第11話 成立
「私に近寄ってくる人たちなんて、浅はかでつまらない人たちばかり。かく言う私が、つまらない人間の最たる者なのですから、それも仕方のない事なのでしょう」
独白――自嘲するように笑みをこぼし、柏木は歩き出した。
誰もが
「馬鹿か、お前は」
俺の言葉にぴくりと反応した柏木が、足を止めて振り返った。じっと見つめる、無機質な瞳が冷たい光を帯びる。
「馬鹿?」
「あぁ、そうだ。馬鹿で足りないなら大馬鹿の称号をくれてやる。赤の他人が外っ面だけで判断する? そんなもん当たり前だろ。お前の内面なんて、最初は誰も知らないんだからな。そこに初めから、無償で踏み込んでくれるのなんて家族ぐらいなもんだ。だから身内って言うんだろ」
偉そうに講釈を垂れてはいるが、半ば以上、彼女に当たっているようなもんだ。ほんと、何様のつもりだ? オレ様かよ。
「それで? 自分はつまらない人間? しかも最たる者ってなんだよ、つまらない人間グランプリの殿堂入りでもしちゃってんのか? そもそも、誰と比べて、何をもって、つまらない人間だなんて言ってんだ? まさかとは思うけど、自分は持って生まれただけの容姿や家柄で着飾っているにすぎない、裸になったら何の価値も無い人間だから、なんてテンプレ自虐お嬢様のセリフを言うつもりじゃないだろうな?」
わずかに眉根を寄せた柏木は、反論するでもなく黙ったまま、続きを促すように瞳を細めてみせた。その視線に体温が奪い去られていくような感覚を覚え、体がぶるっと震えた。果たして俺は、この死線を越える事が出来るだろうか。
「――おいおい、まさかの図星ですか。確かに、恵まれた容姿や家柄に産まれるってのは運だ。それに群がる奴らがいるってのもわかる。だからって、なんでそれが自己否定に繋がってんだよ。逆に俺からすれば、それがわかっていて、なお
頭では
「お前の中身は空っぽか? そうじゃないだろ? 学校で習うような知識だけじゃなく、今までしてきた経験が、良かった事も悪かった事も全部ひっくるめて詰まってる。それは、お前が積み上げてきた、お前だけの財産だ。そんで、そこから紡がれたお前の考え方や価値観、性格なんかは個性ってやつだろ。生まれ持った容姿や声なんかも個性だし、得意、不得意の分野だってそうだ。それは、他人と比べて優劣をつける必要があるのか? 大事なのは、それをどう活かすかじゃないのか? 言ってみればお前は、世界にたった一人、唯一無二の存在なんだよ。つまりだな――お前は、もっと今の自分を認めてやるべきなんだ。誰に遠慮する必要もねー、ばーんと胸を張ってりゃあ良いんだよ」
リアルの世界で見た、自称無能力者の最強能力者(不幸)さんばりの長説教。ほぼ初対面の相手に対して、流石に今のはやらかした感があり、つい目を泳がせてしまう。
「えーっと、ちょっとズケズケと言い過ぎたかなぁ……すまんっ! なんつーか、あれだ。唯一無二の存在だ、なんて話を飛躍させすぎたが、それも俺の個性、ユニークスキルってことで、いや、スキルと言っても俺は決して中二病では――」
「裸の……裸になった私に価値がある……と?」
「はい?」
いやー、そこだけを切り取っちゃうと、ちょっと拙いかなぁ。うん、誤解を招くよね。いや、俺としては、あなた様の裸に天文学的な価値を付けさせて頂くのにまったく、ほんとこれっぽっちも異存はございませんよ? 切実な眼差しを向けてくる柏木に、そんな事を口にするほど俺は勇者じゃない。
「ありまくりに決まってんだろ。お前が、柏木星奈の一番の理解者になってやらなくてどうする。それでもまだ、お前が自分自身を否定しようって言うんなら――俺が、お前を肯定してやる。さっき言っただろ? 俺はお前をすげーと思うってさ」
「あなたが? ……でも、それでもプラスマイナスゼロ、ですよね?」
「否定するってのは既にあるものを打ち消すからそこでゼロ。そんで俺が肯定すればプラスだろ。細かい事はいいんだよ。俺が価値があるって言えば、そこに価値が生まれるんだ。そういうもんだろ?」
柏木の青い瞳が俺を見つめている。何だろう、このむずがゆさを覚える瞳は。これはこれで、居た堪れない気持ちになってくる。
「横暴な……本当にミジンコ、みたいな人ですね」
横暴なミジンコって……イキがっても内弁慶感が半端ない絵面しか浮かばない。しかし、どこまでいってもミジンコの域を出ない俺ってどんだけなの。
「あのですね、出来ればもう少しだけ、気持ち分だけでも進化させてはもらえないでしょうか。ミジンコをバカにする気はないんだけど、ちょっと悲しくなってきた」
「……」
青い瞳が、じっと見つめてくる。
表情の変わらない、精巧に作られた西洋人形のような顔。心なしか、その頬に朱がさしてきたように思われた時、少女の小振りな口がおずおずと言葉を紡いだ。
それは今迄の切れ味鋭い日本刀――柏木を西洋人形と例えるなら、ここはレイピアとでもするべきか――急所を容赦なく突き刺すような口調とは、対極に位置する口振りだった。
「では、だ……旦那様……みたいな……人ですね」
「へっ?! 旦那様? なんでメイドさんが主人を呼ぶような言い方? そもそもそれっ、進化ってレベルじゃないよなっ!?」
「メイド? あなたって呼ぶのは時期尚早な気もしますし、そのような呼び方は儀式が済んでからの方がよろしいかと思いまして」
「儀式ってなんだよ、主従契約とかの事か? 俺は別にお前を召喚した覚えも、逆にされた覚えもないんだが?」
「召喚? 気持ち分だけ進化させろと言われたので、そうしたまでですが? それでしたら何とお呼びすれば?」
「あぁもう、あなたでも、竹原でも、光太でも好きにしてくれ。お前の気持ち分ってどんだけ大きいんだよ」
「わかりました。では……光太」
「!!!!!!」
「光太、私の事をおまえ、と呼ぶのも今はお止めください。節度を守った学生生活を送りましょう」
「お、おぅ、わかった、柏木……さん」
「星奈」
「……はい?」
「星奈、と呼んで下さい」
「あ、あぁ、了解、……星奈」
☆
「光太、ありがとうございました。資料はこちらに置いてください」
一連のやり取りにどこか違和感を覚えつつ、はにかむ美少女から名前を呼び捨てにされる、というシチュエーションに酔ってしまっていた。はっきり言って、資料を置いてから自分の教室に戻るまでの記憶がない。
正確に言えば――
「光太、不束者ですが、よろしくお願いしますね」
そう言って頭を下げた柏木……星奈のリピート再生だけで頭の中は埋め尽くされ、それ以外の情報が入ってくる余地が無かった。
なんか、よくわからん展開だったが、星奈と仲良くなっておいて損はないだろう。
結局、その後の授業はほとんど頭に入らず、時間だけが刻々と過ぎていった。
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