第7話 この中に一人、主人公がいる
「……ぃに、にぃにってば、間に合わなくなっちゃうよ」
「ぅうう、良いんだよ、学校なんて行かないんだから」
「みゃあは、ちゃんと起こしたからね、もう知らないっ! バカにぃにっ!!」
バタンッ……トントントントン……ガチャ、「行ってきまーす」
ふぅ、ようやく静かになった。なんなんだよ、まったく。もう一度寝よ。
……あぁ、そうだった。【アマガミッ!】に似たゲームの世界に取り込まれたんだった。
――このデジャヴ感、主人公がバッドエンドを迎えてリスタートが掛かったって事か。まだ一日目が終わってなかったはず……初日でバッドエンドって、ゲーム難度がウルトラハード過ぎるだろ。なんつークソゲー。
しかも女神の言っていた事が本当なら、これでリアルの記憶がランダムで消されたって事か。何の記憶を消されたのか。一番消えてほしい記憶が消えていない事だけはハッキリしている。思ったとおり役に立たない女神だ。
どのみち記憶が一個や二個消えたところで、どうという事はない。ゲームの方も【アマガミッ!】をやり込んだ俺が本気を出せば、結構簡単にクリアしてしまう可能性すらある。この二次元恋愛マスターこと竹原 光太様が、主人公をリア充に導いてやりますか。
鼻歌まじりに制服に着替えると、悠々と学校に向かった。
掲示板の前で、結構な人数が人垣を作ってワイワイと楽しそうにやっている。今更見る必要のない俺は、少し離れてその様子を眺めていた。なんとなくここに足が向いたのだが、これが女神が言っていたシナリオの強制力というやつだろうか。こじつけ気味にそんな事を考えていたら――
「これ、落ちてるけど君のかな?」
「あぁ、悪い。俺のだ、ありがとうな」
「どういたしまして」
前回もハンカチを拾ってくれた見た目は普通の……名前なんだっけ? 同じクラスだし、また自己紹介の時に覚えればいいか。そんな失礼な事を考えながら、颯爽と去っていくクラスメイトAを見送った。
ギリギリ着いた前回と違って、教室に向かう途中で何人にも声をかけられた。男どもだけでなく女生徒からもだ。それも同級生に限らず、上級生や中学の後輩だったという下級生からも。どうやら俺は、驚きのリア充だったようだ。
前回でわかっていた事だが、設定上の知り合いは会話をするとそのキャラ情報がすっと頭に浮かんできて、既知の情報として記憶に定着する。その情報から小学生以来の親友とわかる奴が何人もいた。こういったゲームのお助けキャラと主人公は小学生からの親友であり、同じクラスというのが定番だ。
名前を【ああああ】だとか【厨二 やまい】みたいに、いかにもプレイヤーですって名前を付けてくれていれば一発なんだが、特におかしな名前の奴はいなかった。取得したキャラ情報からも、今の所どいつが主人公なのかわからない。
まだ出会っていないということなのか、あるいは、何かイベントでも起きるのだろうか。そんな事を考えながら始業式を過ごしていたら、あっと言う間に自己紹介まで時間が進んでいた。
「片泰新司です。親の転勤でこの春からこちらに戻ってきました」
あぁ、あいつか。今度は、ちゃんと覚えておいてやらないとな。そうは言っても特徴がないんだよなぁ、普通過ぎて。
「好きな食べ物はメロンパンで、手のふさがっている状態で無理やり口に押し込まれるのがたまりません」
ほぉほぉ、なかなかの上級者じゃないか。甘いメロンパンで塩対応なんてニヨニヨが止まりませんな。
「あと趣味は、女の子のおへそと膝裏を子犬のようにペロペロする事です。一年間、よろしくお願いします」
おへそと膝裏ね。そこに目を、いや舌を付けるとは将来有望な若者だな――なんて誰が言うかっ!! 将来有望どころか将来独房に一直線な若者だなっ! 一年どころか今日、今この時をもってお前は社会から抹殺されたぞ。
――パチパチパチパチパチパチパチパチ。
俺が脳内ノリツッコミを繰り広げる中、周りのクラスメイトが拍手している。さも当たり前の反応であるかのように澄ました顔をして。
なんだ? この違和感。みんな、何とも思わないのか? いや、もしかしてこの世界では当たり前の作法や趣味だったりするのかも……そんな訳ねぇ、どんな世界だよ。
机の上に置かれたクラス名簿に目を落とす。呆気なくと言って良いのか、ありがたいと言って良いのか、プレイヤーキャラが判明した。片泰新司、こいつだ。こいつに間違いない。
さっきの自己紹介に出てきたメロンパンの件。あれは【アマガミッ!】でメインヒロインの鍬原さん(黒原ver.)との買い出しイベントでのエピソード。そして、へそペロや膝裏ペロペロも他の攻略ヒロインとのイベントエピソード。そんな予想の斜め上をいく行動をとる主人公に、実況動画の視聴者から送られた呼び名が【変態紳士】。片泰新司、つまり読み方を変えれば【へんたいしんし】という訳だ。
それにしても、今思うと【アマガミッ!】、色々と間違った方向に突き抜けた恋愛ゲーだったな。奇抜な、という意味でこれを超える恋愛ゲーは他には……あれ? 何かあったような……いや……うん、ないだろう。
安直な名前の付け方で助かった。それよりも、前回もこの自己紹介を耳にしていたら気が付いたはず。これで何とも思わなかったとかありえない。何かがきっかけで前回のルートからずれた……まだゲームは始まったばかりだ、この場合は自己紹介が選択肢だったという事か。前回とは違う内容の自己紹介を選んだ、というのが有力だろう。
ともかく、この世界の主人公が判明した。その瞬間に、主人公と俺にかかわる設定が頭に流れ込んできた。そういう仕組みか。
プレイヤーキャラである主人公、片泰 新司は小学生までこの町に住んでいた。中学に上がるタイミングで親の転勤に伴い引っ越したのだ。引っ越すまでは俺とよく遊んでいた一人で、やはり親友と呼べる間柄だった。
――ふんふん、なるほどね。
高校で再会を果たした二人は、離れていた時間を取り戻すかのように本能の赴くまま、熱くお互いを求めるのだった。
――ん? ……なんだこれ、なんか最後の方、おかしくね? まさかの俺ルート? 待て待て待てっ、ちょっと待てぇい! いや、これは絶対に阻止せねば。よもや俺までもが攻略対象になっているとは。【アマガミッ!】のオマージュ作品かと思いきや、拗らせすぎておかしな領域にまで踏み込んじまってんぞっ!
こいつは厄介だ。他のヒロインとくっつける為に手をかしてやればやるほど、俺への好感度は鰻上りだ。気が付いたら俺ルートに突入してました、テヘッ――なんて事になりかねん。俺は、そっちの二刀流になるつもりは微塵もない。
とにかく、慎重にいこう。俺への好感度のバランスを取りながらヒロイン攻略の手助けをする。なかなかやり甲斐のありそうなゲームじゃないか。ちょっと面食らったが、良い暇潰しになりそうだ。
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