第34話 邂逅
集合場所の大きな木の下で俺たちはリリィとフランツを待つ。
集合時間を過ぎても、リリィとフランツは現れなかった。
マイアーからはあらかた必要な情報を聞き終え、その身をどうするか合流してから話し合うことにした。
俺としてはすぐに殺してもいいとは思うが……。
マイアーは【ワールドマジック】で脳内の情報を揺さぶってみると(というかその前から話していたが)【七人会議】というワードを口にした。
メンバーの名前は世界に幅を利かせる有名どころばかりで、改めて調べる必要もないくらいだ。
だが、一人だけ馴染みのないような名前を口にしていた。
――ヨダ。
めずらしくもない、貴族や王族、騎士団の大物にもいそうな名前ではあるが。
なんだか気になるな。
マイアーはそいつの顔すら知らないらしい。七人会議には不在である場合が多かったらしいのだ。
泣きながら命乞いするマイアーはもうこれ以上情報を知らないらしい。
能力を使われて嘘はつけないだろうから本当だろうな。
愚かな男だ。ガリウスは貴様の渡した紫水晶で狂ったんだぞ?
危険なものに手を染めやがって。
その涙は死んだ犠牲者のために使うべきだったな。
今も各地で狂った魔物が人を襲っている。
それにお前がダンダリオスに来なかったら、猪の魔物は狂わずにすんだ。
当の貴様は酒を飲んで傍観者気取りか?
「全部話したんだよねー。か、帰らせてほしいんだなー?」
「五月蝿い。黙って座っていろ」
いちいち癪に触る男だが、早く殺しても死んだ者は誰も戻らん。
ホムンクルスであるフランツあたりに機械龍のくだりを聞かせたら、本気でこの男を憎んでしまいそうだから扱いに困る。
……遅いな、リリィとフランツ。
「ベルヌ様、どうされたのですか?」
「ん? どうしたアリス? 俺がどうかしたのか?」
「……泣いておられます」
「え!? なんでだ? 本当だな、涙が勝手に流れている。ああ、違う、雨だ。雨が降ってきているよアリス。木の下に入ろう。ほら、シャティアも一緒に……」
なんだろう。
俺の目から、涙がふたすじ流れていた。
おかしいな。
雨が降り始めたけど、そんなに濡れてなかったのに。
シャティアも呼んだが、俺達がいる木の根元にはやってこなかった。
じっと空の様子を伺っている。
どうしたんだろう、シャティア。
「……リリィの魔蝶ですぅ」
シャティアが見ている先に蝶が飛んでいた。
ふらふらと彷徨うようにして飛んでいるのは、リリィがよく使っていた魔蝶と呼ばれる眷族だ。
ここで集まるのに、なぜわざわざ魔蝶を使う?
リリィの不可解な行動に首をかしげつつも、シャティアが捕まえてきた魔蝶を俺は受け取る。
驚くほど弱弱しく、今にも死んでしまいそうなほどボロボロだ。
どうした? いったい何があった?
魔蝶は言葉を解せないので、それが運んできたものを受け取る。
「なんだろう、これ」
魔蝶が持っていたのは、金色の美しい髪の毛の束であった。
金色の髪の毛は途中からおぞましいほどの血で染まり、血糊でくっつくようにして絡まっている。
これは……。
「リリィ……のじゃないな」
リリィの髪はもっと薄い金色だ。
このしっとりとした艶のある金色の髪、忘れもしない光の旋律は。
「ミカ……エラ?」
どういうこと?
どういうことなんだ?
魔蝶は、その髪を渡すと同時に死んでしまった。
眷属が死ぬなどただ事ではない。
呼び出したリリィの身になにかあったのか?
でもこの髪はミカエラのものだ。
しかも血で染まっている。
理解に苦しむ。
意味がわからない。
どうしてリリィからミカエラの髪が送られてきた?
すると、その髪を調べたアリスは凍りついたような顔で、こんなことを言った。
「この血に残る魔素はリリィのものです。シャティア。気をつけて」
「……わかりましたぁ。リリィありがとう。……アリス、ベルヌ様を」
「わかりました。ベルヌ様、私の後ろに」
「ちょっと……待ってくれ」
どうしたんだお前ら。
なんでいきなりそんな険しい顔をして、俺を下がらせようとする?
今からリリィとフランツがやってくるんだぞ。
久しぶりに会えるんだぞ?
七人会議の情報を掴んだし、リリィとフランツも何かいい情報をつかめたかもしれない。
俺達はこれからクロードを止めるため、紫水晶の拡散を止めるためにまたメメントに戻ろう。
ギルドの奴らだって俺達の話を聞いてくれるさ。
魔物の活性化だって問題になってきたし、俺達が動かないと人間の犠牲が増える。
みんないっしょに、これからいっしょに、
「ベルヌ様!! リリィとフランツはきません」
「え……」
「リリィとフランツは……きません」
「アリス……泣いているのか?」
なんだよ。
アリス、そんなに簡単に泣く女じゃないだろ?
なんでそんなはち切れそうなほど苦しい顔して泣いてるんだよ。
泣いたら人間に利用されてしまうから、泣くのやめてしまったお前が。
そんなに何度も簡単に泣いたらダメだろ?
大丈夫だ、泣くようなことは俺が全部どうにかしてやる。
どうにかしてやる……。
だから、
「ベルヌ様……泣かないで」
「は……なんで、俺、泣いてなんか」
「来ます」
雨の降る森の中を縫うように、人影がやってくるのが見えた。
それは俺をかつてパーティから追い出し、ミカエラを奪った張本人。
――クロード。
白髪の美男子は、雨に濡れながら腰に黄金の聖剣を差し、俺達の方へと向かってくる。
自信たっぷりの表情は相変わらずで、他にも人影が二人あるようだ。
ミカエラがいる。
変わってない。綺麗だ、まるで天使のようだ。
だけど、辛そうに足を引き摺っている。どうしたんだろう?
クロードの他二人の影はミカエラとヨランダだった。
どうした、エマの姿が見えないが。
ミカエラとヨランダは、鎖のようなものでクロードに首輪を繋がれている。
二人の姿はボロボロで、まるで奴隷のようであった。
俺は頭が真っ白になりかけた。
いったい何をしてるんだクロード?
お前、ミカエラと結婚すると言っていたじゃないか?
結婚する相手にどうして鎖を繋いでいる。
どうして、そんな裸足で歩かせているんだ?
「ベルくん……たすけて」
「ミカエラっ!!」
「やあ、ベル。久しぶりだね」
「クロードぉぉぉおお!!! お前、二人に何をした! エマはどうしたんだ!」
「いきなりだね。まあ、エマは名誉の戦死を遂げたというところかな」
「……なんだと。お前、本気で言っているのか?」
名誉の戦死だと?
パーティメンバーの死に対して、クロードはヘラヘラ笑いながらそう言った。
エマは死んでしまったのか?
あんなに強かったのにか?
すこし見ない間に、お前らに何があったんだ?
クロードはミカエラとヨランダを鎖で強引に手繰り寄せながら、俺に向かって歩いてくる。
「まあ、君の仲間と戦った上での、名誉の戦死さ。喜んでくれたまえよ。君達の仲間は剣聖エマと相打ち。伝説になれる偉業だよ。エマの葬式は盛大にとりおこなおう」
「なに…………いってんだ?」
クロードの言葉を理解できなかった。
あいうち?
頭が真っ白になった。
俺は、敵を前にして完全に意識がとんだ。
大事だった。
それほど大事に考えていた。
決して死なないように。
そう言い聞かせていた。
何故なら、俺と一緒の時間を過ごせるものはそう多くない。
リリィ
フランツ
彼らは長い長いときを一緒に過ごした、俺の一部だ。
俺の一部が消えた……のか?
「お前、お前……くろぉぉおどぉおぉぉ!!!」
「ははは。ほら、証拠さ。討ち取った証拠に帝国へ持っていけばさらし首だ」
そう言ってクロードが投げてよこしたのは、二つのモノだった。
地面にゴロリと転がる。
俺はそのモノを認識できなかった。
身体が拒否していた。
認識したら、俺はもう耐えられない。
「うっ……ウォェ」
「駄目じゃないかベル。仲間の顔を見て、もどすなんて可哀想だろ? 優しい僕が最後に君に会わせてあげようと思ってね。いやー泣いたな。エルフの娘。たすけてーベル。いたいよーたすけてー。ころさないでー」
「うぁぁああああぁぁあああ……」
「男の方もね、頑張ったよ。君のために死ぬってさ。無駄だったけどね」
「うぅうぅぅ……クロード。許さないからな。必ず許さない」
俺は不敵な笑みを漏らすクロードを睨みつける。
どうして……ここまでするんだ。
胃が引きつり、呼吸すらままならない。
だが、俺の【能力】はいつでも発動可能だ。
今すぐに目の前のこの男を、裏切りの幼馴染を能力で葬ってやる。
クロードはミカエラを鎖をたぐりよせて引き寄せ、頬をねっとりと舐める。
クロードに頬を舐め回されたミカエラは「いやぁ……たすけてベルくん」と言って涙をこぼした。
「なあベル。ミカエラって純情でさぁ。ずっとベルのことだけを呼んでてイライラするんだよ。だから、君の目の前でこうしてやるのが一番すっきりするよなぁ」
「ミカエラ!! 今助ける……本当に、クロード。お前を殺す」
俺は接近し【ワールドマジック】を使いクロードを攻撃しようとした。
その瞬間。
――ドガアァッ!!
ミカエラが吹っ飛んだ。
クロードの隣にいたミカエラをシャティアが【
ミカエラの華奢な身体は宙を舞い、肉片を飛び散らせながら森の中へと突っ込んでいった。
俺は愕然とし、シャティアの顔を見る。
シャティアは険しい顔で、ミカエラが吹っ飛んだ先を睨みつけていた。
「なに……やって……シャティア?」
「危なかった。ベルヌ様。リリィとフランツを殺したのは、ミカエラです」
「え……?」
「何かしようとしていました。あの女から、むせ返るほどのリリィの血の匂いがします。アリスの魔素探知にも引っかかっているはずです」
俺はそのとき、リリィの魔蝶がミカエラの髪を運んできた意味を考えていた。
全てがつながったような気がした俺は、改めて心が軋みの音をあげた気がした。
俺の身体から、ぶちぶちとむしられていくような。
悲鳴をあげたかどうか、自分ではわからなかった。
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