第13話 終わりのセリフ

「えっと、その、星奈? 俺の勘違いでなければ、何やら誤解をされているようなので紹介するな。妹の美亜だ」


 俺は防護障壁として美亜を矢面に召喚した。許せ、妹よ。世の中は世知辛いものなのだ。


「ちょっ?! ちょっと、にぃに。はっ、初めますてっ……妹の竹原美亜です」


 焦って噛んでしまった美亜が、勢いよくお辞儀した。真っ赤な顔で振り返り、瞳を潤ませて睨み上げてくる美亜の頭を、俺は良く出来ましたとばかりにぽんぽんしてやる。


「そうでしたか……てっきり正妻戦争の始まりかと」


 俺と美亜のやり取りをどことなく羨ましそうな面持ちで見ていた星奈が、何やら物騒な事を呟いた。

 ちょっとだけ「俺のせいで争うのは止せ」なんてセリフに憧れたりもするが、やはり平穏が一番。誤解が解けたようで一安心だ。俺の心に安寧が訪れた事を誰に言うともなく感謝する。


「美亜さん、初めまして。柏木星奈です、仲良くして下さいね。光太――お兄さんとは、その……裸を認めてもらった仲です」


 にっこりと天使の微笑みを浮かべた星奈が、滅びの言葉を告げた。


「「「!!!!!!!」」」


 美亜だけでなく、もはや公然とそば耳立てていた生徒たちの顔が驚愕に染まる、ついでに俺も。次の瞬間には、無数の視線の刃が俺に突き刺さっていた。

 頬を朱く染めて俯く星奈の姿が、その威力を増幅させて俺の豆腐メンタルをガリガリと削っていく。このままではHPがゼロになるのも時間の問題だ。嫌な汗が体中から噴き出してくる。

 

「星奈、その言い方は、あらぬ誤解を招くから止めようね?」


 俺は残された力を振り絞って星奈に懇願した。地面には、口端から滴り落ちた血が赤い染みを広げていく。そんな幻想が見えそうなほどに追い詰められていた。

 

「しかし光太が、私の裸に価値があると言ってくれました。それに、もっと胸を張れって」


「いやっ、あれは裸の星奈にこそ価値があるって言ったのであってだな」


「にぃに、それ一緒の事だからっ! てゆーか、むしろ酷いこと言ってるしっ!!」


 ぐはっ! 周りからの侮蔑が込められた視線の集中砲火が、痛い、痛すぎる。ダメだ、ともかく移動しないと。


「とりあえず、遅刻するから行こうか」


 色んな意味ですでに死にたいと化している俺は、生ける屍となって坂を登り始めた。

 左右を美少女に挟まれ、普通なら嫉妬の視線に優越感を覚えるシチュエーションのはずが、処刑台に連行される罪人のような心境でしかない。上り坂が、いつもより急勾配に感じられた。

 何とか正門に辿り着いた俺は、放課後に説明する事を条件に美亜から解放された。美亜は理由はさておき、星奈と一緒に寄り道を出来る事が嬉しい様子だった。


「放課後まで付き合わせて悪いな、星奈。習い事とかあるんじゃないのか?」


「お気になさらずに。私の言い方が悪くて誤解を与えてしまったようですし。美亜さん、可愛いですね」


「あぁ、自慢の妹だよ」


「そうですか、私は一人っ子なので羨ましいです。あんな妹がいればなと思ってしまいました」


「美亜も星奈お姉さま、なんて言っていたから、星奈の妹になれたら喜ぶと思うぞ?」


「?! なるほど。……未来の義妹いもうと


「ん?」


 それっきり、星奈は何かを考え込むようにして黙り込んでしまう。本人は抑えているつもりのようなので、その小さな口元がちょいちょい緩んでしまっている事には、触れてやらないのが紳士としての気遣いだろう。

 それにしても、こうして星奈と並んで歩いているだけで注目の的だ。

 先程の話題で持ち切りになっているに違いない、エセ芸能レポータが集う教室に向かうと思うと俄然足取りが重くなる。

 不倫騒動で釈明会見に向かう芸能人が、ちょうどこんな感じなのだろうか。俺は浮気どころかまだ交際すらしていない、けがれのない由緒正しきぼっちなんだが。


「それじゃ星奈、放課後な」


「……はい、光太」


 星奈の教室の前で別れを告げる。少しばかり不満そうな色を浮かべた星奈に、心の中で『はて?』とその意味を推し量る。うん、全くわからん。

 わからんと言えば星奈のやつ、今朝は何であんな所に突っ立っていたんだ? いつもだと高級車による正門前での送り迎えが、ある種のお披露目イベントになっていた記憶があるんだけど。

 まぁ、良い。今は、この後に待ち受ける状況をやり過ごす事に専念しよう。

 自分の教室の前で、大きく息を吐き出し気合を入れた。

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