第5話 ダメガミッ!

 学校からの帰り道もずっと考え込んでいた。リアルも含めれば久しぶりに外出したこともあってか、ひどく疲れた気がする。重い体を引きずるように階段を上り部屋へと向かう。


「あれ? にぃに、帰ったの?」


「ん、あぁ、ただいま」


「どしたの? 大丈夫?」


「あぁ、ちょっと疲れただけだよ」


 階段を上がる途中で美弥に下から声をかけられたが、返事をするのもやっとだった。部屋に入って適当に鞄を投げ置く。

 黒原さん――【アマガミッ!】における本来のメインヒロインの名前は鍬原さん。黒髪ロングでくりっとした大きな瞳の美少女。成績優秀、運動神経抜群、面倒見が良く、スタイルも申し分ない。まさに非の打ち所がない完璧人間。

 その鍬原さんが、実は猫を被った裏表のある性格で。裏の顔を見せている時の鍬原さんに、実況動画内で付けられた呼び名、それこそが黒原さん。またの呼び名を腹黒さん。

 今日学校で見た、黒原さんの見た目は間違いなく鍬原さんそのもの。だけど名前は黒原――どういう事だ? ここは【アマガミッ!】の世界じゃないのか? 


 こんな時は……籠るか。プレイヤーキャラである主人公が、現実からの逃避先として作った簡易プラネタリウム。押し入れの内側に蛍光ペンで星を書き込んだだけの簡単なもの。それでも主人公にとっては、気持ちが落ち着く憩いの場所だ。

 押し入れに入り込んで襖を閉じ、真っ暗になったところで覆いをかけた豆球のスイッチを入れる。そのぼやっとした光が、真っ赤な文字で殴り書きされた般若心経を浮かび上がらせた。


 ――へっ?!


 血のように滴る様は妙にリアルで、見ている目から入り込んで脳内を縦横無尽に駆け巡る。仕舞いには聞こえないはずの読経が、俺の鼓膜を振るわせた。


「ぅわぁあああああ!!!!!!!!」


 驚きのあまり、襖を開け放った勢いで押し入れから転げ落ちる。その音に驚いた美弥が、階段を駆け上がってきた。


「なになになにっ? どしたのっ、にぃに。――!? ちょっとぉ、大丈夫っ?」


「あぁ、大丈夫だ。驚かせてごめんな」


 いててててっと、したたかに打ち付けた腰を擦りながら、振り返った先にいた美弥を見て思わず首をかしげる。


「えーっと、どちら様?」


「はぁ? 何言ってるのっ、【美亜みあ】は美亜に決まってんじゃん。にぃに、頭でも打った? 病院に行った方がいいんじゃない?」

 

 茶髪のロングヘアーをお団子にし、やや目尻のつり上がった利発そうな印象を与える猫目。Tシャツにホットパンツ、どうみても今時のギャル系女子高生。そんな女の子が、半ば呆れた目を俺に向けていた。


「……美亜?」


「もう、にぃに、二年生になったんだからしっかりしてよねっ!」


 心配して駆けつけて損した、などと呟きながら美亜は部屋を出て行った。記憶にある主人公の妹キャラ、黒髪ショートの美弥とは似ても似つかない全くの別人。純真無垢な美弥とは、いっそ種族が違う感すらある。

 本当に、どういう事だ? 黒原さんといい、美亜といい、ついでに押し入れの般若心経といい、この世界は何か色々と間違っている。

 

 ――あっ!!!!!


 すっかり忘れていた。やはり、ゲーム世界への転移に浮かれすぎていたようだ。その存在を頭から完全に消してしまっていた。

 ネット掲示板で語られていた【アマガミッ!】にまつわる裏話。目にした時は馬鹿ばかしすぎて、面白くはあったけど流石にガセだろうと笑い飛ばした噂話。【アマガミッ!】愛をこじらせたファンが、個人で作り上げてネット上で配布したという伝説のクソゲー。そのタイトル名は【ダメガミッ!】

 

 部屋を飛び出して階段を駆け下り、家の外に出る。それと同時に振り返った、俺の視界に映りこむ竹原寿司の看板。美亜の兄貴で寿司屋のせがれといえば主人公じゃない。その親友で世話好き、情報通のお助けキャラ。ついでに主人公と攻略対象の新密度まで把握しちゃってる、もしかして主人公の事が好きなの? 的なキャラ。そいつの名前が竹原 光太、つまりは今の俺だ。

 今度こそ間違いない、ここは――【ダメガミッ!】の世界だ。


『ちっ、チュートリアル終了でーす』


 正解を導き出した俺の頭に直接、聞き覚えのない、不貞腐れた女の声が響いた。

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