第8話 はじめの一歩
ホームルームの時間が終わり、帰り支度の済んだ生徒から教室を後にする。俺は、何かを待っているかのように席についたままの片泰に声をかけた。
「片泰、朝はありがとうな。それから、久しぶり」
「……あぁ、ハンカチの。久しぶり? 朝以来だから?」
「お互い成長したからな。小学生の頃、よく一緒に遊んだだろ。寿司屋の息子、思い出さないか?」
片泰が驚いた顔をして俺の事を凝視している。
「小学生の頃、寿司屋の息子……あぁっ!! もしかして、たこやん? きみっ、あのたこやんなの?!」
「へっ?! たこやん?」
「ごめんっ、違った? 寿司屋の息子で、ご両親が寿司ネタのタコからとって名付けたって。その光太くんのあだ名が、たこやん」
「あ、あぁ、そうそう、そうだったな。それそれ、そのたこやんだよ」
ゲーム内のおやじ、おふくろ。もっと良いネタが他にイクラでもあっただろ。タラちゃんとかさ。
「そっか、そっかぁ、たこやんかぁ。久しぶりだね、朝の時は全然気づかなかったよ」
「お互い様だな。あの頃の遊び仲間がこの学校に結構いるんだぜ。昔みたいにまた皆で遊ぼうぜ」
「うん、ありがとう。僕、人見知りする方だから心配してたんだけど良かったぁ。よろしくね」
『チロリロリン』
あ、今の音、親密度が上がった時の効果音だ。とりあえず、主人公の親友くらいまではランクアップしといても問題ないだろう。
問題なのは、これからだ。前回は初日でいきなりバッドエンドを迎えていた。つまりこの後で何かイベントがあったという事だ。可能性が高いのは――っと、黒原さんだろうな。
「片泰、まだ帰らないのか?」
「んー、今日は時間があるから校内を見て回っておこうかと」
あぁ、それか。編入生だからな。
「片泰くん」
やっぱりな。案の定、黒原さんから声が掛かった。
「何かな、黒原さん」
「高梨先生から、片泰くんに校内の案内をするように言われてるんだけど」
そこで何かをやらかした訳か。ここは――
「あぁ、委員長。それ俺がやっとくわ」
「えっ、竹原くんが? いいの?」
「おう、任せといて。俺と片泰は小学生の時まで一緒に遊んでた、幼馴染ってやつなんだよ、なっ?」
「そうそう。それで今、たこやんが声を掛けてくれてたとこなんだ」
俺の言葉に続いた片泰が嬉しそうに頷いた。なんか目を輝かせているんだが、子犬っぽいやつだな。振ってるしっぽが見えるようだ。
「たこ……やん?」
人差し指を顎にあて、こてんっといった感じで首を傾げた黒原さん。なにそれ、可愛いんですけど。
「俺の小学生の頃のあだ名だ。片泰、さすがに高校生にもなって『たこやん』は恥ずかしいぞ。俺の事は、光太って呼び捨てで頼むわ」
「はははっ、確かにそうかもね。じゃ、僕の事も新司で。もちろん呼び捨てでね」
「オッケー。そんじゃあ新司、校内見て回るとすっか。黒原さん、またな」
「あっ、黒原さんもありがとうね。それじゃ、また明日」
「ううん(ハァハァ)、せっかくの感動の再会なんだし、どうぞ(じゅるっ)……ごゆっくり」
ん? 今なんか黒原さんの様子、おかしくなかったか? なにやら苦し気というか、慌てて口元を隠すような、それにそそくさと離れて行っちゃったし。お腹の音でも鳴りそうになったのかな?
とにかく、これで今日のバッドエンドは回避出来たはずだ。
「まずはやっぱり、食堂か。うちの学食かなり美味いからな。その分、込み合うから毎日が激戦だぞ」
「へー、そいつは楽しみ半分、怖さ半分ってやつだね」
俺と新司は教室を出て食堂へと向かい、その後、主要な教室や施設を順に見て回った。その途中でも俺はちょくちょく声を掛けられたのだが、やはり新司が子犬のような瞳でその様子を見ていた気がする。
「よし、大体こんなもんかな。教室移動の時に一緒に動いてればすぐに覚えるだろ」
「そうだね、ありがとう。それにしても、光太って顔が広いんだね。同級生だけじゃなくて、上級生や下級生からも声掛けられてたよね?」
「あぁ、なんか知らんうちにな。一緒にいれば新司もすぐに顔見知りが増えるだろ」
「ほんと、助かるよ。この学校に光太がいてくれて良かったぁ」
『チロリロリン』
あっ、また親密度が上がった。おいおいおい、なんか簡単に上がりすぎじゃないか? チョロインじゃあるまいし。気を付けないと、あっという間に危険水域を越えそうだ。
「そんじゃ、そろそろ帰るか?」
「そうだね、今日は本当にありがとう」
二人で正門まで歩き、帰る方向が反対だったのでそこで新司と別れた。
ゲームをクリアさせるには、新司に攻略対象との親密度を上げさせないといけない。その為には黒原さんと回らせた方がもちろん良かった――が、前回はその過程でバッドエンドを迎えている。
この種のゲームで初日にいきなりのバッドエンド。普通に考えたらありえない。 考えられるのは、あえて剥き出しの地雷を踏まずにはいられない、そんなむしろご褒美です! 的なシチュエーションが待っていた場合だ。それなら、スタート直後でいくらでもやりなおせる状況だからこそ出来る、ある種のプレイヤーには心憎い仕掛けだと言える。そうじゃなきゃ、本当に単なるクソゲーだ。
そうするとだ。前回と違う選択肢を選んでくれるプレイヤーなら良い。だが、そのご褒美的な仕打ちを求めて、あえて何度も死地に向かう紳士だった場合……新司の名前が変態紳士をもじっている以上、そっち系のプレイヤーという可能性も考慮しておく必要があった。
本音を言えば、そう何度も美味しい目にあわせてやるほど俺はお人好しじゃない――などとほくそ笑んでいたら、あっという間に家に着いていた。
「ただいまー」
「にぃに、お帰りなさい。始業式とホームルームだけだったのに遅かったね」
「ん、あぁ、うちのクラスに編入生がいてな。知ってる奴だったから校内の案内をしてたんだよ」
「へー、そうなんだ。……男の子? 女の子?」
「男だよ」
「そっか、にぃにらしいね。もうお昼だけど、ぷにっと肉まんでいい?」
「あぁ、いいよ」
「じゃ、にぃにの分も一緒に温めておくから、早く下りてきてね」
美亜、見た目はギャル系だけど素直で気の利く、優しい妹だ。押し入れから落ちた時も駆けつけてくれたしな。元の世界では一人っ子だったから、妹がいるってやっぱ良いな。
そんな妹を待たせる訳にはいかない。さっさと着替えて、一緒にぷにっと肉まんを食べなければ。俺は階段を一気に駆け上がり、鞄を投げ捨て、三分で着替えまで済ませて下りていた。
「にぃに、熱いから気を付けてよ」
「ありがとう」
席に着いた俺に、美亜がお茶を入れてくれた。なにこれ、もしかして俺の嫁? なんて考えてしまう俺も十分にアホどもの一人だろう。
「やっぱり、ぷにっと肉まんってあれだな」
「あれって何?」
「この柔らかさといい見た目といい、女の子のおっぱいを連想させる逸品だよな」
「にぃに、あーんして」
美亜がニコニコと笑顔を浮かべて、半分に割ったぷにっと肉まんを差し出してきた。二人きりだからか、兄妹愛が溢れてるな。
「なんだよ、美亜。ちょっと恥ずかしいけど、あーん」
「変態……バカにぃにっ!」
「むがっ?! !!!!!!!!!!」
笑顔のまま、美亜がぷにっと肉まんを俺の口に押し込んできた。
いや、マジ熱いです。ほんと、堪忍してつかーさい。そんでもって、あざーっす! もう一つ、あざーっす!
涙で霞む視界の先で、俯いた美亜が両手で持ったぷにっと肉まんをついばんでいる。耳の先から首筋まで真っ赤っかだ。
あれは、んー、相当怒ってるな。後で美亜の好きなスイーツでも買ってきて、機嫌をとるとしよう。
どうやら俺は十分にアホどころか、十二分に変態紳士どもの仲間だったようだ。
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