第28話 重要な報せ

 ――メメント近郊。


 マイアーを追って法国主要部へと入ったフランツはその後、メメントの街に戻り情報収集がてら【リベイク】の維持につとめていた。

 ベルヌの居場所は冒険者の寄り合いなどのゆるい共同体が良いだろう。

 クロードという勇者がいる限り、裏側で魔王として動く必要もありえるベルヌの帰る場所を残しておきたい。

 そんな四天王の計らいによりギルドへの上納金と、アジトの家賃を支払うことになる。

 ギルドにほど近い森林。

 フランツは傷だらけの丸坊主頭を掻いてひとりごちる。


「だからって、目立たねえように薬草採集って、貧乏くじすぎる気が……俺ちゃん、学校行きたかったぜ」


「こんにちはフランツさん。依頼ですか?」


「お、おおアバンス……だっけ? 気にしねえでくれ。草取ってんだ」


「ベルヌさんによろしくお願いします。何かあったら、なんでも力になりますから……」


 ホワイトプラムは金等級へとランクを上げ、辺境ではかなりの実力パーティとして認知されているらしい。

 アバンスは精悍な顔つきに変わったパーティを引きつれ、相変わらず気障な笑みを浮かべ依頼をこなしにいったみたいだ。

 アバンスと弓使いの子……マントの色を黒にかえたのかよ。

 フランツはなんとか薬草採集だけでノルマを終え。

 アジトへと戻ると、リリィの眷属が手紙を運んできてくれていた。

 魔蝶といって、使役すれば超長距離でも情報の伝達が可能な魔物の一種だ。

 魔蝶が携えていた手紙に目を通したフランツは、一瞬で顔色を変えた。


「そいつはやべえじゃんリリィちゃん」

 

 手紙には集合場所が記されていた。

 フランツはその手紙をビリビリと破り捨てると、急いでアジトから出発した。

 


「ひさしぶりだなあリリィちゃん」


「うるさいのじゃ腐れち●ぽ」


「まだ何も悪いこと言ってなくね!?!?」


「先につぶしておくスタイルじゃ。今回は……真面目な話じゃからの」

 

 フランツとリリィが待ち合わせたのは、ある共和国領の山小屋であった。

 メメントからはかなりの距離があったし、リリィのいた帝国の首都からだと何週間もかかる。

 リリィが先に到着していたことから、なりふりかまわず急いでここまでやってきたことがわかる。

 フランツは冒険者のような胸当てと短刀。リリィは灰色のローブを着用し、目立つことを恐れた格好だ。

 中へと入った二人は、丸太を切り出した椅子に腰掛ける。

 リリィはローブのフードを脱ぎ、その大きな耳を露にする。

 淡い金髪が掻きあげられ、くりくりとした不思議な光を放つ瞳が解放される。


「……いつみても綺麗だなーリリィちゃんの瞳。まるで宇宙みたいな目してるぜ」


「だまるのじゃ朽ち●ぽ」


「結局言うのね。しかもなんか短縮されてるし」


 ぽりぽりと筋肉質な腕を上げ頭を掻いたフランツは、身体の前で腕を組む。

 神妙な面持ちへと変わる。


「紫水晶の裏が取れたってほんとうなのかい?」


「そうじゃ。というかその裏じゃな」


 ほうと溜息をついたリリィは、暖炉で暖められたミルクを口にする。

 尖った耳が交互に可愛らしく動くも、表情は固いままだ。

 フランツは腕を組んだままリリィ尋ねた。


「どーいう意味だい?」


「紫水晶が、クロード……ベルヌ様を退けた勇者もどきの剣に力を送っているというのは間違いじゃない。ただ、それは【聖剣】を強力にするためではないのじゃ」


「ていうと、もっと別の意味があってあんな危ねえもんをばら撒いてるってことかい?」


「……そうじゃな。【七人会議】というものを調べておったのじゃ」


「七人会議? なんじゃそら?」


 リリィの持ったカップから、湯気が立ち上り続ける。

 なんて冷たい冬のような表情をするんだと、フランツは驚く。リリィのそんな表情を見た事がなかったのだ。


「紫水晶に関わる、大元っぽかった組織じゃな。実は帝国のとある貴族からリークがあって、王城まで忍び込んでようやくたどり着けたのがこの情報じゃ」


 リリィは大切そうに、懐から書簡のようなものを取り出した。

 魔蝶に送らせず、自ら運んできたのにはそれだけの重要性があるということだ。

 広げた書簡には、名前が書いてあった。


「……誰だい、こいつら?」


「ひとりはマイアー=ウィンテル=バルザック。そしてあと五人は誰もが知る、この世界を牛耳る大物じゃな」


「マジか。なんか意味ありげだな」


「おおありじゃよ。こいつらが紫水晶をばら撒いてる、【勇者の使徒】とやらの根本じゃな」


 ――勇者の使徒。

 ログザが名乗った、紫水晶の力を利用しクロードに力を送るものたち。

 このときリリィとフランツは知る由もないが、ダンダリオスでもマイアーが小型の紫水晶をガリウスに手渡していた。

 リリィの手に入れた情報は、事の本質に近づくものであることをフランツも理解した。

 こりゃ一気に解決すんじゃねえか? なんでリリィちゃんはそんな浮かない顔してんだ?

 フランツはリリィの深刻な表情が気になった。

 それと、


「ん、マイアーと五人? 七人会議なら、あと一人いるんじゃね?」


「ああ、その通りじゃ。帝国国王、共和国貴族、騎士団のお偉方、法国の枢機卿……こいつらが紫水晶に関わってる馬鹿人間ども。じゃが、黒幕の本当の目的は聖剣の勇者なんかじゃないのじゃ」


「黒幕……ってなんだい?」


「こっちを見るのじゃ」


 リリィはもうひとつ、書簡を取り出す。

 それはかなり厳重に封がされていた。決して外に出ないように、魔道具で包まれていた。その書簡を丁寧に開くリリィ。


「魔神計画?」


「……これをベルヌ様にお見せしたくないのじゃ。きっと落ち込んでしまわれる。本当にこりない人間どもじゃ。反吐が出る。滅びてしまえばいい」


「リリィちゃん。俺にも教えてくれ。そして俺ちゃんもベルヌ様に一緒にお伝えする。どれだけ非道な内容でも、きっとベルヌ様は人間のために立ち上がってくれるさ」


「……そうとも言い切れん。これを見てくれなのじゃ」


 リリィが小さな手で指し示した部分には、計画の概要が書き記されていた。

 紫水晶は絶望を吸って力を蓄えること。

 その力の受け皿が必要なこと。

 並の絶望では、大きな力にはなりえないこと。



 ――実験用村落。ココ村。



 実験用村落だと?

 目を疑ったフランツは、その下に記された情報に更に驚愕した。




「嘘だ!!」


「ほんとじゃ……」


 あまりの衝撃に、フランツは山小屋全体を振るわせるほどの声で叫んでしまった。

 ココ村とは、今回の転生でベルヌが生れ落ちた村落である。

 戦争で両親を亡くしてしまい、悲嘆にくれてとうとう勇者と魔王をやると立ち上がった、始まりの村。

 しかしその書簡にはこう記されていた。




 ――被献体A……転生体質・魔無し・特殊能力持ち。最有力候補。性格調整必要。最高の逸材。

 ――被献体B……魔法適性あり・紫水晶への親和性あり。次点候補。孤児。計画に性格一致。

 ――被献体C……特定魔法への適性がとても高い。性格不一致。……他献体への調整用にするべし。追記……両親処分済み。



「だまされてたんかよ!! 俺達はっ!!!」


 思わず拳をたたきつけ、テーブルを破壊してしまったフランツ。

 なんの変哲もない村だと考えていたココ村。

 四天王の俺たちは、のうのうと地獄の実験場にベルヌ様を送り込んでたってのかよ。

 フランツは愕然として頭を柱に叩き付けた。


 ――どこから。

 どこから仕組まれていたというのだろう。

 勇者と魔王の話をつくりあげたのは自分達だ。

 勇者パーティの選抜は、能力の適性で選んだはずだ。

 ――違った。

 裏から仕組まれていたのは、こちらだったのだ。

 最初からココ村の三人は仕組まれていたのか。


「くそっ、くそっ。くそ!!」


「落ち着くのじゃ。どちらにしろお前さんのお馬鹿な頭じゃ誰が敵か思いつかんかったじゃろう?」


「だけどよ!」


「……私様も全く気づかんかった愚か者じゃ。七人会議の面子を見てみるのじゃ。見知った名前があるぞよ」


 七人会議。

 世界を牛耳る大物に混じり、その名を連ねていた者の名前は。


「あの村人がか? 名前の間違いじゃねえのか? あんな人のよさそうなおっさんがか!? 間違いだろ?」


「そうだといいのじゃがな」


「ベルヌ様に気付かれずに、ここまでやってのけたというのか……」


「私様らにもじゃ。現に、今でもあの村人がやってのけたとは信じられん。しかしその情報はそう言っておるのじゃ」


 すっかり冷めたミルクをぼんやり見つめるリリィ。

 悔しさと後悔、いろんな感情が瞳をよぎっている。

 リリィは自分の小さな手が震えているのに気がつく。

 いくらでも気付く機会などあった。

 人間らしい生活をあの子……転生を繰り返す坊やに送らせたいと考えていた。

 強い力と残酷な運命を持ち生まれてきながら、あの村なら両親を失った悲しみを癒せると信じていた。

 ココ村はしばらくは平和で、ベルヌ様も安心して暮らせるとリリィは思い込んでいた。


「人間の【悪意】を舐めていたのじゃ。経験から学ぶのが愚者で歴史から学ぶのが賢者とはよく言ったもの。ヨダという男はこれまでの歴史からベルヌ様へとたどり着いたのかもしれんの」

 

「こいつのせいで俺達の計画が、勇者と魔王の計画がパァになっちまいやがったのかよ……俺らと違って、こいつは普通の人間だろ? どうしてこんなことできんだよ……?」


 頭を抱えるフランツ。

 沈黙が支配した静かな山小屋の中であったが、意を決したようにリリィは立ち上がった。


「とにかく、そろそろ出発するのじゃ。この書簡では魔神計画の概要がわかるのみじゃ。恐らく紫水晶は計画に関わる重要なモノなのじゃろう。つらいがベルヌ様にお伝えせねばな。ベルヌ様の育ての親……クロードの父ヨダが黒幕じゃと」 

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