第37話 ここから先は通さない

 ――ミカエラはイライラを隠せないでいた。




 シャティアと呼ばれた大きな女、奴の持っているカラドボルグはミカエラにとって相性が悪かった。

 魔法の防御を突き抜けてダメージを与えてくるため、どうしても身体を粉砕されてしまう。

 【常時最大回復魔法オートリザレクション】があるため命には問題はないのだが、四肢が破損するたびいちいち動きを止められてしまう。

 これではベルくんに逃げられちゃう。


「ポチ!! あの赤い龍を追って。ベルくんが逃げちゃう!」


「……通行止めと言いましたぁ」


 ――ドガァ!!


 恐ろしいまでの身体能力。

 人間を超えている動き。

 青髪の女は、まるで

最大回復魔法リザレクション高速移動ムーブメント】を常時発動しているかの如きスピードで駆け寄り、横を抜けようとしたポチを殴り潰す。

 ミカエラは舌打ちする。

 これじゃ堂々巡りじゃない。

 ホントに役に立たないんだから、クロード勇者ポチ

 ミカエラは仕方がないのでポチを治す。それも時間効率の無駄だ。

 

「タマ! あなたならあの女をやれるでしょう? 早く食べちゃってよ。このままじゃベルくんに勘違いされたまま逃げられちゃう。私、ベルくんに嫌われちゃうよ」


「リョウカイシマシタッス」


 ヤツメウナギのような牙が配列された口と、岩を組み合わせたような身体。

 トカゲのように四つんばいになった元盾騎士、ヨランダ。

 間合いを測るようにしてシャティアに近づく。

 シャティアはヨランダの口に注視する。

 なぜなら、この化け物に先程致命傷を喰らったからだ。

 右腹の内臓に届くまでの裂傷。

 シャティアの身体能力で回避したにも関わらず、ヨランダの牙が掠っただけでこの威力。

 だが、シャティアは傷の痛みを感知していない。

 一点集中。

 不退転。

 ただただ、自分を中心とした線を引き、そこから後ろに誰も通さないという自分に架した約束を守る。

 ミカエラはヨランダの後ろから得意げに言い放つ。


「盾騎士(タマ)はとっても欲深いんです。孤児院も救いたい、自分も結婚したい。子供だってつくりたい……そのために他人なんてどうなってもいい女なんです。だから、弱いものがいじめられていたりしても彼女にとっては関係ないんです。平気でベルくんだって追い出すし、私のこともシカトです。強い者に腰を振る虚空盾パーフェクトビッチなんですよ。なので、愛の力で改造してあげました。彼女は常に渇いています。食べても食べても満たされないように、その下品なお口から敵を無限に吸い込めるようにしたんですよ」


「……あなたの、その発想が下品ですねぇ」


 シャティアはミカエラを鋭く睨みつけた。

 ミカエラは歯軋りをするように怒りを露にしている。


「は!? 強いあなたが言っていい言葉じゃないでしょう? 弱い人にとっては、こいつのようなパーフェクトビッチの能動的な行動でどれだけの損害が与えられるか知ってますか? こいつが毛筋ほどの優しさをもっていれば、優しいベルくんや私はあんな目に遭わなくてすんだのに!!」


「酷い目にあったのはわかります。でも、この方にこのようなことをしたら、あなたもパーフェクトビッチの仲間入りではぁ?」


「くくっ……冗談おもしろーい。殺せタマ!! カスすら残さず喰ってしまえ!!」


「――通さんと言ってるだろうがぁ!!!」



 ――気迫。

 シャティアから届く殺気を超えた殺気に、ミカエラは一瞬だけビクリと身を竦ませる。

 近づいたら危ないという単純な生物的危機感がシャティアから放たれている。

 ミカエラは心がすりつぶされる思いだった。

 こうしている間にも、龍に攫われたベルくんの匂いは遠ざかっているのだ。


「リョウカイシマシタッス」


 ミカエラの指示を受け、ヨランダは四つんばいのまま、シャティアへと距離を詰めてくる。

 カラドボルグの効果範囲を考えていない、がむしゃらなもの。

 所詮は改造されてしまった者、考え無しか。

 シャティアはヨランダに対し豪腕を振るう。

 筋肉が収縮し、解放され……カラドボルグの一蹴は森を大きく震わせた。


 ――ガオン!!


「……グッ、キカナイッス」


 ヨランダの言葉はまことであった。

 通常なら生物として原型を留めておけないほどの衝撃、威力を誇る巨神族ゴーラムの打撃に、カラドボルグの効果が上乗せされたもの。

 森の木々を弾丸のようにして破壊しただけで、ヨランダの身体はダメージを受けていないように思えた。

 この異常なまでの防御力で、先程腹に喰らいついてきたのか。

 シャティアは油断なくカラドボルグを構え直す。

 ミカエラは嬉しそうに微笑み、その様子をあざ嗤う。


「タマは面の皮が厚いですからねぇ。その胸でベルくんを誘惑しようとしたこともあったな。私を差し置いて自分だけいい思いをしようとした罰に、全身の皮膚を何重にも硬化させてガードの固い女にしてあげました。これなら、股を開きたくても開けないもんね、タマ?」


「ハイ。ウレシイッス」


「もっと感謝してよ。希少合成金属オリハルコンの装甲よりも堅い女にしてあげたんだからさ?」


「ハイ。トテモウレシイッス」


 目の前で繰り広げられる狂気の会話にも、シャティアはさほど意識を払ってはいなかった。

 シャティアは神との戦闘兵器と呼ばれた自分の種族としての本能が洗練されつつあることを自覚しつつ、そんな時でもやっぱり彼のことは頭を離れないんだなと心の中で苦笑いしてもみる。

 じいちゃんの仇だった男のひと。

 ……ベルヌ様。

 

 ずっと、大好ころすきでした。ベルヌ様。

 


 ――ザグッ。



 回転しながら突っ込んできたヨランダを地面に叩きつける。

 しかしシャティアは左腕を噛まれ、肘から下をまるごと失ってしまう。

 それを見たミカエラは嬉しそうに微笑んだ。

 ――これで勝負あったね。

 だが、シャティアは懐に入り込んでいたヨランダをゼロ距離から何度もカラドボルグで叩きつける。

 残った右腕で何度も、何度も。


「グ、グ、ガッ……イ、イタクナイッス!」

 

「あははは、馬鹿みたい。そんなの効かないし痛くもないのに、無駄なのに愚か」


 ミカエラは馬鹿にしたように笑っている。

 やがて残った右腕に食いつかれる。

 メキメキと嫌な音をたて、シャティアの最後の腕は強引にもぎ取られた。

 カラドボルグが血しぶきと共に宙を舞い、地面へとどすりと落ちる。

 ミカエラは飛び跳ねるように喜びを露にしていた。


「やっと倒せた!! もう大人しく死んで? ベルくんを追うんだから!」


 ――シャティアは安心していた。


 約束した指、まだ残っている。

 私はまだ、彼との約束を守る。


 食いちぎられた右腕は、しっかりとカラドボルグを掴んだまま離さなかった。

 シャティアは口を大きくあけ、落ちてしまった右腕をそのまま咥える。

 腕と共に持ち上げられたカラドボルグは、しっかりと固定されている。

 約束を守るように、右腕はカラドボルグを離さない。

 歯を食いしばり、腕ごとカラドボルグを持ち上げる。

 もう、雨はやんでいた。


「悪あがきはやめてよ。無駄無駄。もう私の【最大回復魔法リザレクション】を避けられるほどのスピードないでしょ?」


「…………――――!!」


「ひっ……!?」


 今が一番強い。

 シャティアの鋭い壮絶な覚悟の視線の威力に、ミカエラが怯えた声をあげた。


 ――ドガァッツ!!


 シャティアはそのまま、口で咥えたカラドボルグをヨランダに対し叩きつける。

 約束の小指を視界に入れ、何の迷いもなく、ありえないほど硬い装甲をもつヨランダに対し。

 ただひたすら一点に何度も叩き込まれる思いの一撃に、ヨランダに変化が訪れる。


「ガハァッツ!? イタイ、イタイ……ッス」


(人を傷つけ痛みを感じない人間などいるものか)


「グウウ、イタイ、イタイ。ワタシ、コドモ、タチ……タスケ」


(守るものがあるなら、人はどこまでも醜くなれる。ならば私は、ならば彼は)


 ――バギャッ!!

 金剛石よりも硬いかに思われたヨランダの皮膚が、カラドボルグにより貫かれた。

 そのまま回転を始める巨神の宝物の威力により、ヨランダの身体はズタズタに引き裂かれる。

 一歩も後退せず、一寸も退かず押し込んだシャティアはヨランダの命が完全に停止するまで回転を続けさせた。

 身を捩ればもしかしたら悪あがきはできたかもしれない。

 ……ヨランダだったモノはそれをしなかった。

 彼女はカラドボルグを受け入れ、粉々に破壊されていった。


 ……カサカサと砂になったヨランダは土に戻っていった。



「あぁぁぁあああぁあもう!! やだやだやだやだぁ! ベルくんが行っちゃうよぉ。タマも死んじゃうしホント役に立たない奴。ポチも死ね! しねしねしねっ!! どいてよぉ。お願いだから!」


「…………――――!」 


 シャティアはミカエラをじっと睨みつけ、カラドボルグを口に咥えて威圧していた。

 仁王のように立ち続け、迂回すら許さず釘付けを続けている。


 ミカエラはどうしても近づくことができず、その場で地団駄を踏む。

 もうベルくんの匂いがわかんなくなっちゃったよ!

 ミカエラは悲壮な面持ちで、涙を流し、叫び、頭を抱えて取り乱した。

 青い髪の女は両手を失ったにも関わらず、今が一番強いみたいな雰囲気をかもしだしてくる。

 さらさらと長い髪を風に靡かせて、まるで母性と達成感にみちあふれたような顔をしやがって!!

 本当に邪魔ばかりしてきてやだぁ!!

 もうちょっとだったのに。

 もうちょっとだったのにぃ。


「ん?」


 ふと、ミカエラはポチの位置がおかしいことに気がつく。

 そんな場所にいたら、その青女になぐられてミンチになっちゃうよ?


「…………――――」




「はぁ。この女、死んでるじゃん……」


 シャティアはミカエラに殺気を放ちながら、その命の役目を終えていた。

 瞳の中には、ずっと思い焦がれた男の姿が焼きついている。

 だからだろうか。

 優しさとだいが混在したような、安らかな表情でシャティアは事切れていた。 

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