第3話 今日から俺は

【アマガミッ!】――恋愛にトラウマを抱えた男子高校生がクリスマスまでに彼女を作る、といった内容のVR恋愛シミュレーションゲーム。実況動画で興味を持ち、俺が寝落ちするまでやっていたゲームだ。


 さっき起こしに来た女の子。主人公の妹キャラ【美弥みや】が兄を呼ぶ時に使う【にぃに】は、特徴的であり、彼女の魅力の一つでもある。そもそも俺には、妹などという天使は存在しない。両親との三人家族だ。

 それから主人公のお気に入り漫画であるフィーバー三国志。こいつはヒロインとのコミュニケーションツールとして地味に活躍するアイテム。

 そして、この部屋だ。ゲームでの一日の終わりは、【もう寝るとするか】のセリフとともにこの部屋で締めくくられる。見覚えがあるはずだ。


 ここは【アマガミッ!】の世界――この推測でまず間違いないだろう。

 問題はこれが夢の続きなのか、あるいはラノベやアニメでありふれた異世界転生で最強? なのかという事だ。夢ならそのうち覚めるだろう。異世界転生であるなら疑問が湧いてくる。

 

 俺は誰かを庇ってトラックにかれてもなければ、偶然居合わせた暴漢に刺されたりなんかもしていない。当前だ。部屋に引きこもって朝までゲームをしていただけなんだから。つまり、死んでもいない……はず。

 なので、残念ながら真っ白な世界で幼女の神様なんてものに出会った記憶も無い。その記憶が既に消されている、その可能性も考えられなくはないのだが。


 自分でも意外なほどに、どこか他人事のように感じられ妙に落ち着いている。

 そりゃあ、鬱蒼うっそうと木々の生い茂る森の中や、中世ヨーロッパのような世界で目覚めて言葉が通じない――なんてハードモードな状態なら焦りもする。だが、ありがたい事に、目の前に広がっているのは和室に日本語だ。

 窓から外をうかがったところで、ドラゴンが飛んでいるといったファンタジーな要素も見られなければ、ベランダに修道服を着た幼女が引っかかっていたりもしない。

 仮に幼女を拾ったとしても、連れて帰れば誘拐もしくは拉致監禁の罪で、警察のお世話になるのは間違いない。そんなありふれた、日本の日常が広がっている。

 それでも、ここは試しておくべきだろう。男のロマンを。


「ファイアッ・ボルトォ!」


 ……。


 窓ガラスには、左手を右手首に添え、大きく開いたてのひらを突き出してたたずむ、少年の姿がおぼろげに映っている。言うまでもなく俺だ。

 手首を掴んでいる左手はそのままに、右手をくるりとひるがえす。左手の親指にトクン、トクンと一定のリズムで伝わる脈動。脈拍、異常なし。

 さてと、まぁ、一応? もう一つくらいは試しておくべきだろう。俺の適性が速射魔法とは限らない。うん、どちらかと言えば、長ったらしい詠唱呪文に憧れる系少年だからな。


「黒より黒く、闇より暗き漆黒に以下略――エクスプロォージョン!!」


 ……。


 突き出していた両手を頭上へと移動させ、大きく背伸びの運動。ゆっくりと息を吐き出しながら両腕を下ろす。魔力が枯渇した感じは全くしない。そもそも魔力ってなに?

 有名どころの魔法を詠唱してみたが、どうやら使えないらしい。実際のところ、使えていたらそれはそれで危なかった。街中でいきなり爆裂魔法を使うとか、テロリスト以外の何者でもない。いくら職業選択の自由とはいえ、それはダメなやつだ。

 俺は、社会を変える為などとじれた正義感を振りかざし、人命を盾に無茶な要求を突き付けて立てこもったりなどはしない。精々せいぜいが、働いたら負けとネットで捻じれた正論を振りかざし、粛々と自室警備員として引きこもるくらいだ。


 魔法が使えないのは残念だが、これなら魔王を倒してくれ、なんて無理難題を押し付けられる事もないだろう。そうすると単純にゲーム世界への転移系か。色々と疑問はあるが、どうせ考えてみたところでわかるもんでもない。


 つまり――楽しめば良いと思うよ――って事じゃなかろうか。


 引きこもりになって、時間だけは無駄に持て余していた。元の世界、生活に何の未練もない俺からしてみれば、仮にここが夢じゃなくて本当にゲームの世界であったとしても、何の不都合も無い。

 しかも恋愛ゲーの主人公だ。進めていけば美少女ヒロインたちとのハーレム生活が待っている。

 いるのか知らんが、ロリ巨乳の神様ありがとう。浅はかな俺は、呑気に感謝の言葉を捧げていた。

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