第24話 外法

 ガリウスの隠し部屋はかなり奥行きが広い。

 しかし全体的に薄暗く、陰気な雰囲気の漂う室内の中央には眩い光に照らされた少女ティアラの姿。

 逆光を背にするローブ姿のガリウスが大きく手を広げ、歓迎の態度をとる。余裕のつもりか?


「まさかこちらから呼ばずとも来てくれるとは、真夏の火に飛びこむ裸のうさぎ。狩りの手間が省けるというものだ。アリス。君の力を一目見たときから私は高揚を隠せなかった……ついに、私の研究が完成するのだ!」


「べらべらひとり盛り上がっている所悪いが、ちょっと静かにしてくれ。アリスと友達が話している」


「何っ!?」


 目を見開くガリウス。なぜなら、奴の目の前にはもうティアラはいない。

 俺の能力でティアラの拘束を破壊した。

 そしてアリスはティアラを石の台座より救い出し、ティアラは肩を抱かれるようにこちら側に戻ってきた。

 ボケッと悦に入りながら研究がどうとかガリウスは言っていたが、誰も聴いていない。

 恐怖で震えていたティアラ。

 しかしアリスの顔を見て、ティアラの表情に温かみが戻ってくる。

 涙がこぼれる。

 安心の涙であった。


「アリスさんどうして……ここがわかったんですの?」


「うるさいバカドリル! 勝手に行くなっ。勝手にかっこつけるな! マーリーンの決闘だってドリルが誘ったんだから、最後まで私を頼ればよかったのに!」


「なっ……どりるじゃないですの! 縦に巻いた髪ですのっ! ……アリスさんはわたくしの友達になってくれました。そんな方を私の事情に巻き込めないと思いなおしました。当たり前ですの」


「はぁ!? だったら最初から私に話さないでください。気になるじゃないですか。死ねばいいです」


「ひしと抱きついておきながら!? 言ってることとやってることが違いますですの!?」


 すっかり仲良くなったアリスとティアラの姿に、俺はかつての自分の姿を重ねていた。

 勇者パーティ……俺を捨てた友。いや、友じゃないか。友は友を捨てない。

 このアリスとティアラのように。

 美しく手を取り合う少女たちの間に、クソみたいな老人は邪魔だな、ガリウス?

 俺はティアラに黒のローブを羽織らせる。裸のままでは風邪を引いてしまうからな。

 ティアラは初めて見る俺の姿にすこし驚いたようだが、ローブを渡すと安心したように受け取った。


「あ……あなた様は?」


「俺は今日だけこの学校で働く清掃員だ。ティアラさんといったね? ……すまない。あそこに見えるのは機械龍ドラゴスレイブだ。君の兄や、行方不明の生徒の噂……あの龍もどきが存在していることと照らし合わせると、君の兄はもう……」


 死んでいる。

 そう伝えなければと思った。


「はい……。本当は、なんとなく気付いていたですの。もうお兄様の命はないかもしれない、二度と会うことはできないかもしれない。半年もこの学校で探せば、居なくなった生徒がどうなったかはなんとなく察しました。でも、こんなのひどい。お兄様が龍の材料だなんて、あんなにわたくしに優しくしてくれたたった一人のお兄様なのに。あんな無機質な機械の中にお兄様がいるなんて……」


「すまない」


「どうしてあなた様が謝るですの? 助けにきてくださっただけでわたくしは……ほんとうに嬉しかったですの」


 ティアラは笑顔で泣いていた。

 俺に悲しみの感情を見せまいと、しかし溢れ出てしまい笑いながら泣くことを選んだ。

 こんないい子の兄を奪ったガリウス。

 そいつを止めなければいけなかった役目は俺だったんだ。

 ちょっと前まで勇者だった。

 きっと全て救えると思い込んでいた。

 どうして気付けなかったんだろう?

 どうしてこの子の兄を救えなかったんだろう?

 これじゃ、クロードの言うとおりじゃないか。

 

「ベルヌ様」


「アリス……俺は」


「私の友達を、助けてください。ベルヌ様のお力が必要です」


 俺は、アリスの言葉に背中を押された気がした。

 ガリウスはゆっくりとこちらに近づいてくる。

 何かたくらんでいるらしいが。


「貴様は資格無しのクズか。どうやって校内へと侵入した? ああ、清掃員に化けたのか。なるほど、貴様には誇りがないようだ。魔術師が清掃員になど……あまりにも滑稽で愚劣。無能はこれだから品位が下がる。まあ、世紀の研究の初お披露目は観客が多いほうがいい」


「…………」


 奴はああ言って俺には全く注意を向けていない。

 アリスの動向にだけ着目して、あとは後ろ手に隠した何かの発動のタイミングを伺っているのか。

 まあ、どんな手を用意しているか見るだけ見てやるか。


「ふはは、【ラピスラズリの籠】。これでアリス、君を我が物とする!!」


「【粉砕ワールドマジック】。」


 ラピスラズリの籠。国宝級の魔法道具――魔素の割合が高い存在、例えば妖精種などを捕らえるための籠型の魔道具なのだが、俺の能力で粉々になってしまった。

 籠は光の粒になって消滅した。


「な、なな、な!? 国宝が砕けた!? あ、ありえない……アリス、君は一体」


「私じゃないです」


「馬鹿な!! あんな魔力の欠片も感じない、無能に国宝級の魔道具が破壊できるわけがない。くそっ!! 純粋素体を手に入れないと機械龍は完成しないのだ!」


「……人間は。魔術師は愚かすぎて悲しいな、アリス?」


 俺はアリスに尋ねる。

 アリスは、悲しい笑顔でそれに答えた。

 何故なら、このくだりは俺とアリスがすでに何度も過去に体験したものだからだ。

 いまだ毎日新しい戦争が起き、人が産むよりも殺しあうのが日常だった頃。

 帝国は共和国への最終兵器として、人工のドラゴンを開発した。

 外骨格や人口筋肉、機械部の組み合わせにヒトの部品を利用し。

 動力として純粋な魔素の塊に近い存在を心臓として設置しなければいけない。

 古の魔術師たちはこぞってドラゴンの心臓部を求め、魔素の割合が高い存在を採取した。

 人間――15パーセント。

 エルフ――30パーセント。

 ドライアド――45パーセント。

 妖精種――60パーセント。


 アリス――100パーセント。


 龍を使役した戦争は、まるで国土ごと生物を焼き払うかのようなありさまであった。

 俺がアリスに出逢ったのは、龍の心臓の中で泣いている少女として。

 魔素の塊にすぎない彼女は、確かに泣いていたのだ。


「アリスを心臓にしようとしているんだろうガリウス? あえて言うぞ、このクズ野郎が!! 龍の素材として人間を何人利用した? 何人の生徒をそのくだらないおもちゃの犠牲にしやがったんだ?」


「知らんな。いちいち原料の数など数えていられるか。私は急がねばならんのだ。私の功績を認めさせ、魔術師としての成功を世に知らしめるためにな」


 こいつは救いようのない間抜けらしい。

 だったら真実を教えてやる。

 どうして強力な兵器である人工龍が造られなくなったか、その簡単な理由をな。


「おい、お前は最近エルフを見たか?」


「なんだいきなり? エルフなど奴隷市場などで稀に見るか、森に少数集落があるだろう」


「なら妖精種は?」


「ふん。妖精種など、Aクラスの冒険者が数年に一度拝めればいい方だろう。この学校では見んな」


「そうだろうな。そいつら、全部人間に利用されて数が減ったんだよ。意味わかるか?」


「何が言いたい!! 馬鹿の問答に付き合う気はない!!」


「お前の頭の悪さにはガッカリだよ。いいか、エルフも妖精も、『昔は』たくさん居たんだよ。魔素の割合が高いと、龍の素材になったり、他の邪悪な魔法の材料に使われたりする。その原因のほとんどは戦争……無駄な命の取り合いだ」


「…………エルフや、妖精で機械龍をつくれるというのか?」


「ああ。古の魔術師たちはそうしていたし、それ以上の存在で造られた龍もある。つまり魔素割合15パーセントの人間ごとき原料で造った、お前の龍なんかは夏休みの工作以下なんだよ」


「…………嘘だ」


「アホくさい戦争に魔法使いの頭を利用されるの、もういい加減やめにしようぜって造ったのがこのダンダリオスだ。帝国が独占していた知識を広め、人工の龍なんざ無意味だと知らしめるのも一環だったんだがな。残念だがお前は歴史を繰り返しやがったみたいだが」


「嘘だ、うそだうそだ」


 ガリウスは頭を抱える。

 落ち窪んだ目はうつろに彷徨い、自らの作成した機械龍へと注がれる。

 全く微動だにしない、青い瞳の鉄クズ。

 心臓部が目の前にいるのに、捕らえるための籠は壊された。

 欲情した犬のような目でアリスを睨みつけている。

 どうしてもアリスをその心臓部に取り込ませたいらしいな。

 無駄だ。それは俺が許さない。

 ふと、ガリウスは魔法を発動させるために杖を取る。


「【折れろ】。」


「ぎゃぁああぁっ!?」


 ガリウスの腕をへし折った。

 杖を取り落とし、折れた右腕を抑えるガリウス。

 

「何十年もかかったんだ……嘘に決まってる。機械龍は最強なんだ。嘘にちがいない。古文書だって研究した。何年もかけたんだ。誰もできないことなんだ」


「本当だぞ? 仮にアリスが心臓になったとして、その龍めちゃ弱いからな?」


「ぐぬぅうぅぅぅ!! 私の人生が……掛かってるんだぞ、この機械龍にっ!!」


「知らんぞ? 使われた生徒だって人生滅茶苦茶にされて怒ってるだろうな?」


 ガリウスは駄々っ子のように地面を踏み鳴らす。

 どうしても納得が出来ないようだ。

 しかし馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。


「お前は人生掛かったって言うがな、その機械龍に囚われている生徒たち……きっとお前よりもまともな魔法使いになったぞ? 教師なのに生徒の人生を奪うなど、魔法ではなく外法使いだ」


「うるさいいぃ。私は、漆黒の魔法使い様に近づこうと……ぬぁっ?」


 突如として、ガリウスの胸が紫の光で輝いた。

 これは……ログザの時と同じ光だ。

 あのときは巨大な水晶だったが、今回はガリウスの懐から光が溢れているように思える。

 急いで【ワールドマジック】を発動したのだが、一歩遅かった。

 老人らしからぬ疾さで四つんばいになったガリウスは、機械龍へと這い寄った。

 

「あはははははは……!! 最初からこうすれば良かったのだ。私が【核】になれば、私の研究は私だけのもの。簡単な答えじゃないかぁぁ」


 機械龍の胸部が閉じ、ガリウスが取り込まれる。

 人間を核にしても動かないはずの欠陥品。その青い瞳に光が宿った。

 鉄の羽が次々と開き、鱗が波のように覚醒する。

 ――GYAOOOOOOOOOO…………。

 合成音声のような咆哮がダンダリオスに響き渡った。

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