ミジンコの俺がラスボス級悪役お嬢様とベストエンドを迎える方法

草木しょぼー

第2話 異世界は少女の声とともに

「……ぃに、にぃにってば、間に合わなくなっちゃうよ」


 わかってるって、だからこうして走ってんだろ。

 まったく、俺はどんだけ大馬鹿野郎なんだよ。

 一番間違えちゃダメな選択だろうが。

 間に合ってくれよ、この角を曲がれば――いた!

 

「ちょっとぉ……まったぁあああぁぁ……フガ」


「嫌ですぅ。初日から遅刻とかありえないし、みゃあは先に行っちゃうからねー」


「俺はムニャ、ムニゃあが……好きだぁ」


「へ? なっ、なに? いきなり何言ってんのよ、にぃに。私たちは兄妹なんだよ――って、寝てるし。……寝言? うぅぅ……もう知らない! バカにぃにっ!」


 バタンッ!! 


「わっ?!」


 トントントントン……ガチャ、「行ってきまーす」


「……びっくりしたぁ。思わず飛び起きちゃったじゃねーか。ふわぁぁあ、ねむっ。さっきのは夢か。しかし嫌にリアルな夢だったな。それにしても母さん、なんで起こしになんか来たんだ……ん? えっ? ぇええええ? ……ここどこ?」


 なんだこれ? どう見ても俺の部屋じゃないぞ。

 昨日も徹夜でゲームしていて……寝落ち……したんだよな?

 まだ夢の続きとか?

 それにさっきまで部屋にいたの――声も喋り方も全然違った――母さんなんかじゃない。

 なんて言ってた? みや? 誰だよそれ。

 名前もだけど、あの構って欲しい時の猫みたいな喋り方……ずっと若い――たぶん中高生くらいの女の子。

 なんで? どうしてそんな女の子が俺の部屋に? 

 あとは……バカにぃに? 何だよそれ……。 


 次々と湧く理不尽な難問に脳細胞が職務放棄フリーズしたようだ。頭が真っ白になった俺は、ドスンと尻餅をつくようにしてベッドをきしませた。


 どのくらいそうしていたんだろう。どうにか再起動を果たしたらしい頭で現状の把握を試みる。

 和室にベッド? 俺の部屋は、間違いなくクロスとフローリング貼りの洋室だった。

 大体、一年以上に及ぶ引きこもり生活で積み本に積みゲー、食い散らかされたジャンクフードのむくろたち――本来の俺の部屋は、立派な引きこもり部屋と化していた。

 なにより、学習机の上でお行儀良く整列する教科書たちと、壁に掛けられた自己主張の激しい学生服がありえない。

 

 目が覚めたら、まったく別の部屋でした。そんな、トンネルを抜けたら雪国でした的な別世界。

 だけどどこか引っかかる、見覚えのあるような無いような――なんとなく既視感を覚えるこの部屋。

 ふと、まるで展示物のように整然と棚に並べられた漫画が目に留まった。


「フィーバー三国志?」


 こいつも最近どこかで見たような、聞いたようなタイトルだ。立ち上がってその漫画を手に取り、表紙から裏表紙、次いで適当に開いて目を走らせる。


 ……ぶっ! ……ははっ……なっ!? ……ぐすっ……あっ。


 ふぅ、危なかった。トラップだ。うっかり、この手のトラップを発動させてしまったが為に、大惨事につながる事は珍しくない。

 ついつい【あと少しだけループ】に陥り、あの時の自分を殴って気絶させてやりたいと後悔したところで後の祭りだ。


 特に危険なのが夜寝る前。翌日、集中力や意欲の低下、それに反比例して増加する教師からのヘイトなどなど、様々なバッドステータスに泣く羽目になる。

 そのピークは腹もふくれた昼休憩後。気持ちの良い暖かな陽射しにそそのかされ、ノートに這うミミズ文字。うとうとと夢とうつつをさまよい――落下する夢を見る。


 授業とは、教師の朗々ろうろうとした語り声と黒板に削られるチョーク音、そして、ノートを走るシャーペンの音がおりなす聖職者と生徒の至高の競演。その崇高かつ厳粛な世界をぶち壊す、膝に蹴り上げられた机の悲鳴と後退あとずさる椅子の呻き声。

 静まり返った教室で、教師の鋭い視線が突き刺さる。漏れ聞こえてくるクスクスといった笑い声。思春期の少年にとっては、教師の視線よりも気恥ずかしさの方が何万倍も痛いものだ。


 雑念を追い出すように、ぱたんっと本を閉じる。

 今は悠長に漫画を読んでいる場合でも、こっぱずかしい思い出に浸っている場合でもない。

 元の場所へと漫画を押し込んだ指が背表紙から離れた瞬間、ある閃きが頭をよぎった。


「あっ、アマガミ? ……そうだっ、これって【アマガミッ!】の世界じゃねーか。はははっ、ふざけろ……」

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