第30話 雨が降ってきた
大男と幼女の話は続く。
曇天の空模様は、やや雲の流れが速くなっていた。
亜鉛をとかして流し込んだような一面の灰色。
ひと雨きそうな気配がしていた。
「シャティアはそう考えるともっと単純じゃな!」
「だな! シャティアちゃんはベルヌ様を殺すためについてきてんだから、めちゃ単純! って……んなわけねえ!!」
「まあ、シャティアが出会いとしては一番特殊かもしれんが、あやつはもう……前とは違うのじゃ」
「そーだろうな。ツンデレってやつ? つーかツンがなくなってデレデレってやつ? ありゃすっかりいい女房だぜ」
「コロデレともいうのじゃ」
「コロデレってなんすかリリィちゃん!?!?」
「殺すけどデレますという奴じゃ」
「怖すぎるでしょ!? 惚れさせるのも命がけ!? でも、ベルヌ様は殺してもおぎゃ転するから意味ないからなぁ。それにシャティアちゃんも、人間を殺していた同族をベルヌ様に殺されたの、今じゃ許してそうだけどなぁ。やっぱ、やりすぎだったからなぁ」
「おぎゃ転って言い方、なんかいやじゃ! しかし、そんなのシャティアのベルヌ様に対する態度をみればわかるのじゃ」
ぺちぺちとフランツの頭を叩き、上機嫌のリリィ。
フランツもここにはいない仲間を思い、思わず顔から笑みがこぼれる。
複雑な事情を持った皆だが、上手にやっていけているのはベルヌ様のおかげだ。
人間ではない彼らが唯一心許せる人間。
その彼が魔王をやるというのは滑稽だけど、やるというなら自分たちが四天王として支えていこう。
人間に罵られる役を自ら引き受け、それで平和を作れるというなら、彼の役に立ってみせよう。
リリィとフランツの意思は
きっと他の二人も同じ、酒場のときも、その前からもずっと変わらない。
すべては
ポタリ、とリリィの小さな手に、感触があった。
リリィは何の気なしに口に出そうとする。
――フランツ、雨が降ってきたのじゃ……
「――――やたっ。雨が降ってきた
白いローブの女の子、みぃ~つけた♡」
は!?
フランツが最初に感じたのは、肩の軽さ。
とてもとても軽く、リリィを肩車していた自らの肩にあったはずの、女の子の重さの消失。
次に感じる、肩の肉ごとそぎ落とされたために機能を停止しようとする自分の身体の、重さ。
フランツは考える。
刹那の間に、リリィの安否を思案する。
なんだ、どうした!? なんの攻撃を受けた?
リリィちゃん……どこへいった!?
――ドガアァアッ!!!
森に穴が開く。
強引に太陽がそこを通り抜けでもしたかのように、ちりちりと炎で焼かれた木々はくりぬかれた物体にあわせ丸く削り取られ、湿った煙をあげていた。
もしや、リリィはこの巨大な爆撃魔法の跡のような惨状の先まで吹き飛ばされてしまったのか?
フランツは声のした方を振り向いた。
「あれあれあれっ? 以前、殺した方ですよね。生きてるんですか? 四天王の【疾風】様ですよね。ご無沙汰しております」
女が立っていた。
女が笑っていた。
女が悲しんでいた。
女が怒っていた。
女?
フランツは目を疑う。
いつぞや見た勇者パーティの、聖女に選ばれた可愛らしい少女。
普通の人間だったはずの、ベルヌ様の婚約者だった娘。
ミカエラ。
ベルヌ様を裏切り、紫水晶の勇者に加担したくだらぬ人間のひとり。
金色の美しい髪、静かな海のように透き通る碧眼。整った天使のような微笑。
白を基調とした修道服からは、所々から光が溢れまるで彼女自身が輝いているようではないか。
だが違う。
あれは人間ではない。
フランツにはわかった。
――化け物だ。
化け物?
化け物とは俺達のことを言う。
フラスコの中でつくられた俺や、悲しい運命を背負う吸血鬼とエルフの合いの子。
あれは断じて化け物ではない、もっと違うなにかだ。
なんだあの神秘的な神々しさは。
完成品で完璧だとでもいうような歪みのなさ。
不気味を通り越し、美しく変化してしまったかのような……。
勇者パーティはどうしたんだ?
クロードはどうしてしまったというのだろう?
「めいちゅうです。
【
「てめえ……リリィちゃんに何をしやがった……」
「りりぃ? ああ、白いローブの女の子ですか。ふふ、思わずポチを投げてぶつけちゃいましたが、生きていますかね?」
「くそっ……こっちがきいてんだよ!」
うれしそうに微笑みを浮かべるミカエラ。
まるで天女がそこに降臨しているかのようであった。
ミカエラの他に、盾騎士と剣聖が隣にいた。
――だったものが、そこにはいた。
様子がおかしい。はっきり言って異常だ。
一人はごつごつした岩のような皮膚に変化し四つんばいになり荒く呼吸し、もう一人はすらりと静かに立ってはいるものの両腕がなく口枷と目隠しをする。
どちらも首輪を嵌められ、ジャラジャラと鎖で繋がれている。
どうしてこんな酷い、身体を改造されたのか!?
人間からかけ離れた、明らかに異常な骨格、体躯をしているのだが、どうしてかそれで完成された美しさをもつ生物のような自信に満ち溢れている。
危険な相手に違いない。
紫水晶の聖剣持ち……クロードがやべえって話はどうした?
フランツは頭がこんがらがりそうであった。
クロードよりも、本質的に、本能的に危険な相手はこいつらだ。
自分の中にいる命たちは全力で警鐘を鳴らしている。
こいつらは命を凌駕し、冒涜してると言っている。
「ごはっ」
フランツは膝をついた。
ブシュブシュと背中に開いた傷から血が噴き出す。
やられて……いただと!?
残機――99。フラスコの中を出たときから命は温存している。
ベルヌ様にいいきかされ、命を大事にすることを教わった。
命に貴賎はないことを知った。
カプセルの中で苦しみ数回分の命を失ったが、まだ沢山の命をもつ。
ホムンクルスであるフランツは、合計108の命を使うことができるのだ。
フランツは命を燃やす準備をする。
リリィちゃん、生きててくれ。
――すんません、ベルヌ様。約束守れません。
ミンナよりイノチがオオイなら、ボクは。
「――【加速】!!」
命とは速度だ。
誰だって、おぎゃあと生まれてから死ぬまでの時間は平等に与えられる。
運不運はあるものの、その命の時間は、速度たりえる。
命を燃やす。
二人分、三人分、四人分。
圧縮された命はフランツの身体の限界を超えた能力を引き出す。
40年、60年、80年。
それぞれ生きるはずだった命を燃焼して、フランツは圧倒的速度で現実を動く。
音を超え、空気を破裂させフランツは、リリィが吹き飛ばされた方角へなりふり構わず駆け出した。
(……戦うべきじゃねえ。リリィちゃんを回収したら速攻で逃げる。そしてベルヌ様のとこに行ったら、ベルヌ様を連れて速攻で逃げる!!)
「――【
(は…………? ならんで横を走ってくるだと?)
「すごいですね。時間が止まって感じるほど早く動けるのですか。だから、前に勇者パーティで戦った時はあなたが死んだように思えたのですか。ベルくんの作戦だったのですね?」
「てめえっ!!」
「あら、こわいです。男の方って、いつもそう」
微笑みながら、フランツが振るった短刀をかわすミカエラ。
フランツは驚愕する。
至近距離だぞ!?
超高速で走りながら、首を狙って横薙ぎに払った人間には回避不可能な動きの剣を、談笑する街娘が頭にぶつかりそうになる看板をよけるようにイカレた動きで避わせるわけねえだろ!?
「どこに行かれるんですか?」
息が掛かるほどフランツの間近まで顔を寄せそう尋ねるミカエラ。
フランツは背筋が凍りつく。
なんという無表情で美しい顔、そして、深すぎる瞳の闇。
「ちぃっ!!」
「女性を口説くなら、優しくですよ? 私はベルくん以外に興味は全くありませんが」
超高速の乱撃を放つフランツ。
飛びのいて距離をとったミカエラは、怪しい微笑みを携え、じっとフランツを見つめている。
今のうちに森を駆ける。
まるで巨大な砲撃の跡のような場所を辿ってきたのだが、やっとリリィの姿を見つけた。
森の中にできた、すこしだけ開けた場所。
大きな木の根元に倒れ、その近くにはクロードの姿もある。
リリィはゆっくりと立ち上がり、フランツの元へとやってきた。
隠し切れないダメージを負っているようだ。小さな手で抑えるわき腹には血が滲んでいた。
「すまんのじゃ。死に掛けた」
「リリィちゃん、俺ちゃん一回死んだわ」
「ふふ、いきてた♡」
優雅に歩いてやってきたミカエラは、リリィの姿を見つけて微笑む。
そしてクロードの元へと歩み寄る。
クロードは身体の各所がおかしな方向にまがり、内臓が中から溢れていた。すでに息絶えているかに思えた。
「ほらポチ、だめでしょ?【
「…………がふっ、がふっ、ワン!」
ミカエラの魔法を受け、クロードは大量の血を吐いて生き返った。
ありえない効果だ。
人間の魔法ではとうてい不可能な代物だ。
クロードは自らミカエラの横まで四つんばいで這い、家畜のように頭を垂れた。
ミカエラは四つん這いで椅子のような形になったクロードに腰掛け、すらりとした脚を組みこう言いはなった。
「もしかして、殺してもらえると思っています? 白いローブの女の子」
その顔は慈愛に満ちていた。
その視線はアリスの白いローブを着たリリィに注がれていた。
どうして白いローブにこだわるのか。
リリィは鋭い勘のようなもので理解した。
こやつはベルヌ様とアリスが一緒にいたことを知ったのじゃな。
リリィは宇宙のような光る瞳で、ミカエラを睨みつける。
「イカれた女じゃ。おめおめと人間の悪意に取り込まれおって。それがベル坊が一番悲しむ行為だとも知らずに、お前は勝手に暴走しおったらしい。ふさわしくないのじゃよ、ベルヌ様にお前など!! 消え失せろ!!」
「…………白いローブの、女の子。ベルくんをとった、おんなのこ」
――バッ!
両手をあげ、獲物に襲い来る獣のように迫ってきたミカエラ。
しかしそれはリリィの作戦であった。
最初のような遠距離攻撃をされるとリリィの能力は発揮しずらい。
これだけ距離を詰めれば、【石化の瞳】はもうミカエラの全体を捉えている。
――ドタリ。
ミカエラは地面に倒れこむ。
どうやら両足が石化して動けなくなったようだ。
「後悔するがいい。お前の両足、回復魔法では元に戻らんのじゃ」
リリィは倒れたミカエラに止めを刺すか思案する。
この少女。ここまで狂ってしまったが、ベル坊の初恋の相手だ。
フランツは早く、と目で合図した。
ベルヌ様には悪いが、あまりに危険。
リリィは身体全体を石化させるように、瞳の力を強めようとした。
「――
「――ゥウウ!!」
ミカエラがそう言うと、両腕のない目隠しと口枷をされた人物が走り寄って来た。
身に着けたボロボロになった女性用の鎧とスカート、胸の膨らみ。
赤いポニーテールから辛うじてソレが女だったと分かる。
挙動は人間を超えていた。
ブシュブシュと身体が切り裂け、その中から鋭い剣が飛び出してくる。
――剣聖エマ。だったモノ。
身体全体をうならすようにして、剣を振るう。
彼女は腹から飛び出した剣で、ミカエラの足をなんのためらいもなく両断した。
ミカエラからは、まるで歯磨き粉が押し出されるかのように簡単に新しい足が生まれてくる。
「【
「なん……なのじゃ。その女は、お前は一体その娘に何をしたのじゃ!!」
「ああ、この子は
「……ウゥウゥ!」
「ほら、名をもって体をなす。剣聖自ら剣になったのです」
ミケと呼ばれたその女は、唸り声をあげ涎を垂らす。
腕を失い、ふらふらと敵を求め歩くさまを、一本の剣だというのだろうか?
リリィは愕然としミカエラに対し叫んだ。
「……この……クズがぁぁああああああ!!!」
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