第21話 冗談

「あれ? にぃに、あそこにいるのって……もしかして柏木先輩? いえ、星奈お姉さまじゃなくって?」


 デジャヴじゃない。一緒に登校する美亜のブラコン疑惑から始まる一連の展開。あくまでもシナリオに沿って話が進むため、俺たち脇役の行動も一定の範囲に収束されるのだろう。

 実際に再現される事で、改めてここがゲームの世界だと実感する。

 星奈との関係が学校で話題になるのは避けられない。今度は不名誉なレッテルを貼られないようにしないとな。さすがに、露出狂とか恥ずか死ぬ。

 

 

「あぁ、星奈だな」


「えっ?! 星奈? にぃにっ、星奈って……」


 美亜が驚いた猫のような顔をしている。


「ん? 星奈とは顔見知りだからな。良い機会だから美亜の事を紹介しておくよ」


「へっ、まままっ、にぃに!」


 美亜が腕を絡めて、なんとか俺を止めようとするのだが、結局これもこうなる訳か。星奈から見れば前回同様、腕を組んで仲良くイチャラブ登校してくる二人と映るのだろう。だが、それもわかっていれば、どうって事はない。

 

「おはようございます、光太」


 美亜を半ば引きずるようにして近付いた俺へと、星奈がちょうど今時分の春の陽射しを思わせる、暖かな声音で声を掛けてきた。


「おはよう、星奈。誤解しないでもらいたいんだが――」


「おはようございます、美亜さん。初めまして、ですね」


 あれ? 何だ? 何か……。


「お、おはようございます、柏木先輩。初めますてっ……妹の竹原 美亜です」


 美亜は急いで俺の腕を離すと、深々とお辞儀をした。残念ながら、今回も無事に噛んでしまって恥ずかし気に俯いている。


「ご一緒しても?」


 そんな美亜を微笑ましく眺めていた星奈が、視線を俺に向けて尋ねてきた。


「あぁ、もちろん」


 何でもない風を装って、三人連れだって坂を上がり始める。美亜と星奈に挟まれ、まさに両手に花。

 当然、周囲の生徒たちから少なくない視線を集めてしまっている。だが前回と違って、今回は羨望や嫉妬といった類のそれだ。多少の優越感を覚えてしまうのは大目に見てもらいたい。

 しかし、どうも引っかかる。ほぼ同じ流れを辿る予定調和の中にあって、星奈の反応だけが大きく異なっている。さっきのはあれは……。

 左隣の美亜を横目で窺うと、ちらちらと星奈に視線を送るも、何を話していいのか分からないといった様子で黙って歩いている。

 同様に、まるで俺の考え事を邪魔しないように、ただ付き添うように横を歩く星奈も無言だった。ただ、その優雅と形容される歩く姿が、なんとなく軽やかさを感じさせる。背中にかかる銀髪がいつもより楽し気に踊っているのを見るに、あながち気のせいというわけでもなさそうだ。


「星奈は、一人っ子だっけ?」


「そうです。出来れば美亜さんみたいな、可愛い妹が欲しいですね」


「わわわっ、私っ、可愛いですか?」


「えぇ、とても」


「なんだ美亜、俺がいつも可愛いって言ってるのに、本気にしていなかったのか?」


「もう、にぃに!」


 頬を上気させた美亜から上目遣いに贈られる抗議の目。ありがとうございます、ご褒美です。


「いつも言ってもらえるなんて羨ましいです」


 ……やっぱりおかしい。


「星奈なんて言われ慣れてるんじゃないのか?」


「光太からって所が重要なんです。羨ましいというか、この感情をより正確に言い表すとしたら――嫉妬、ですね」


「「へっ?!」」


 呆けた顔を二つ並べて、思わず立ち止まってしまう俺と美亜。嫉妬? つまりそれって……やきもちって事?

 星奈は何事も無かったかのように坂道を上がっていく。少し先で立ち止まった星奈が数瞬の間をおき、くるりと、スカートの裾を翻して振り返った。ふわりと舞った銀髪が陽射しに煌き、両手で鞄を抱き抱えた少女を彩る。坂の上に広がる、雲一つない青空と同じ――澄んだ瞳が俺をじっと見つめていた。

 気が付けば周囲の好奇の視線もざわめきも、俺の世界から星奈以外のものが消えていた。その瞳から目を離せないまま、ごくりと空唾を飲み込んだ。


「冗談ですよ? 冗談」

 

 そう言った星奈の瞳が半月を描く。鞄で口元を隠しているが、あの向こう側では悪戯っぽい微笑が浮かべられているに違いない。さっきみたいなのを【目を奪われる】と言うのだろう。

  

「で、ですよねー、びっくりしちゃいました」


 顔が火照ったのか、美亜が手で扇ぎながら、止めていた息を吐き出すように口を開く。止まっていた時間が動き出したかのように空気が弛緩した。

 

「光太? 顔が赤いですけど、どうかしましたか?」


「……別に」


「そうですか」


 もちろん俺だって、最初から本気になんかしていない。心臓がバクバクいってるのは只の不整脈だし、脇汗掻いたけど多汗症なだけだし。わかってたから。最初から冗談だって、わかってたから。これっぽっちもガッカリなんてしていない。

 胸中で繰り返されるのは誰に向けての弁解なのか、俺は再び坂道を上がり始めた。

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