聖母のララバイ

第26話 聖母誕生

「紫水晶を知る追っ手が来ているー。迎えにきてほしいんだけどねー」



 ――クロードの部屋にあった手紙を、何者かがクシャクシャにして破り捨てた。



 ベリオス帝国、首都アランカル――執政の間。

 魔王城より帰参した勇者クロード一行の報告が上奏され、皇帝ベリオス十二世の詔勅によりクロードには貴族の位が与えられた。


 ――ココ村のクロードを男爵に任ずる。


「あ……ありがとうございます。嬉しいです」

 

 クロードは整った顔をひくつかせながら貴族の腕章を拝領した。

 勇者一行は、首都より遠く離れた、賜った小さな屋敷に到着し。


「くそがあああぁあああぁぁぁっぁぁ!!!」


 クロードは頭をかきむしり、血走った目をしながら叫ぶ。


「男爵だと!? なんでだぁあああぁぁぁ!? 僕は勇者だぞ? なんだ男爵っていうのは一番下じゃねえかふざけてんのか帝国がぁあああ! 公爵だって言ったろうがぁ!」


 ――当たり前だ。何の戦果も持ち帰らず、魔王の城はもぬけの殻でした。

 そんな報告で貴族の位が頂けるなら、帝国はとうに滅びている。

 エマは壁によりかかりながら目を閉じる。


「なにかおかしいかい?」


「ひっ!? お、おかしくないですクロード様……」


 クロードが近くに来ると震えてしまう。

 でも嬉しい。

 これでは駄目だとエマは精神の深くを統一しようとする。

 クロードを直接的に守れるのは剣聖であるエマだけなのだ。

 男爵だっていいじゃないか。私が守ってあげる。

 優越感を感じる。ヨランダやミカエラにはない、攻撃武器をもつエマだけの特性。

 聖剣を持つ彼は不安定だから、いざという時は自分が守らねば。

 エマは再び目を閉じる。笑ったのではなく、微笑んだのに気付いてくれ。

 そのクロードは辺り構わず悪態をついていた。


「くそっ……それもこれも全部ベルのせいだ。あいつが僕の頭の中でちらつくから、色々なことが上手くいかないんだ。やっぱりあいつをどうにかしないと」


「クロード様、いちおー探したっすけど、どうやらベルっちは、リベイクってパーティで冒険者をやってるみたいっすね」


「……ヨランダ。そうか、役に立つなぁ! いいぞぉ。君のそういう所が好きだ」


「あはは、くすぐったいっす。クロード様、赤ちゃんみたいっす」


 ヨランダの胸に顔を埋めるクロード。

 ここぞとばかりごしごしとクロードの白髪をなでまわすヨランダは、勝ち誇った顔でエマを見下ろした視線を送る。

 この時だけは頭を触らせてくれる。

 罰を与えられることもないし、お気に入りのミカエラにもない自分だけの巨大な武器。

 ヨランダはこの時間が永遠に続けばいいのにと考えていた。

 ふと、クロードはヨランダの胸から顔をあげた。

 ミカエラが目の前にやってきたみたいだ。


「どうしたんだいミカエラ?」


「今日は私がクロードのためにがんばりたいの。一緒にベッドにいこっ?」


「え……今日はヨランダの日でしょ? 最近どうしたんだい。あれほど……嫌がってたはずなのに」


「ぜんぜん嫌じゃないよ。クロードは嫌なの?」


 いったいどんな心変わりだ?

 天使の羽衣のような金髪をクロードの胸にあずけ、濡れた瞳で上目遣いをするミカエラに、ヨランダとエマは嫉妬の眼差しを向ける。しかしクロードの顔色を伺うようにしてその炎はしぼんでしまった。


「いっ……嫌じゃないさ勿論。そうか、今日もミカエラを味合わせてもらおう。いいねヨランダ?」


「……別に構わないっす。クロード様に従うっす」


 あきらかな不満の色を含ませた声色だったが、クロードの意思は絶対なのでヨランダは決定にしたがった。

 クロードとミカエラは部屋に消えて行く。

 恨めしそうな視線をその背中に向け続ける、ヨランダとエマであった。



「なんか最近、疲れるんだ」


 裸になりベッドに座るクロードはそう呟いた。

 クロードの股の間に頭を入れたミカエラは、彼の太腿に細い両手を這わせながらその顔を見上げる。

 金色の花が咲いたようなミカエラの姿は、その美しさに誰もが支配欲を掻きたてられるだろう。

 ミカエラの視界に入るのはかなり疲れきった白髪の少年の顔であった。


「ヨランダもエマも、僕を好きになってくれた。それにミカエラ、君も。でもなんか最近疲れるんだ」


「ちゅぷっ……そう、なのちゅっクロード?」


 激しく淫靡な音が部屋中に響き渡る。

 クロードの右手を取り、その中指を咥えこんだミカエラは口の中で転がすように舐めまわした。

 最初はこんなことはしなかった。決して自分からは望まなかった。だが、最近……。

 ミカエラは自ら、身体の隅々まで余すことなく舐めまわさせてくれと懇願してきたのだ。

 ぞわりと頭の中を稲妻が駆け巡ったクロードは、思わずミカエラの頭を撫でてしまう。

 優しくするのはクロードの本意じゃない。あくまでこれは主従関係だ。、

 聖剣の力で支配しているはずの女から、好きにされている自分がいる。

 そうじゃないんだよ、とクロードは話を続ける。


「僕は……ベルに勝ちたかった。でも、どう頑張ってもベルには勝てないのかもしれない。いくら彼を超えようと力を手にしても、奪っても、なんだか……何も満たされないんだ」


「れろれろ……あむっ……ちゅぱっ。ちゅぱっ」


 まるで話を聞いていないかのように、一心不乱にクロードの指を舐め続けるミカエラ。

 ぬるうりと暖かな舌触りが指から脳へと伝わる。

 おもわず腰が抜けそうになる感覚を味わったが、クロードは顔には出さなかった。

 支配しているのはこちらであり、ミカエラではない。

 くだらんヨランダとエマは速攻で墜ちたが、ミカエラだけは最後まで頑張っていた。

 正直ここまで墜ちるのは予想外だが、そう考えるとなんだか張り合いがなくなってしまったのだ。


「勇者なんか、やめにしようかな」


 ふと、ミカエラが奉仕をやめる。

 怪訝な顔でミカエラの顔を覗き込むクロードだったが、ミカエラは凍りつくような無表情だった。


「だめだよクロード。ここでやめるのはダメ」


「……は? 急にどうしたというんだい?」


「クロード、私知ってるんだ」


 ミカエラの声に抑揚がない。

 ぼうっと瞳に闇をともす。

 クロードは目の前にいる幼馴染がまるで別人になってしまったかのような感覚を味わっていた。


「クロードがさ、どうしてこんなことしたかぜぇんぶ気付いちゃったんだ。わたし、空っぽになっちゃったから、そういうのに敏感になったの。クロードは私の変化に気がついていた?」


「なんのことだミカエラ!? お、怒るぞ?」


「わからないよね。だってクロード、ほんとは私なんかに興味ないもの。そうでしょ?」


 ――ゾクリ。とクロードの背筋が凍った。

 ミカエラの瞳の中に、深い暗窟が覗いていたからだ。

 その暗い穴から湧き出るモノに、自分の考えを全て読み取られるようで堪らなかったのだ。

 ミカエラは今まで出したことのないような甘ったるい声で、クロードの耳元へ囁く。


「――だって、クロードはベル君のことがだぁい好きだもんね。男のクセに」


「な……ち、ちがっ……ちがう。ちがうちがう。違うぞミカエラ!! だって、僕は君と他の皆を……」


「キモチワルーイ。ベル君の前に、皆を傷物にしたらベル君に抱いてもらえると思った? そんなの絶対無理なのに。馬鹿だよね」


「ちがうっ!! 僕は君をベルから奪ってやったんだ。他の二人もそうさ! だから、ベルの奴はどうでもいい!」


「嘘ばっかり……ずっと私を見ていたのって、嫉妬だったんだ。歪んでるねー。クロードさ、【絶望】が足りないんじゃない?」


 再びミカエラはクロードの指を咥え込んだ。

 舌が生き物のように動き回る。

 しごきあげるような快感に、クロードはうめき声をあげてしまう。

 いったいこの能力は?

 ただ媚びるために指を咥えていたのではなかった!?

 これは予定にない。聖剣をもって罰を与えなければ。

 ミカエラにはこれまで罰を与えなかった……ミカエラが本心から自分に惚れこむように調節し、ベルにあきらめてもらうために。

 ベルにクロードという存在を特別だと認めてもらうために、わざわざ他とは区別をつけていた。

 ベルに届くのはこのクロード以外ありえない。そう考えていた。

 三年間もベルとイチャコラする聖女という名のビッチにはそれが一番の罰だったはずなのだ。

 しかし聖剣の位置はベッドから遠い。


「くそっ……ああっ、ミカエラ一体何を、っつやめろ! 離してくれっ」


「気持ち……れろっ……いいでしょ。あむっ……逃げられないよ。いつかの反対だねえクロード。ちゅぱ、ちゅぱ。空っぽの私は、常に【常時最大回復魔法オートリザレクション】の状態なの。回復魔法って、男性が到達するときのような、不思議な気持ちよさがあるでしょ? これは【愛】の力ね」


「【愛】だと……一体どれぐらいの魔力が、うぁああっ……やめてくれっ。おかしくなるっ。あああっ。あああっぁああっ」


「おもしろーい。あの時の逆だね。あむっ。ガリッ……えへ。指、かんじゃった。そうすると小さい傷ができるでしょ? そしたらさ、【最大回復魔法リザレクション】を直接体内に流し込んであげる。何度も何度も、クロードが私をやった回数の何倍もやってあげる。とっても気持ちいいよぉ? 直接の【直接最大回復魔法リザレクションバースト】は気絶するぐらい気持ちいいんだからぁ。でも意識を失うことはできない。私が外側から回復魔法を頭に掛けるから」


 魔法の同時発動はできないはず。

 しかしミカエラの口の中、胸部、クロードの頭の三箇所で魔法が発動を続け、クロードの意識は強制的に覚醒を続けさせられる。

 身体が小刻みに震え、何度も何度も絶頂させられた。

 穴という穴から体液を垂れ流し、窒息状態なのだがそれすら魔法により快感へと変えられ、死ねない。

 それどころか体液は次々と補充され終わりが来ることがない。

 僕だってミカエラたちに対してここまでやってない。こんな残酷な、助けて。だれか……。


「かはっ……んぐっ。んおっ」


 声が出せない。助けを呼べない。

 いつまでも止まる気配がない。

 ぞわぞわがやってきて、頭が飛んだ。

 いや、飛べてない。意識を手放せないようにミカエラが魔法を掛け続けている。

 視界が真っ白になり、頭がパチパチしてくる。

 絶望的なまでの快感が押し寄せる中、クロードは僅かな理性でミカエラの表情を見据える。

 慈愛に満ちた聖母のような、美しい微笑み。

 クロードは理解する。

 追い詰めてしまった。強い気持ちを持つ聖女を。

 聖女は狂って今、破裂した。

 僕はとんでもないモノを造ってしまったのか。


「やめて!! 助けてっ……おねがい、壊れる。しんじゃう。これいじょうはあたまが死んじゃう……あやまる。ごめんなさい、もうしないから、おねがいだからやめてください!!」


「やだ」


「いぎいぃぃぃぃぃぃんぎぎいぃぃぃ!? だしゅけでべるぅぅぅぅう……」


「馬鹿だなあクロードは。散々馬鹿にした女みたいに快感に狂って。もう私無しでは生きられない身体になるんだから、ベル君のことはあきらめなよ」


「あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………やだぁああっ……」


 すごく気持ちいいはずなのに、面白いくらい絶望顔。

 ミカエラはぶるぶると震えるクロードを恍惚と見つめ、自らを慰め始めた。

 その瞳は行き場のない暗黒が広がっているかのように拡散し。




「んんぅ気持ちぃよベルくん、べるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんべるくんんぅーっはぁぁあぁっ!!」







 やがてクロードの部屋が開かれる。

 出て来たのは、火照った様子のミカエラと四つんばいになったクロードであった。

 驚いたヨランダとエマが駆け寄ると、ミカエラがこう告げた。


「ほら、ごあいさつしなさい。クロード」


「はい、聖母様ママ

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