を曲がった所で花壇の前に佇む星奈が目に入った。

 

「星奈」

 

 不意の呼びかけにも関わらず、振り向いた星奈に驚いた様子はない。むしろ俺が来るのを待っていたと、微笑む顔が告げているようだった。


「お昼、まだですよね?」


 抱えていた紙袋を顔の横に掲げ、まるで確定事項かのように確認してくる。

 はにかむ星奈の頬は白桃のように色付き、どことなく、プレゼントを貰う前のそわそわとした子供――そんな雰囲気を感じさせた。

 花壇が見えるベンチへと向かうと、先に座った星奈がこちらへと促すように、右横をぽんぽんと手で叩いた。澄みきった空を映しこんだ、青色の瞳が催促してくる。

 もし俺が犬であれば、千切れんばかりに尾を振って喜び、迷うことなく飛び上がって寄り添うだろう。

 微笑む美少女から隣に座れと促される。そんなアオハル願望を具現化したシチュエーションに、駆け足となった俺の鼓動を責めるのはいささか酷というものだ。


 とは言え、にこりと笑みを返して自然に横に座るのは、今の俺には少しばかり難度の高いミッションでもある。

 見栄でもなんでもなく、女の子と二人きりで話した経験なら皆無ではない。引きこもりという長い隠居生活による影響で、リハビリが必要な状態というだけだ。

 結果、なんとも微妙な距離を空けて座ってしまった。

 決して、【バクバクいってる心臓の音が聞こえちゃったらどうしよう】などと乙女チックに胸をときめかせていた訳ではない。

 それをちらりと横目に見た星奈が、座り心地を直すようにしてかけなおす。二人の距離が、横に置いた手が触れ合わない程度の絶妙な距離に、さり気なく縮められていた。

 これが見せつけられた立場であれば、躊躇ためらうことなく【まて、リアルりあじゅう ぜんいんバーストばくはつしろ!】を発動しただろう。しかし今は、当事者としてこの状況を克服しなければならない。

 当然、ドギマギしている場合じゃない。もちろん、キュンキュンなどしていない。


「どうぞ」


 差し出されたチョココロネと牛乳を受け取る。

  

「あぁ、サンキュン。……サンキュー」


 サンキュンってなんだよ、キュンキュンの上位版かよ。やはり相当なリハビリが必要なようだ。

 紙袋から取り出した、パックの紅茶にストローをさす星奈。彼女のスカートの上にもチョココロネが置かれている。


「いくらだった?」


「お金は要りません。その代わりと言ってはなんですが……」


 そこで言葉を切った星奈は俺を一瞥すると、花壇で咲く紫の花へと視線を移す。


【後に続く言葉、わかりますよね?】


 悪戯を仕掛けた子供のような――そんな笑みを浮かべた横顔が、そう問いかけてくる。

 

「白いアヤメ、で良いんだろ?」


 俺が確信を持って口にした言葉に、星奈は花壇を眺めたまま一言だけ「はい」と弾んだ声音で返した。

 思った通り。今朝の登校時に感じた違和感。

 初対面同士であるはずなのに美亜に対する親しげな態度。あのラッキースケベを的確に表現した証言。そこから導き出される一つの結論。


【星奈にもやり直しの記憶が残る】


 考えてみれば、ありえない話ではない。あの駄女神との会話の中でも、そう受け取れる箇所がいくつかあった。

 つまり、このゲームに脇役として参加しているのは俺一人じゃない。

 星奈も取り込まれて強制的に参加させられている、元はリアルの一人だという事だ。そして星奈は、俺が自分と同じ存在だと知っていた。

 

「星奈は、いつから俺の事をわかっていたんだ?」


「初めから、です」


「え?」


「最初に購買の前で出会うのが、いつものパターンなんです。その時に私の、キャラ設定と言うのでしょうか? そういったものがそちらに伝わるみたいですね。そこからの接し方は、距離を取られるのが大半です。主人公には近付かせないって感じですね。私と主人公のキャラが仲良くなるとバッドエンドになりますから。上手くいっていた攻略対象との仲が、必ずこじれるんです」


 そこまで淡々と話した星奈が、喉を潤すようにストローを口に咥える。すぼめられた口元に目が引き寄せられていると、白く細い喉がコクコクと波打った。その様子が妙に色っぽい。

 確かに、星奈はその容姿からして、男からしたら抗いがたい魅力に溢れている。高嶺の花とはいえ、いや、だからこそ挑まずにはいられない。

 そうして吸い寄せられた男どもなど、星奈からしてみればブルーライトに誘引されたハエでしかなく、ことごとく瞬殺してきたのだろう。


「二度目に会った時ですが――資料を運んでもらった時ですね、私だとわかると、まず引かれるのですが……」


 思い出すように語っていた星奈の涼し気な瞳、その目尻がわずかに下げられた。


「運んでもらったのは、今回の光太が初めてでした。稀に手伝おうとする方もいましたが、ご機嫌取りといった魂胆が見え見えで。その様な方たちも、あれだけきつくお断りすれば諦めました」


「そ、そうなんだ」


 あの時、星奈の冷たい眼差しと吐息のコンボに、俺が歓喜に打ち震えていたという事実は黙っておこう。しかし、美少女からのそれはご褒美だろ? ゲームやらアニメやらで、そっち方面の経験値は十分だったようだ。


「いずれにしろ――」


 正面を見据えていた星奈の顔が、体ごとこちらに向く。間近で、ピタリと視線が合わさった。


「光太と、ここまで仲良くなったのも初めてです」


 頬を上気させ、俺の目を真っすぐに見つめてくる瞳に圧倒される。破壊力があり過ぎて、もう灼熱のハロウィンどころじゃない。肺が焼きついたのか、上手く呼吸が出来ない。

 

「そ、そうか。光栄です……と言うべきなのかな」


 何とか言葉を紡ぎ出し、ぎこちなく視線を逸らせてしまった。

 心に少し余裕が出来てきて、油断していたところにこれだ。危うくズキュン死するところだった。

 駆け足どころか、もはや全速力フルスロットルな鼓動に、全身が心臓になったかのような錯覚を覚える。

 実際、平静を保てていないのはバレバレだろう。叫んで転がり回りたい衝動を誤魔化すために、俺はチョココロネにかぶりつく。

 そこで先程の話が頭をよぎり、ふと湧いた疑問を口にしていた。


「星奈は、いったい何人の俺じゃない光太・・・・・・・に出会ってきたんだ?」


「どうでしょう? 数えていないのでわからないですね。そもそも、興味がありませんでしたから」


「興味がなかった? 同じ立場に置かれている者同士なのに?」


「同じ? 全然違いますよ」


 そう答えた星奈の瞳は、最初に出会った時の無機質な――唯々、冷たさを感じさせるそれだった。

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