第6話 あぁっ駄女神さまっ

(なんだ? それに今の……あからさまに舌打ちしやがったな)


 呼んでおきながら目の前で迷いだすバカップルに、見事なアルカイックスマイルで応対したウェイトレスさんが、厨房に通すオーダーのようなやさぐれ感。そう例えれば伝わるだろうか。


『舌打ちなんてしていませんー。噛んだだけですー。失礼、噛みまみた』


(こいつ……なんつーイラっとする喋り方だ。しかも最後のワザとだろ)


『なんかとんでもなく失礼な人間ね。女神である私に向かって、こいつ呼ばわりとかありえないんですけど?』


(あぁ、俺が考えた事がわかるのか。女神というのもまんざら嘘じゃなさそうだな)


『だから女神だって言ってるでしょ。引きこもりのあなたを、この世界に導いてあげたんだから』


(人の都合も聞かずにな。俺としては、ありがたいと感謝してもいいんだが……)


【導く】とは【正しい方向に手引きする】という意味だと理解していたが、これ手引きってレベルじゃないだろ。もう完全に拉致監禁しちゃってるよね、魂レベルでさ。

 ちなみに【導く】には、男女の間を仲介するなんて意味もあったりする。出来ればそちらの方でお願いしたい。この女神以外で。

 

『そうよ、もっと感謝してあがめなさい。引きこもりでダメ人間なあなたでも、私の役に立てるんだから』


 引きこもりだったのは否定しないが、それだけでダメ人間と断定するのはいかがなものか。


(俺が役に立つ? 魔王でも倒せばいいのか?)


『魔王? そんなのここにいないけど? そもそも何の取柄もない平和ボケした高校生なんか、ゴブリン相手でもフルボッコにされておしまいよ? 夢見すぎ』


(知ってる)


『まぁ、いいわ。それでは発表します! プレイヤーキャラであるこの世界の主人公を攻略対象と結びつけてベストエンドを迎えさせる。それが、あなたに課せられた使命よ! もちろんグッドエンドではダメ、バッドエンドなんて論外よ』


(発表します! なんて仰々しく言っておいて、それって使命という程のものか? 放っておいても頑張る主人公が、挫けそうになったり迷った時なんかに、励ましたりアドバイスをしてやるくらいが役目だろ?)


『あなたバカなの? いえ、バカね。主人公が頑張ってる姿を見てても、私が面白くないじゃない』


(えっと、なに言ってんの?)


『だからー、シナリオを知ってる女神の私は、飽きちゃったの』


 いきなり人をバカ認定しといて、その後に続けた理由の意味がわからない。頑張ってる人を見守るのが神様じゃないの? この歳になれば、見守るだけで手助けしない事は知っている。願えば叶うなら、俺は今ここにいないのだから。 


『そこであなたたちの出番ってわけよ。主人公と違って選択肢に縛られないあなたがどんな行動をとるのか、必死に右往左往する姿を見て私は楽しみたいってこと』


(要は暇潰しに付き合えってことか。なんつー女神様だ。付き合ってられねぇ。俺は自由に過ごさせてもらうわ)


『ぶっぶぅー。ほんと、おバカちゃんでちゅねー。この世界で自由に過ごせるわけないでしょ』


(……どういう事だ?)


『ここはゲームの中の世界よ。さっきの私の話、聞いてた? シナリオよ、シ・ナ・リ・オ。シナリオが存在するの』


 いちいちイラつく喋り方だが、声だけが頭に響いてくるので慣れるとそれ程気にならない。言葉以上に、表情や態度が与える不快感の方が占める割合は大きいようだ。


『プレイヤーがゲームをクリア出来なければ、何度でも強制的に同じシチュエーションが繰り返されるわけ。シナリオに沿ってね。そしてあなたは、その記憶を持ったままそれに付き合う事になるのよ』


(なるほどね……って、まさかのエンドレスエイトか? 記憶を持ったままだなんてそんなのお前――対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースでさえウンザリの展開じゃねーか)


『それどこのナガ〇さんよっ!』


(ツッコミだけは鋭い女神だな、っていうか、なんで知ってんだよ)


『……そんな事はどうでもいいのよ。あなたは何周目まで耐えられるかしら?」


 今更シリアス風に『耐えられるかしら?』なんて言われてもビビる要素がない。


『一応、救済措置もあるわよ』


(一応ってとこからして、ろくでもないのは確定だな。一応、聞いてやる)


『あきらめたら、そこで試合は終了ですよ』


 ……。


 確かに、それは永遠とわに語り継がれる名言だろう。そして、そのセリフの持つ重さと対照的な軽い奴らが、取りあえず使いたがるのも名言の宿命というものだ。ならば、ここはスルーの一択。


(それって救済措置っていえるのか?)


『……スパッて終わらせる事が出来るんだから救済でしょ』


(終わらせたらどうなるんだ? 元の世界に戻れるわけじゃないよな?)


『当然。自我が消滅します。あなたが、消えてしまうんです』


(それって死ぬようなもんか。痛い思いや苦しい思いをしなくて済むなら、それはそれで良いかもな)


『軽っ! ハズレを連れてきちゃいましたかね』


(褒められたところで、面倒な事に付き合うつもりはないぞ?)


『一言も褒めてないんですけど? しかし、やる気を出してもらわないと、人を襲わないゾンビ映画をダラダラと鑑賞させられるようなものだし……困りましたね」


(そんな事を言うなら、やる気の出るクリア報酬とかないのかよ)


『あぁ、勿論あるわよ。一つだけ、なんでも願い事を聞いてあげる』


(いきなりマジもんの女神になりやがった)


『元から女神なんですけど?』


(本当になんでも願い事を聞いてくれるんだな? ありきたりだが、元の世界で大金持ちにしてくれとかでも)


『それでは願い事が二つ。クリアしただけでは元の世界には戻れないから。願い事を【元の世界に戻る】にする必要があるのよ』


(せこっ、せこすぎるわ。この世界限定の報酬ってことかよ)


『だって、この世界の女神だし』


(はぁ……で、今までどんくらいの人数が参加させられて、その内のどんくらいがクリアしてんだ?)


『正直言って、参加人数は忘れたわ。それくらい沢山ってこと。クリア人数ならゼロよ』


(まぁ、掲示板に書かれていた情報からしても予想通りだな)


『さぁさぁ、せっかく来たんだから、私を楽しませて下さいよっ』


(覗き見が趣味のストーカー女神を楽しませるつもりはないが、どうせ向こうでも退屈していたとこだしな。俺が飽きるまでは遊んでやるか)


『ほんとっ、憎たらしいやつね。大体、四六時中あんただけを見ているわけじゃないんだからねっ!』


(はいはい、高みの見物でも何でもご自由に)


『そうそう、主人公がバッドエンドを迎える度に、あんたの元の世界での記憶がランダムで無くなるから。それじゃあ、頑張ってねー』


 ……さすが駄女神ダメガミ。肝心な事を最後にぽろっと言いやがった。全部の記憶がなくなったら、それは俺という自我が消えるのと同意じゃないのか? せっかくリアル恋愛ゲームでハーレムを作れると思ったのに、クソゲーの脇役キャラだった件。


 まぁ、良い。もう、そういうゲームとして楽しもう――あれ、待てよ……そういやこのクソゲー、ネットで真のベストエンドがどうとか……。確か、何らかの条件を満たすと隠しルートが派生して……。

 条件、何だっけ? 隠しルートはクソゲーに相応しい展開だった気が……ん~二股ドロドロ? 主人公と攻略対象ヒロイン……よくあるパターンはヒロインの親友が絡んだ三角関係だけど、それだと普通過ぎる。主人公とその親友でヒロインを……この構図も普通だな。

 もっと斜め上へ……あぁ、主人公の親友を主人公とヒロインで取り合えばBLも絡んで恋愛ゲーとしては斬新か……って、それ俺じゃねーか。




 ――――――――――――ブツン! ―――――――――――― 




「……ぃに、にぃにってば、間に合わなくなっちゃうよ」

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