第4話 だがしかし

【アマガミッ!】のオープニングメロディーを口ずさみつつ制服に着替える。

 足取り軽く階段をくだり、顔を洗おうとして鏡に映った自分とご対面。


「ぅおっ! 誰だっ、このイケメン?!」


 これもお約束だろう。今の俺に決まっている。短髪黒髪、切れ長の目をした威勢の良さそうな面構え。実に頼りになりそうなイケメン君だ。リアルの俺からしてみればイケメン度が三割、いや二割増しといったところか。記憶は美化されるもんだけど、誤差は許容範囲だろう。

 少々浮かれ気味な気持ちを落ち着け、鏡に映った真顔のイケメンと見つめ合う。 

 

 ――ゲームの世界だから、良いよな?

 

 言い訳じみた断りを誰にともなく入れていた。

  

「行ってきまーす」


 威勢の良い掛け声は、まだくすぶる思いを振り切ろうとしてのもの。ガラガラっと引き戸を開けて、一歩足を踏み出した。とにかく、学校に行くとしよう。

 

 この世界では今日から新学年、霧都キリト高校二年生だ。なんとなくハーレム展開を予感させる校名であり、いやが上にも期待値が跳ね上がる。二刀流として、両手に美しい花を携える事も夢ではないだろう。ちなみに妹キャラも同じ高校に通っていて一年生だ。

 学校までは歩いて十五分くらい。近いから――確かそんな理由だけで高校を選んだ設定だったと思う。その学校まで全力疾走、校門が見えてきた所で、いかにも金持ちの車といった高級車とすれ違った。専属の運転手が付いていそうなアレだ。財閥のお嬢様でも送ってきたのだろうか。

 汗を拭き、一息ついてからクラス分けが張り出された掲示板へ。すでに新しい教室へと向かったのか人はまばらだ。これから一年付き合うクラスメイトの顔を眺めて一喜一憂しているんだろう。


「これ、落ちていたけど君のかな?」


「あぁ、悪い。俺のだ、ありがとうな」


「どういたしまして」


 いきなり肩に手を置かれたから驚いた。汗を拭いた後、ポケットにしまう時にでもハンカチを落としていたようだ。礼を言ってハンカチを受け取ると、そいつはニコリと笑い颯爽と去って行った。


 ヒロインキャラとのさりげない最初の出会い――みたいなシチュエーションだったが、残念ながら男だ。誰かは知らんが良い奴だな。ゲームの時には名前のないモブキャラ、男子生徒Aや女子生徒Cなんてのも沢山いたが、リアル版だとその辺の扱いも当然違うのだろう。これ、人間関係とか大丈夫なんだろうか?


 気にしても仕方がない事なのでさっさと頭から追いやり、目の前の掲示板に目を走らせる。確か、ゲーム内では二年三組だったはず……見つけた。記憶通り。そこに【竹原光太たけはらこうた】、俺の名前があった。

 ゲーム内で俺が主人公に付けた名前とは違うが、自分の名前だと自然と理解している。名前を空欄でスタートした場合、自動的に付けられる名前がこれだっただろうか。結構やり込んだと思っていたが、記憶が曖昧な点もありそうだ。

 それよりも非常に残念なことに、ゲームの時と違って自由に時間を進める事が出来ない。当たり前か。

 ただ、今日は始業式がメインであり、学校は午前中で終わりだ。ほとんどの生徒には馬の耳に念仏に違いない、ありがたいお話を聞く我慢大会――全校集会を経てホームルームの時間。お決まりの自己紹介の時間だ。二年生という事もあり、淡々と進んでいく。


「【片泰新司かたやすしんじ】です。親の転勤で……」


 さっき掲示板の所で声をかけてくれたやつだ。名前を覚えておかないとな。見た目は……普通だな。それしか言いようがないくらい普通だ。自己紹介が終わり、続いて普通なら気まずくなる時間。そう、クラス委員長の選出だ。でも、俺は知っている。このクラスに限り、その心配は無用だという事を。


「では、クラス委員長を引き受けてくれる人、立候補は誰かいますか?」


 先生が教室を見渡す。顔見知り同士で押し付け合ったり、面倒事を避けようと駆け引きでクラスがざわつく中、一人の女生徒の手がすっと挙げられた。


「誰もいないのであれば、私で良ければやらせて頂きます」


 よどみなく語られた言葉は遠慮がちだが、凛とした声音が教室に響いた。彼女こそ、このゲームのメインヒロインである鍬原くわはらさん。


「それじゃ、他にいなければ【黒原笑子くろばらしょうこ】さんにお願いしたいと思います」


 先生の言葉を受けて、教室が了承の拍手に満たされる。


「えっ!?」


 そんな中、俺は思わず声を上げて席を立っていた。黒原さんの、クラスのみんなの視線が集まる。


「なに? 竹原くんもやりたかったの?」


「あ、いえっ、その……すいませんっ、違います」


 先生の声で我に返り、そそくさと椅子に腰を下ろす。


(黒原? 鍬原じゃなくて? どういう事だ?)


「じゃ、黒原さん、よろしくね。みんなも色々と協力するように」


「「「はーい」」」


 それから黒原さんの司会で各委員や係りが決められていった。記憶にある容姿の女の子が、ゲーム内のイメージそのままに見事に仕切っていた。

 俺はといえば、ついつい黒原さんをガン見してしまい、目が合っては慌てて逸らす不審者っぷり。結局、ホームルーム終了のチャイムを聞くまでそれは続いた。

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