第23話 開かずの部屋

 人もまばらになった夕闇の魔法学校。

 俺はアリスとシャティアを伴い、ダンダリオス学内を駆け抜ける。

 情報はすでに得た。あとは時間との戦いになるだろう。

 アリスは身体が魔素で出来ているため、魔力のレーダーのような働きができる。

 国宝級の魔道具よりも正確に、遠距離から魔力の質によって人物の特定ができるのだ。

 その力によると、俺と合流する直前、ティアラが消えたのは学内にある廃棄された教会施設。

 実習エリアのはずれにある、人気のないところに入っていくところまでは追えたがそれ以降は建物内なのでわからないとのことだった。

 間に合えばいいが。


「アリス。ティアラという娘はどういう子なんだい?」


 走りながら俺は尋ねる。


「……昔のベルヌ様みたいな子です」


 え?

 ちょっとそれは予想外だった。

 まさか男なんだろうか?

 ティアラという名前だから、男ではないだろうが……。

 別にアリスに男友達がいても俺は気にしないが。

 し、しないけど。


「笑っているのに、悲しい子です。でも、とても優しい」


 …………。

 アリスの言葉の意味を噛み締める。

 ティアラという娘、きっと助けなければな。

 貴族の特殊な生まれと、義兄を助けるためにこの学校へと入学した事情もアリスにより教えてもらった。

 俺は考える。

 人間はたまに生きづらい。

 一度生まれれば、与えられたものでなんとかするしかない。

 俺はまだマシなのかもしれない。死んだら記憶を引き継いで、誰かの子供としてまた生まれる。

 両親にとっては、その子は大切なわが子だ。

 だが、それは俺だ。俺の記憶をもった赤子にすぎない。

 苦しくて誰にも話せないと思っていたが、甘えかもしれない。

 他の人間はたったひとつしか与えられない命で、なんとか人生を生きなければいけないのだから。

 ティアラは貴族の庶子として酷い扱いを受けただろう。

 それでも、兄を助けたいという優しい心を無くさずに育てるのだ。

 ……強い娘だ。


「昔の俺、か」


 古びた教会には、すぐに到着した。

 すると入り口付近に何人かの女生徒が集まっているみたいだった。

 衣服が煤けて、怪我をしている者もいる。

 共和国の紋章をつけた、女の子たち。

 激しい戦いの後のようなありさまだ。


「アリスさん……ちょうど呼びにいこうとしていたところなのです」

「大変です!」

「ティアラさんが……」


 女生徒たちの話を聞いたアリスは、もの凄い勢いで教会の扉を破壊した。

 魔素を変換し、身体の表面に魔力として通す。

 手の平から発すれば、それは破壊の威力と化す。

 アリスの力を解放することは、もう既に許している。

 静かな激情と共に小さな手が触れた扉は、粉々に砕け散った。


「…………遅かった、ですね」

 

 教会の床に倒れている生徒が何人かいた。

 その中の一人に向かって、迷わずアリスは真っ直ぐに突き進んでいく。

 アリスが駆け寄ったのはふわふわした髪の、高慢そうな女生徒だった。

 この娘がティアラをいじめていた奴か。

 アリスはその女生徒の胸倉をつかみ、持ち上げた。


「マリー。ティアラはどこですか? 答えてください」


「ぐっ……お、折れてるんです。もうちょっと丁寧に扱ってほしいですっ……ね」


 アリスに体を持ち上げられ、ぶらん。と垂れ下がるマリーの右腕。

 それに右足もおかしな方向に曲がっている。

 マリーの周囲は木材の破片が飛び散っており、丁寧に並べられていたであろう木製の椅子も、まるで爆発でも起きたかのように散らばっており悲惨な状況だ。

 俺はシャティアに目配せする。

 回復薬をいくつか持ってこさせたのは間違いではなかった。

 このマリーという女生徒の他にも負傷者が何人かいるみたいだな。シャティアに対応させる。

 アリスはマリーを鋭い視線で問い詰めていた。


「いったい何が?」

 

決闘デュエル……でしてよ。私の勝ちです」


「…………!!」


「ううっ……そんな目でみないでください。決闘に勝ち、勝負に負けました。最後まで、ティアラさんはあなたの助けを呼ばなかった。それどころか、10人の魔法使いから集中攻撃をうけてうめき声すらあげませんでしたわ。結局は私と他数名が、彼女のSクラスの魔法をうけこのありさまです。手加減されていました」


「どうして!! なんでティアラは私を……呼ばなかったの」


 胸倉をつかまれ、ゆさぶられたマリーは悲しそうな目をして天井をぼんやり見上げた。

 濃い化粧の瞳からは、涙の跡が残っていた。

 マリーは力なく呟く。


「そんなの、あなたが友達だからに決まってるじゃないですか。アリスさん……」


「くっ……ティアラをどこにやった? 教えて!!」


 必死にマリーを問い詰めるアリス。

 そんなアリスに対し、マリーは紋章の入った鍵を手渡した。

 折れていない左手でずっと握っていたようだ。


「これは……?」


「マーリーンの、【開かずの部屋】の研究室の鍵です。私達の決闘が終わったあと、ガリウス学長代理が気絶したティアラさんを引き摺ってどこかへ連れて行きました。あの目……ただごとではありません。この鍵で行けるのは、大講堂の地下。でも、さらにその地下へと繋がる扉が換気口にあります。そこはガリウスの秘密部屋です」


「どうして教えてくれるの? ティアラと私を嫌いだったんでしょ?」


「キュスターヴ家出身だって、たまには自らを律したいと思うんです。ガリウス先生の黒い噂は、多少なりとも感づいていました。でも、見てみぬふり。つまり私も同罪なのです。それに、……死んで欲しいほど嫌いではないのです。羨ましいですよ、あなたたち。……急いで!」


 マリーと他の生徒の治療をシャティアに任せる。

 俺は掃除用具から、もしもの時に用意していた黒のローブを取り出した。

 それを羽織り、アリスと顔を見合わせる。

 一緒に行かせてもらうぞ、アリス。

 嫌だと言われてもついていく。

 友達ができたお前を、もう二度と泣かせるわけにはいかないからな。

 シャティアには女生徒たちの治療を終えたら来るように言い、俺とアリスは大講堂の地下へと向かった。

 俺とアリスは風のように走る。

 友のために駆ける少女の真剣な眼差しは、真っ直ぐに大講堂を見据えていた。







 ――大講堂。地下、ガリウスの秘密部屋。


「目が覚めたかね?」


「……ううっ」


 ティアラの目が覚めると、男の声がした。

 眩い光が眼前に輝いていることに不快感を覚え、目を顰めてその先を見ようとする。

 いくつかの光源が束ねられ、こちらを照らしているようだ。

 まるで太陽が間近に据え付けられたようで熱い。

 やがて首だけは自由に動くことに気がつき、横に動かしてみる。

 黒いローブを着た、白い髭の老人の姿。

 目がくぼみ、まるで骸骨がローブを着ているような不気味な印象を抱く。


「……ガリウス先生ですの?」


「おはよう。帝国のアデウス公爵家、継承権にして15番目の公女……ティアラだったか? 君の家は結構な大物だね。ただ君自体にはさほどの価値はないと思われているだろうがな」


 ティアラは身体を動かそうとしてみるものの、ガチャガチャと音がするだけで全く動かせなかった。

 どうやら仰向けに寝かされ、両手足を鎖で縛り付けられているらしい。

 寝かされているのは石の作業台のようだ。


「大丈夫だ。茶番の決闘のあとは回復魔法を掛けておいたから、君の身体は綺麗なままだ」


「なん……ですの?」


 ふと、ティアラは気がつく。

 自分の身体が衣服を纏っていないことに。

 頭にカッと血が昇るような羞恥の気持ちを抱いたが、その一瞬後には凍りつくような恐怖がやってきた。

 まるで無防備に、自分のあられもない裸体が老人の前に晒されている。

 どうしよう……どうされるの?

 ティアラの意識がそれを理解し始めたのはぐいとガリウスに顎を掴まれたからであった。

 品定めする老人の視線が、ティアラの整った顔に向けられる。


「綺麗な骨格をしているぞ。まるで無駄がない……唇も、鼻も、瞳も適性がある」


「どういうつもり……ですの? あなたはこの学校の先生、ですのよ? こんな、生徒にこんなこと……」


「美しい鎖骨、胸骨、そして乳房……ほう、歳のわりには大きい。君、処女だろう? 処女はいい。神秘性が高いから完成度が高まる」


「ひっ……おねがい、やめて、ですの」


 ねっとりとした動きで。

 顎を掴んでいたガリウスの手が、ティアラの身体をまさぐる。

 素材の質を確かめるように、上から下へゆっくりと、ゆっくりと……。

 細い首をくすぐり、鎖骨に指をひっかけ。


「っは!? ……いやっ、やめ」


「逸材だよ」


 つぅ……と穢れなき肌を這い、しっとり汗ばむティアラは恐怖で呼吸すらままならなくなる。

 少女の豊満な乳房は老人のくたびれた手に押しのけられ、胸の真ん中でガリウスは手を止めた。


「魔力の量と質もずば抜けている。こんな生徒が今の特Sにいたとはな……」


「いやっ……やめて、ううっ」


 下へ、下へ。

 ガリウスの手はとうとうティアラの股関節の辺りへ到達した。

 その肌のすべらかさをむさぼるように、ふとももの内側を撫で回す。

 覚悟すら許されず蹂躙されるティアラは、唇を震えさせながら涙をこぼした。

 こういう行為は話に聞いている。知識もある。

 しかし今、それを学校の先生に、この場所でされるなんて……。

 気丈なティアラでも震える身体を止められなかった。

 しかしそこまででガリウスは手を止めた。


「残念だよ。素材としてかなり優秀だ。生憎、目的のモノは完成しているのでな。あとはあのうさぎを手に入れるだけ……君はうさぎを捕まえるための餌さ。 もう少し早く君がこの学校へ来ていれば、君の代わりに何人かは生きていたかもしれない。まぁ、『何人か』だが。君は、開かずの部屋の秘密を知りたいと言ったね? 兄を探していると」


「お、お兄様は一体どこなんですの……?」


「反対側を見てみたまえ」 

 


 ガリウスが指差すのは、彼が立つ場所の向かい側……つまりティアラが寝かされている石の台を挟んだ反対を指しているのだろう。

 ティアラはその指した方を振り向いてみる。


「…………あれは!?」


 それは巨大な構造物だった。

 こちらに大口を開け、金属製の鱗がいくつも身体に並んでいる。

 鱗の間を埋めるようにびっしりと金属の装甲板で覆われていて、口の中には巨大な歯車のような歯が。

 青い無機質な瞳はどこを見ているかわからず、命の反応がないように感じた。

 鉄板をいくつも組み合わせたような羽は、重厚すぎて飛ぶためのものとは思えない。


「……ドラゴン、ですの?」


「大正解だ。君は優秀だねティアラ。あれは機械龍ドラゴスレイブ。かつて魔術師たちが研鑽を重ね、それでも到達できなかった人工の龍……君が目の前にしているのはその完成形なのだよ!! 開かずの部屋とは、その再現のための研究室のことだったのだ」


「お兄様は? お兄様はどこですの……?」


「目の前にいるじゃないか。あの龍の構成原料1%。君の兄とやらは優秀だったから、そのぐらいじゃあないかな?」


「いやぁぁぁぁああああああ…………!!」 


 ――機械龍はティアラの悲鳴と嗚咽を浴びても、まったく微動だにしなかった。




 ――換気口の隠し扉。


 どうやら、やや遅れた登場だったらしい。

 石の台に縛り付けられているのは、裸の女の子。

 あの子がアリスの言っていたティアラという娘か。

 良かった。裸にされているが、なんとか無事のようだ。

 ガリウス……驚いた顔をしているが、覚悟をしてもらう。

 この部屋は明らかに異常だ。

 老人のクソみたいな趣味に付き合う道理はないからな。


「扉を破ってもいいでしょうか?」


「それは扉を破る前に言ってくれアリス。だがよくやった!」


 扉をぶち破った俺達は、狂った魔術師と対峙していた。

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