第40話 君にできることはなんだい?

 俺は今、山奥にいる。

 たぶん帝国領に程近い、空白の山岳地帯リシュオンあたりだろう。

 ミカエラに封じられた能力は戻らない。

 アリスが用意してくれた小屋で、無為な日々を送っている。

 ここからはよく、星空がみえる。



 能力ワールドマジックを失い、仲間を三人も失った。

 リリィ。

 フランツ。

 シャティア。

 元仲間……エマとヨランダを合わせれば五人だな。

 もう涙すら出ない。

 俺がいて、どうしてこんなことになる。

 何年生きてきたと思っている。

 今まで転生を繰り返し、知識を溜め、恵まれた能力をもって生まれるのはなんのためだったんだ。



 結局、戦争を止めるどころか身近な人すらこうして失う。

 こんな世の中じゃ、家族も幼馴染も友達もいなくなってしまう。

 両親は俺が赤子の時にすこし離れたすきに死んでしまい。

 それでやっと決意した勇者と魔王の話を誰かに利用され、今の俺は。


 エマとヨランダを犯し、この世のものと思えないほどの苦しみを与えて殺した魔王。

 憎むべき災厄、その忌み名はベルヌ。

 残虐非道な魔王、ベルヌ。


 なんだそれ。

 結局そうなるのかよ。

 俺はそんな魔王になりたかったのか?

 

 ……でも、間違ってないんじゃないか?

 直接手を下していないとはいえ、エマとヨランダが死んだのだって俺のせいなんじゃないか?

 俺に関わらなかったら彼女たちは死ななかったんじゃないか?


 なあ、どうしたら俺を許してくれる。

 俺は死んでもまた記憶を引き継いで生まれてしまうんだ。

 いつ許してもらえるんだ?


 誰か俺をこの世から完全に消し去ってくれよ。

 もう見たくない。

 聞きたくないんだ。

 誰も死んで欲しくないのに。

 俺のせいでみんなは死んだ。

 白状するよ。戦争を止めるのは自分のためだ。

 嫌なんだ。誰も置いていくな。

 だからお願いだから、誰か俺を助けてくれ。

 置いて行かないでくれ。俺を残して消えないでくれ。





「久しぶりだね、ベルヌ君」


 男の声がする。

 小屋の中でベッドに腰掛けていた俺は、いつのまにか人の気配がすることに気がついた。

 聞き覚えのある、気障な声。

 ホワイトプラムだかいう冒険者パーティのリーダー、アバンスか。

 この場所は誰にも言っていないし、並の冒険者には入ってくることすらできない魔境のはずだが?

 アバンスは黒いマントを翻し、俺の目の前に立って話を続ける。


「僕達はあれから努力して、金等級のパーティになったよ。今度白金等級の試験があるけど、それもクリアできると思う。僕のクラスはA+であまり上がってないけど、パーティメンバーは全体的にかなりクラスが向上したよ。だから、みんなの力に支えられてなんとかって所かな」


「……そうか」


 この男は何をしにきたんだ。

 自慢しにきたのか?

 こんな場所、特にいい素材の魔物などいないし、踏破したところで何の価値もない山ばかりだ。

 ギルドから金が出る依頼なんて無さそうだが。

 正直、ほっといて欲しい。

 

「君の名前が帝国、法国、共和国。三国中に触れわたってる。極悪非道な魔王だってね。君を捕まえたら、莫大な報奨金が出るらしいよ?」


「……そうか」


 なるほどな。

 俺を探しにきたのか。

 良かったな。今の俺は何の力もない、とりえもないただの人間だ。

 アバンス、君のほうが強いと思う。早く捕まえればいいよ。

 アバンスは両手を俺の肩に置いた。やっぱりな。俺を売るのか。

 いい稼ぎになるぞ。目の付け所がいい。

 

「君にできることはなんだい?」


「なんだと?」


「君は僕にあのとき、仕組みを見て帰ってくれと言ったね? だから僕たちは仕組みを見て帰った。とても悲しい、世界の闇のような仕組み。紫水晶。今、あの類の危険な代物をギルド連合がやっきになって駆除して回っている最中なんだ。それは君が教えてくれたからみんなに伝えることが出来たんだ」


「でも、あれは末端だ。本質は俺の近くにあって、そして俺はそれを見逃した」


「そう。僕たちは所詮末端さ。でも、君には本質が見えるはず。だから僕達は依頼を受けた。そして、何週間も何ヶ月もかけてここを探し当てたのさ」


 気障に笑ってみせるアバンスは手招きをして誰かを招き入れた。

 いつかの弓使い、テーナであった。

 茶色がかった髪がすこし伸び、背中ほどまで掛かっている。

 顔はあのころよりもずっと落ち着いた雰囲気が漂い、大人の魅力をもつ女性という感じであった。


「……これを持ってきたの」 


 俺を見てはにかんでみせるテーナ。

 テーナが差し出したのは、木箱に入った何かであった。

 蓋を開けて確認してみる。

 中身は高級な酒のようだが、手紙も入っていた。





 ――めちゃめちゃいい酒だから飲んどけ。お前は清掃員だろ? 悪い魔王じゃねえよ。





「ふっ……な、なんだよこれっ。うっぐっ。どこの馬鹿がこんなもん送ってくんだ。くそっ……」


「ギルドにひとつだけ不思議な依頼があったの。恩をうけたある男に酒を送りたいという、一人の守衛の依頼」


 テーナは優しく話しながら、俺の隣に腰掛ける。

 ベッドがテーナの体重で軽く沈む。

 俺は、二人がいるにも関わらず溢れる涙を止められなかった。

 耐えられなかった。もう、罵られるのも、魔王と呼ばれるのも。

 自分でそうしたのに、限界だった。

 でも、こんな俺をまだ人間扱いしてくれる人が残っていた。

 うれしかった。

 うれしいよ、みんな。


「ううっ……こんなものの、ために。お前ら、きたの、かよっ? こんなもののためだけにっ」


「うん。よしよし」


 頭を撫でられる。

 抑えていたものが爆発するように解放されていく。

 俺はテーナに抱かれ、背中をさすられていた。

 暖かく、切ない気持ちで一杯になる。


「お姉さんの前で泣いていいんだよ」


「おれはっ、そんなとしじゃっ……ううっ。ないのにっ。うっぐ」


「いつかのお返し。私にはこのくらいしかできないから」




 俺にできることはなんだろう。



 しばらく俺をなだめてくれたテーナとアバンスは、その依頼物だけ残して本当に帰っていった。

 俺を国に突き出せば何世代も遊んで暮らせる金が入るにも関わらず、彼らはそうしないで俺に託した。

 俺になにができるだろう。



 俺になにができるというのだろう。







「お待たせしましたベルヌ様」


 アリスが帰ってきた。

 いつも大きな荷物をその肩に背負い、歩いてやってくるのだ。

 俺の為に、俺だけのために。

 酒が置いてあるのを見て来客に気付き身構えていたが、ホワイトプラムの面々だと知り安心していた。

 だが、ここも人間がやってこれる世界だということだ。

 ミカエラとクロードもいずれ気付くだろう。


 ――ガラガラガラ……。


 言っている傍から、こんな辺鄙な場所に馬車がやってきた。

 小型で踏破性が高い、法国製のもの。

 馬車からは、見覚えのある男が降りてきた。

 

「この小屋にいるのですかねー。ちょっと顔を出してほしいのでせうー」


 法国枢機卿、マイアー=ウィンテル=バルザック。

 一番この場所には似合わない、拝金主義の官僚の姿がそこにはあった。

 アリスは小屋から飛び出し、マイアーを殺害しようとする。

 ミカエラやクロードに居場所を売ったのか?

 しかし、どうも様子がおかしいみたいだ。

 アリスは首根っこを掴むようにして、マイアーを小屋の中へと連れ込んできた。

 マイアーは床に投げ出されるも、パタパタと服の裾をはたき立ち上がった。


「お久しぶりですー。お元気そうですねー」


「そう見えるなら、お前の目はふしあなだな」


「よく言われますー。しかしまあこんな山奥に引き篭もりましたねー。探すのに苦労しましたよー。僕の財産だって限りがあるのですからー」


「用件は何だ?」


 俺はマイアーを睨みつける。

 こいつのせいで犠牲になった人間は数多い。

 今更、何の用事でここにやってきた。

 アリスの情けで生かされたのだから、黙ってのうのうと生き延びていればいいものを。


「ワインがですね」


「……」


「ワインが全然おいしくないんですー。あ、僕、ワイン大好きなんですけれど。ガリウス先生に紫水晶を渡したあの日から、全然おいしくないんですよ、ワイン」


「貴様が渡した結果だろう。ガリウスは紫水晶以前の問題で狂っていたが」


「……あれでも、昔はいい先生だったんですー。僕にとっては、厳しくていい先生だと思えたんですー。魔法の道の厳しさを教えてくれた。だから、魔法使いなんてやめて、僕は官僚になった。彼はずっと漆黒の魔法使いに憧れて、才能ないくせに憧れ続けて自分の寿命の短さに絶望してしまった。それを僕は利用したんですねー。一緒に研究の道を歩もうと誘われていたんですけど、ねー……」


「後悔しているのか?」


 マイアーはなんともいえない顔をした。

 

「いえー。僕は後悔していません。枢機卿は後悔しないキャラなのでー」


「なんだそれは」


「それより、今日は耳寄りな情報をもってきたのですー」


 マイアーは一転、真面目な顔つきへと変わる。

 その表情は枢機卿として法国の官僚社会を百戦錬磨してきた男のもの。

 ふざけた態度を封印して、本気で政敵を潰す場合の裏の顔。

 マイアーは情報を吐き出すように呟く。

 時間の許す限り、目の前の相手に託すように。


「書簡などの情報は失われていますが、口伝や噂をつなぎあわせることはできます。貴方様も気がついているとは思いますが、七人会議で一人異質なのはヨダという男。彼は一切の役職を持たぬ謎の存在として噂にはなっていました。なので、彼が使ったであろう馬車や宿、街道の目撃情報などと全て洗い出しました。残念ながら分かったのは帰る方向のみ。しかしそれで充分。その方向にいるヨダという男を全て洗い出し、勇者パーティに関連しているヨダを抽出したのです」


「……わかったのか、ミカエラやクロードがおかしくなった原因が?」


「ええ。ココ村のヨダ。勇者クロードの父とされていますが、実の父ではない。それどころか、勇者選抜の儀に絡んだ形跡や、紫水晶の出所が彼である可能性すらあります。あなたたち勇者パーティのうち、ベル、クロード、ミカエラは彼の実験に付き合わされた可能性大ですね」


「そこまで……調べたのか」


 リリィが送ってくれた魔蝶の髪の毛の意味が、今しっかり理解できた。

 危機を報せるだけなら、魔蝶だけを送ってもいいのだ。

 それだけで異常だと俺たちは気付く。

 あえてミカエラの髪と自らの血を送ったのは、ミカエラの変貌はもちろん、敵が近くにいるということを報せるため。

 俺は馬鹿だ。

 リリィとフランツの死に動揺して、考えがおろそかになっていた。

 敵はこんなにも近くにいたというのか。

 それも、幼いころから、俺に住処を提供してくれた、あの優しいヨダおじさん。

 許せない。

 騙していたのか。

 騙されていた自分も許せない。

 

 マイアーは息切れぎみに、最後にこう告げた。


「あと、紫水晶は絶望だけを吸ってるわけじゃないかもですー。うーむ、詳しくはもう資金切れでせう。ふう。伝えたー。伝えてしまったー」


「どういう意味だ?」


「ごめんなさい、これは僕の勘なのでせう。三人いて、クロードさんが絶望の力なら……うーん。他の人はなんでしょうねー。これ以上は本人確認が必要ですね。僕の財産はつきました」


「……ありがとう。助かる。敵が見えた」

 

 もやもやしていたものがはっきりした。

 こいつは敵だが、教えてくれた情報は確かだろう。そう感じた。

 俺が礼を告げると、マイアーは体の前で両手を振って否定する。


「いえいえいえ。感謝は受け取れません。僕は大勢、見殺しましたからねー。ふぅ、帰ります」


 マイアーは立ち上がり、ふと誰かが送ってくれたいい酒を見つけたようだ。

 マイアーは申し訳なさそうに俺にこう言ってくる。


「すみません。やっぱり感謝のしるしに、このいいお酒を一杯だけ、グラスに貰っていってもいいですか? 帰りに飲むのでー」


「ちっ……図々しい奴。いいだろう。ほら」


「アリスさんついでくださいー」


「じぶんでついで?」


「かなしすー可愛い娘のお酌が恋しいー」


 マイアーはグラスに酒を注ぎ、小屋から出ていった。

 馬車は慌しく出発する。

 そんなに急いでどこへ向かうのか、マイアーは振り返ることもなく出発していった。


「やっぱり美味しいですー。嗅ぎ回りすぎましたね。でも……最後のお酒はワインがよかったなー」









 再び静けさを取り戻す、俺とアリスだけの世界。


 まだ、俺にできることがあるはずだ。

 

 ベッドに座り、考え込む俺をアリスはじっと見つめてくれていた。

 触れば壊れてしまいそうなほど、儚く美しいアリス。

 俺たちはじっと見つめあっていた。

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