偽嘘の奏でるセレナーデ
第33話 夢見る巨人
「やっと向かえにきたのかいー。えっ!? ええっ!?!? 君達が先に来ちゃうのかい?」
マイアーはダンダリオスの実習エリア北側の塔に隠れていた。
おかっぱ頭の痩せている男。似合わない貫頭衣など着てどう考えても学校関係者ではない。
物見気取りでアリスの紅蓮龍と機械龍の戦いを見物していたらしいが、あてが外れたらしい。
仲間の迎えというものを得られず、俺達によって引っ張り出された。
間抜けにも程がある。
ワインが残っているだの面白いことを言う奴だったが、こいつがガリウスに紫水晶を渡したのは間違いない。
俺達はそろそろ学校からはおさらばしないと、騒ぎが広がってまずいところだった。
ワールドマジックを使い色々と吐かせるため、塔内部より連れ出しリリィとフランツと決めた合流場所へと向かう。
ガリウスはこいつが関わらずともクズには違いなかったが、なんとなく腹が立ったのでマイアーをボコボコに殴っておいた。
「か、金ならあるんだよー。女がいいかい? 僕が手配してあげるよー」など意味不明な事を言ってくる。
もう一度殴っておく。
小型の紫水晶の出所さえ吐いてくれればそれでいい。とんでもないモノだ。
人を狂わせ、魔物を狂わせる代物をばら撒く自覚さえなさそうなその男は、俺に襟首を掴まれながらまだ自分の命が助かると考えているらしかった。
●●●
ダンダリオスから離れ、雑木林の中。
とある大木の元、リリィ達との合流場所へと到着し。
マイアーの相手をしているベルヌを護衛しながら、シャティアは大木に寄り掛かっている。
どうやら、雨が、降ってきたですね。今夜は月が見えそうにありません。
――月が出ていた。
ダンダリオス潜入前夜、シャティアはじっと濡れたように輝く月を見上げていた。
青く長い髪は黒く闇に照らされ、夜の風に流される。
どうやら猪の魔物が出没したらしい。あの程度なら、自分ひとりでなんとでもなる。
襲われそうな守衛の人達を助けるために、きっと背後で眠っている男は起き上がるだろう。
魔王を名乗る不思議な人間。
ベルヌ様……。
夢を見たのは久しぶりだ。
猪の魔物が出て起こされるまで、珍しく夢をみていたのだ。
シャティアの瞳は過去の虚空を彷徨う。
「どうしてじいちゃんはニンゲンをころすのぉ?」
シャティアには家族がたった一人だけいた。
山奥のさらに奥。そう表現するのがピッタリなほどの秘境で、悠久の時をたった二人で暮らす。
祖父にあたる人物――グルードという男がたったひとり。
シャティアの両親は龍との戦いで共に死んでしまい、一族の残りはあと二人だけ。
シャティアと、グルード。
神との戦争のために生まれたとされる
「……かわいいのうシャティア」
グルードじいちゃんはどうしてニンゲンを殺すのか答えてくれなかった。
でっかい手で頭を撫でてくれるだけで、あとは黙って月を見上げているか、狩りをして魔物を取ってきてくれるか。
たまに竜種といってドラゴンに近い魔物をとってくることもあった。
じいちゃんはそれらを料理してくれ、シャティアにおいしいものを一杯食べさせてくれた。
「じいちゃん凄すぎぃ! おいしいよ!」
「そうか。そうかぁ。シャティアはちんまいから、沢山食べるんだよぉ」
「ありがとう!!」
「ええよ、ええよ」
シャティアはグルードじいちゃんと一緒に暮らせるだけで幸せだった。
山奥だから人間は誰もこないし、シャティアも大きくなったら魔物をとっておじいちゃんの役に立ちたい。
だが、シャティアはいつまで経っても大きくならなかった。
「シャティアは、特別なんじゃよ……」
「どうして? お父さんとお母さんももっと大きかったのに!!」
「ほら、食べ。もっと食べれば、育つじゃて」
「嘘ばっかり! だって、私ぃ……」
シャティアは小さかった。
グルードや死んだ両親は山のような巨体……巨神族の名を欲しいままにする強靭な身体をもつにも関わらず、シャティアは人間のすこし大きな女程度。
明らかに異常だった。
巨神族の突然変異体。
いつまで経っても大きくならない。
まるでニンゲンみたい。
「わたしって、なんなんだろう……ニンゲンでもないし、巨神族でもないみたぃ」
やがて塞ぎこむようになったシャティアは、住みかである洞窟から出なくなった。
どうせ出たところで、仲間なんていない。
じいちゃんは相変わらず、外に出てはニンゲンを殺して回っている様子だった。
「もう、人間を殺すのをやめてくれ」
ある日、一人の人間が洞窟の前までやって来た。
普通の人間なんて絶対にこれないような場所だってじいちゃんは言ってたから、凄く驚いていた。
黒いマントを羽織った人間は私の姿にそっくりだった。私が人間にそっくりなんだろうか?
じいちゃんは人間に対して、「無理じゃな。貴様らニンゲンのせいでわしらは
でも、何故だかとても嬉しそうだった。あんなじいちゃんは初めてみた。
その夜、じいちゃんはやめていた酒を引っ張り出して、たくさん呑んだ。
じいちゃんは私にこう言った。
「あとはあの男に頼んだ……ごめんなぁ、シャティア。かわいいのう」
「じいちゃん」
「じいちゃん、ニンゲンを殺した。わしらは巨神族。ニンゲンなんてちいさきもの。じゃが、ニンゲンからすればそれは大罪。……わしはああいう男と闘いたくて、生まれてきたんじゃよ……」
「……悪くない人を殺したの?」
「そうじゃ」
じいちゃんはよくわからない顔をしていた。
私もよくわからなかった。
私にはじいちゃんが一体、何をしたいのかよくわからなかった。
だけど、闘わなければ生きてはいけない。
闘わなければ生きても仕方ないといった意志は感じた。
「シャティア。思ったように生きろぉ」
私が理解できたのは、じいちゃんとあの男が命を懸けて戦うということだけだった。
――満月の夜。
じいちゃんは狩りでも使ったことのない、宝物だと言っていた棍棒を取り出してきてじっとニンゲンを待っていた。
黒いマントのニンゲンは、時間通りにやってきた。
戦いは長引いた。
じいちゃんは私が見た事のない迫力、形相でニンゲンに飛びかかっていった。
じいちゃんの力は空気を震えさせ、森を破壊し、地形を変えた。
怖くなった私は尻餅をついて、涙を流してしまった。
まさかじいちゃん、ニンゲンなんかに負けないよね?
一族の宝物と言った【カラドボルグ】は、ニンゲンをもう少しで叩き潰せるかに思えた。
だけどじいちゃんは負けた。
じいちゃんは最後まで笑っていた。
ニンゲンにやられて傷だらけになったのに、不思議なくらい垢抜けた笑顔で地面に倒れこんだ。
むしろ、嬉しそうな顔で。
私のじいちゃんが、いなくなってしまった。
たったひとりのじいちゃん。
「じいちゃん、じいちゃん。うぁああああああ!!! ころす。ころす。ニンゲンころす。私のじいちゃんが死んだ……ころしてやる」
「すまない。俺がやった。俺だけを殺してくれ」
憎いニンゲン。
黒いマントのニンゲンは、じいちゃんを殺したくせにすぐに私に頭を下げてきた。
いつでも自分を殺していいと伝えてきた。
私はそのニンゲンの首を絞めた。
私の力なら、いつでもニンゲンの首をへし折れるけど、あえて力を弱めて苦しめてやる。
沢山苦しめばいい。
私は首を絞めているニンゲンの顔を見てみる。
――泣いていた。
苦しくて泣いているんじゃなくて、もっと別の感情で泣いていた。
おまえもじいちゃんが死んで、悲しいのか?
なぜだ!!
じいちゃんが死んで悲しいのは私だけのはずだ!!
思わず首を絞める力を弱めてしまった。
「いつでもいい。気が済むまでやってくれていい。その代わり、他の人間には手を出さないと約束してくれ」
「いつでもいいのか?」
「ああ。約束だ」
「な、なにをするぅ!?」
指きりをさせられた。
腹が立つ。
どうして指きりなんてことを私がしてしまったのだろう?
ゆびきりはじめてした。
ゆびきりってこうするのか……なんか、くすぐったい。
違うぞ!!
この男を殺さなければ。
私は、殺すためについていき山を降りる決心をした。
街にはニンゲンがいっぱいいた。
私の姿はやっぱりおかしい。
じいちゃんや両親より、人間たちのほうがよっぽど似ている。
でもここじゃ大きいから、注目されて嫌だった。
山から下りて最初に勉強したのは、料理だ。
ニンゲンであるあの男が気に入りそうな、おいしそうなやつ。
もちろん作戦だ。
あの男においしいものを沢山たべさせ、いい気分にさせる。
そうして一番幸せになったところを殺すのだ。
「シャティア……これ」
「どうした。殺そうとしているわたしのつくったものは食べられないかぁ?」
「めちゃめちゃ美味い! ちょっと驚いたよ。お店でも食べたことないぐらい美味しいかも」
「ふえっ!? ぬえっ!? ほ、ほんとですかぁ? あんまり自信なかったんですけどぉ……」
「自信を持って。これまで色々食べてきたけど、これほどのものはなかなかないよ。きっと、あの山のおいしい食材を食べて育ってきたから味付けが繊細なのかな?」
「ほ、褒めても殺しますぅ」
なんだかわからないけど、胸のあたりがドキドキする。
じいちゃんに教えてもらった味付けを褒められると、心が暖かくなった。
じいちゃんを殺した奴なのに不思議だ。
私はそうやって、その男の殺し方を研究していった。
■
「シャティア、料理を教えてくれないかしら」
可愛らしい声で私に尋ねてくるのは、四天王の仲間であるアリス。
猫獣人の姿をしているけど、いつもは白いローブで姿を隠している不思議で神秘的な雰囲気を漂わせる娘だ。
料理を教えてほしい、か。
困りましたぁ。
「アリスちゃん味も匂いもわかんないじゃん。どーやってつくるつもり……」
「黙れ腐れち●ぽ!!」
「ぐえっ!?!?」
リリィ、グッジョブです。
フランツはあまりにもデリカシーのないことを口走ろうとしていました。
悪気はないでしょうが、お馬鹿です。
アリスのベルヌ様のために何かをつくってあげたいという気持ち、無駄には出来ません。
すこし大変でしょうが、やってみましょうか。
「アリス、煮込むだけの料理なら出来るのではぁ?」
「煮込む?」
「そうですぅ。ポトフなら、そんなに味に変化ないと思いますしぃ」
「……それなら簡単にできそうね。やってみるわ」
野菜を切って、お肉を切って。
少量の油で軽くいためてあげます。
そしてお塩を少々。
香りのする葉っぱを入れればなおよし。
殺すという愛情を込めて煮込んで煮込んで出来上がりです。
「できたわ」
「えぇーと。何か入れました?」
「言われた通りにやったわ。すこし魔法で行程を短縮したから、かなりの出来になったはずよ」
「へ、へぇー。さすがアリスですねぇ……」
スライムができますかぁ。
お手上げです。
でも、アリスはきっと本気でベルヌ様のことを想ってつくったんだとこの鍋から伝わります。
全部食べたらさすがのベルヌ様も死んじゃうので、まずはフランツに味見してもらいましょう。
「ちょま……シャティアちゃん、んーーっ!? お星様が……みえる」
「鬼なのじゃ……」
「フランツ、おいしい?」
「アリスちゃん……うま、いよ」
大丈夫ですね。
私より先にアリスがベルヌ様を殺してしまってはいけないので、フランツに半分食べてもらいました。
きっと、気持ちは伝わりますよアリス。
嬉しそうに微笑んでいるアリスは、まるで昔の自分みたい。
もっと沢山教えてあげるから、今度はしっかり手順を守ってつくろうね。
――不思議な夢だった。
日にたてつづけに二つも夢を見るとは、眠りの浅いシャティアにとっては珍しいことであった。
月を眺めていると、じいちゃんの顔を思い出す。
ごつごつした、自分とは全然似ていなかったけどすごく優しかったじいちゃん。
ニンゲンをたくさん殺したじいちゃん。
猪の魔物に気がつき、男が起き出してくる。
シャティアは【カラドボルグ】を肩に担ぎ、その男の指示をじっと待つ。
殺すはずだったその男に、私は付き従っている。
――シャティア。思ったように生きろぉ。
私は思ったように生きるよ。じいちゃん。
「――俺が行く」
人間は人間を助けるために飛び出していった。
でも、人間じゃなくても彼はたすけてくれるだろう。
私はいったい自分が何なのかわからないけど、ついていくよ。
殺すまでついていくよ。あなたにいつまでも。
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