第25話 1%の涙
――ドガァアッッッ!!
そいつは天井をぶち抜いて上空へと飛び立った。
全身を金属の外骨格で覆い、シルエットとしては痩せた龍。遠くからみればワイバーンの成体が一番近いたとえだろう。
いつの間にか出た満月を背負い、羽を大きく広げた機械は夜に向かって咆哮する。
まったく、逃げられてしまうとはな。
――GYAOOOOOOO……。
「……遠いな」
俺は大穴の開いた空を見上げていた。
大講堂のあった場所はぽっかり空間が開き、今では俺たちの居た隠し部屋まで風通しがよく、夜の気持ちがいい風まで吹いてきてやがる。
自分だけの現実【ワールドマジック】は離れれば離れるほど有効打に欠ける。
機械龍まで、距離にして300メトル……。
「ベルヌ様」
「アリス。行けるか?」
「はい。準備はできております」
アリスはそう言うと、ティアラを退がらせる。
動き出した機械龍に驚いていたティアラだが、全く動じていない俺たちにも驚きを隠せない様子だ。
「あなたたち……いったい何者ですの? アリスさん、あなた一体……」
「ティアラ。あなたのお兄さんの無念は私が晴らす。私も同じだったから」
「アリスさん……」
「だから待っていて。お願い」
「わかりました。お願いしますの。アリスさんと、謎の殿方様!」
「ベルヌ様です」
「ベルヌ様ですの。宜しくお願いします。あの男を止めてくださりまし!」
「任された!」
俺がそう返答すると、ティアラは可憐な花が咲いたように微笑んだ。
つらい事実を突きつけられたばかりだというのに、強い娘だ。
気に入った!!
やはりアリスの友達はとてもいい子だ。
「お願いしますベルヌ様」
「わかった。アリス、背中をみせろ」
「はい!」
アリスは俺に背中を向ける。
俺はその小さな背中に触れ、能力を駆使する。
アリスの力を最大限に引き出すために、一時的に彼女の状態を【調節】するためだ。
その状態でアリスは地面に両手をつき、魔法陣を発動させた。
紅蓮と呼ばれる所以――最強龍種の召還術。
「――
その龍の姿見たもの、皆こう伝える。
まるで炎の華が咲いたようであった、と。
地面から召還された、太古の神の化身。
鱗の一枚一枚が炎で出来、牙は研ぎ澄まされた金剛石よりも透き通る。
真っ赤に燃える炎を伴い、術者の髪と瞳をその龍と同じ色に染め上げる。
巨大な炎龍。こいつが、アリスの奥の手。
昔、この龍の心臓に囚われていたアリス。
今は逆に使役している、神が創ったとされるドラゴンである。
「飛んで」
アリスの命令ひとつで巨体が軽々と浮く。
俺とアリスを乗せた炎のドラゴンは、ダンダリオスの上空へと駆け上る。
さあ、世界の仕組みについて勉強する時間だガリウス。
論より証拠。
純粋な存在で造られたドラゴンがどれぐらい強いか、その身で確かめてみるといい。
機械龍は俺とアリスの姿を見つけると、真っ直ぐ突っ込んできた。
「
ガリウスの機械龍は、その口から鋭い光線を吐き出した。
スライスするように無人の塔が両断され、崩壊していく。
それ、俺たちを狙ったのか?
本当に?
全然当たる気がしないぞ?
アリスの紅蓮龍は、乗せている俺を気遣うようにゆっくり飛んでいるが?
もしかして試し撃ち?
「
「おっと、
光線の乱れ撃ちか。
寮の方向に飛んで行きそうだったので、俺の能力で空気を圧縮、量子を偏向させ無効化させた。
え、空気で止まっちゃうの?
ちょっとアリスに龍を出させたのを後悔し始める。
これ、弱すぎるんじゃ……。
「この程度が龍の能力? ワイバーンの方が強いんじゃないのか?」
「きぃぃっ様ああぁぁぁぁ!! 私の龍の力は、こんなものではないぃいぃぃ!!」
「あ、喋れたのか。すまんな、戦闘中なのに心の声が出てしまった」
「ぎぃぃぃいいぃぃぃいぃ!! GYAOOOOOOOOO!! ぶちころすぅ……愚かな馬鹿者には、ダンダリオスの栄光は渡さんん」
「ごめん。頭の悪い奴には殺されないように心がけてるんだ」
ガリウスの機械龍は、空中で体勢を鋭く切り替えこちらに突っ込んでくる。
巨大な金属製の羽で俺達を切り裂くつもりらしい。
俺は一応、アリスに尋ねてみる。
「アリス、サポートはいるか?」
「問題ありません」
機械龍は鋭い刃のように一直線に突っ込んできた。
「私の機械龍の羽は、ミスリル超合金製だボケがぁ! そんな生物の羽じゃ、切り裂かれておしまいだこの雑魚人間がぁ!」
と、供述しながら突っ込んできたガリウス。
「ギャアアァァッァァ!? なんで私の羽があぁぁっぁぁぁ!?」
ギャグですか?
お前ごときが練成できる金属が、太古の魔術師たちの神がかった技術である炎の鱗に敵うわけないじゃん。
そんなこともわからないんですか?
羽の片方を失った機械龍はきりもみしながら地面へと向かう。
俺とアリスはゆっくりと追う。
地面に叩きつけられ、鱗と装甲がひしゃげたガリウスの機械龍。
まだ起き上がり、何かする気らしい。
「死ねぇ!! この光線は防御不可能だ。何故ならすべてのエレメントを崩壊させる力をもつ、この紫のかけらから発する能力をもとにしているマイアーから授かった……私の……けん、きゅう」
支離滅裂な言動。
ガリウスの意識が混濁してきている。
紫水晶に乗っ取られかけているのか?
「やはりマイアーは絡んでいるか。だが」
ガリウスの機械龍が口を大きく開けた。
「
巨大なエネルギーが口に集まっている。
大口から破壊光線を放出するつもりだろう。ワールドマジックを……。
「ベルヌ様、私にお任せください」
「わかったアリス。任せる」
紅蓮龍が口を開ける。
フルパワーには程遠い、周囲の建物に配慮した炎の咆哮。
「――
ガリウスの破壊光線は、全てを破壊すると言った。
ならばアリスの炎神砲は破壊を燃やし尽くす。
破壊と炎がぶつかる。
すると、機械龍からガリウスの騒がしい声がした。
「何故だぁぁぁああ!! 何年もかけた機械龍なんだ。どうしてこんなに簡単に終わってしまうんだ。私は評価されるべきなんだ。機械龍は最強なんだ……」
「まだわからんのか、クソ野郎。その機械龍はその実なかなかの出来だ。人間由来にしては筋がいい。だが、どうしても駄目な部分があるだろう?」
「駄目な部分などないい!! 私は完璧だった。素材も揃えた。しっかり組み合わせた。魔王だって殺せる出来のはずだぁぁあ!!」
「……肝心の
空中でぶつかり合った衝撃は、まるで炎に飲み込まれるように機械龍へと押し戻され。
――GYAOOOOOOO……!?
勝負あった。
炎に包まれる機械龍。
下半身を失った地面へと機械龍は倒れこみ、体液を解放する。
もう二度と立ち上がることは出来ないだろう。
過去の遺物に縋りつく老人の、みじめな最後だ。
「ありがとうございます。ベルヌ様」
「お疲れ様アリス。久しぶりの紅蓮龍だったね。大丈夫かい?」
「……はい」
紅蓮龍を帰し、アリスは俺の胸元に飛び込んできた。
よしよしと頭をなでてやると、嬉しそうに顔を胸にこすりつけてきた。
本当によくやってくれた。アリスのお陰で逃さずに済んだ。
俺達の元へティアラが駆け寄ってくる。
――GY……AOO。
「まだだぁ!! まだ終わってないいぃ。まだ私の研究は途中段階ぃ。漆黒の魔法使い様に近づくため、私は何度でも立ち上がるぅ」
「ちょっと黙れ」
「なっ……ぎゃああぁぁあ!?」
俺はガリウスが取り込まれた機械龍の胸をワールドマジックで強引に解放し、ブチブチとクソ野郎を引き抜いてやった。
これで異物は機械龍から排除された。
もう動くこともないだろう。
「ミストお兄様……」
ティアラは動きを止めた機械龍の元へと駆け寄った。
機械龍は半身を失い、もう元には戻らない。
青い瞳は点滅を繰り返し、魔素が光となって天へと昇り始める。
ティアラは必死に、機械龍の頭を抱く。
まるで愛おしい家族にするように、固くやさしく。
俺に身体を引き抜かれたガリウスは、機械龍の瞳を見てこう呟いた。
「泣いているというのか、そんな機能はないはずだ……」
機械龍の瞳からは、一筋の涙が流れていた。
「違うぞガリウス。あれは泣いているんじゃない。笑っているんだ……助けにきた妹にむかって笑っている。1%の力を使って、あの龍は心臓が無いのに妹に向かって笑ってみせた。それがわかるか教師ガリウス。貴様は、そんな兄妹を引き裂いてまでこんなものを造ったんだぞ馬鹿野郎」
――GYA……OOO【ありがとう】。
光の渦につつまれた機械龍は、犠牲になった生徒たちの魂を解放する。
やさしくティアラの身体をつつみこみながら、その光は天へと昇っていった。
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