第22話 友達

「あたまがいたい……」


「のみすぎるからですよぉ。はいベルヌ様。お水ですぅ」


「すまないシャティア。助かる」


 冷たい水が喉に落ちていく……。気持ちいい。

 しっかり二日酔いになりました! こればかりは学習できません!

 シャティアに持ってきてもらった気つけ薬を使い意識をしゃんとさせ、詰め所へと向かう。

 今日はダンダリオスへと侵入し、アリスと合流せねばな。

 俺とシャティアは目的の服へと着替え、門へと向かう。

 詰め所には相変わらずおっさんのガルがいた。


「昨日は騒ぎがあったみたいですね」


「うーん……」


「ガルさん? いったいどうされました?」


「うーん……お前ら、昨日はあの後何してた?」


 守衛のガルは、ひどく難しい顔で俺に尋ねてきた。

 何か納得できないことでもあるのだろうか?


「すぐに寝ましたよ。鐘が鳴ったので起きましたが、解決したみたいで騒ぎが収まりましたよね? シャティアもそうだよな?」


「は、はぃい。私もずっと一緒に、ベルヌ様と寝ていましたぁ」


「その言い方はちょめちょめしてたみたいでなんかムカつくんだがな! しかし何だ。俺の給料10年分ぐらいの討伐報酬がポンと入っちまったもんで、なーんか腑に落ちなくてな」


 ワドルボア=ギガントの討伐報酬のことか。

 勿論、討伐した本人の収入になるのは当たり前だろう。

 その点は何も不自然なことはないと思うが?


「なーんか誰かが助けてくれた気がすんだよ。これはおっさんの勘だな。だから、報酬は守衛の装備を買いそろえる金に回すことにした! ホントは女でもかいてぇんだがな、ガハハ」


「…………そうですか」


 豪快に笑い飛ばすガルの顔は、何故だろう。とても頼もしく思えた。

 こういう人間に俺もいつかなれるのだろうか?

 幸運が舞い込んだとして、それを独占せず皆の為に使えるような。

 俺は長年生きてきて、そんな男になれているだろうか?

 きっとここの守衛たちはガルが上司で幸せだろうな。


「うわ! おまえ何ニヤニヤしてんだよー」


「してないですよ」


「俺の武勇伝聞くか? 剣を振ると勝手に猪が死ぬ話」


「嘘っぽいですね」


「マジだって!! どっかーんってさ……」


 ひとしきりの雑談を楽しんだ後、またすこしばかり難しい顔をするガル。


「問題を起こしてもこっちからじゃ助けられないからな。俺はあくまで斡旋しただけ。それ以上は絡めねえ」


「助かります。充分です」


「難しくなったもんだよ、ダンダリオスも。……がんばれよ少年!」


「俺もそう感じています。ありがとうございます」


 ガルに門を開けてもらい、正面から俺とシャティアは学校へと入り込んだ。


 俺達の身分は、清掃員。

 いわゆる雑用として再びダンダリオスの門をくぐる形となったが、これで晴れてマイアーを探せる。

 ただし、ガリウスに顔を知られているし清掃員にしては俺とシャティアの姿はすこし目立つ。

 さっさとアリスと合流して、目的を果たしてしまうべきか。

 清掃員の服は目立たないツナギのようなもので、新鮮だった。

 世界の汚れを無くしたい……【能力】がなかったこんな人生もあったかもしれないな。


「ベルヌ様。さっきのおじさん、飼うつもりはありませんかぁ? ベルヌ様と一緒にしておくと幸せになれる気が……」


 ちょっとシャティアが頭のおかしい事を言っている気がするけど、全然平気。

 全く問題なく学校の中へと侵入できたみたいだ。


 久しぶりの学校は、俺が通っていたころと全然違っていた。

 当たり前だ。創設期からは何百年経ったと思っている。

 黒のローブを着た学生など一人もおらず、皆破廉恥な制服を着た者達ばかり。

 ふわふわした髪型はなにか香りのするものをつけているのか?

 これは時代なのだろうか……。

 やれやれ、あんなスカートで箒に乗れるとでも思っているのだろうか?

 そう考えていると、横向きにして箒に乗る女教師の姿が。

 あれは34歳ぐらいだろうか?

 疲れた顔をしているが、なんかそれがエロい……。

 最近は教師までスカート型の服を着ているというのか。

 ぼーっと眺めていたら、シャティアが持ってきた清掃員用のモップがグサリと地面にめり込んだ。

 

「ベルヌ様も掃除してくださぁい」


「え……でも、これはただのフェイクで」


「掃除でぇす」


「はい……」


 掃除をしているふりをしながら、俺達は怪しい反応やマイアーの情報を探った。

 清掃員という立場を生かして、学内のあらゆる場所を探る。

 アリスから情報のあった『開かずの部屋』とやらも探ってみる。

 広い学内だ、なかなか手がかりはつかめない。もどかしいな。

 と、目の前にショートカットの可愛らしい女生徒が立っている。

 どうやらこの学校に通う生徒の一人のようだ。


「連絡先を交換してください!」


「……は?」


「あの……魔力の連絡先を交換してください!」


「俺、清掃員なんだけど?」


「ダメですか……わたし、立場とか気にしないです」

 

 最近は魔力の連絡先を交換するのか?

 赤くなった頬を掻いて、もじもじしている女生徒はいったいどうしたというのだろう。

 トイレなら先程清掃したぞ? 行ってくるがいい。


「はぁい掃除ですそうじぃ」


 シャティアに引っ張られながら俺は疑問を頭に浮かべていた。

 魔力の連絡先とは、召還契約のことを言っていたのだろうか?

 だったとしたらかなりの使い手だろうな……。

 シャティアがやけに機嫌が悪い。こんなことははじめてかもしれない。

 小脇に抱えられるようにして、俺は女生徒から離れた場所へと連れて行かれた。

 まあ、あまり生徒と関わるのは潜入している身でよくないからな。

 さすがシャティアだ。しっかり考えている。

 アリスからシャティアに魔力で通信が入っているらしかったので、夕方に合流することになった。

  

「アリスの連絡だと、この辺りなんですけどねぇ」


 ふむ、中庭か。

 俺の銅像がある……似ていない。

 黒のローブのはためき具合がなんともしょぼすぎる。

 それにこんなにゴツい男ではなかったぞ?

 まあ、何世代前の俺なんだという話なんだが。

 ああいう時期もあったということだ。若気の至りだな。


「ベルヌ様!」


「アリス……うぉっ!?」


 いきなり腰のあたりに衝撃があったのでおどろいた。


 アリスが俺の胸に飛び込んできたみたいだ。


 ぎゅっと細い腕で抱きつかれる。

 見上げるような瞳。相変わらずとても制服が似合っている。

 まるで何日も会っていないような感覚を覚えた。

 この中庭で、俺たちの到着を待っていてくれたんだな。

 可愛らしい制服が板についてきているな。

 誰にも負けない可憐さと美しさをもつ、まるで妖精のような女の子。

 クラスメイトにいたら恋の戦いが頻発しそうだな。戦争を終わらせたい俺にとっては頭痛の種だ。

 とまあ、久しぶりにアリスに会えた嬉しい気持ちを理屈くさい感覚で説明してみたりもする。

 なんか、むずむずするんだ。

 無事で良かったよ。本当に。

 俺はアリスの頭を撫で、嬉しそうに微笑む彼女の瞳をじっと見つめた。


「ベルヌ様お久しぶりです……ずっと会いたかった」


「俺もだ。短い間とはいえ、魔法使いの元へアリスを送り込んだのは後悔したよ。無事だったかい?」


「はい……そしてマイアーの居場所も掴めました。実習エリア北の、塔の上階です!」


「そこまで掴んだか。やったなアリス。なら、すぐに急襲しよう。そして紫水晶について吐かせようじゃないか」


 すると、アリスは浮かない顔をして唇を震わせる。

 冷たい水の中に沈み込んでしまったように、押し黙るアリス。

 こんな顔をするアリスは初めて見た。

 俺は驚いてしまった。いったいどうしたというのだろう?


「あの……ベルヌ様」


「どうしたんだ? なにか問題があったのか?」


「あの……」


 もじもじとして、アリスはそのまま動かなくなってしまう。

 すこし汗ばんでいる様子だった。

 何か重大な出来事があって、その決断を迫られている。

 そういう気配は感じることができた。


「言ってごらん。何を思ったんだい?」


「あの……マイアーを見つけました。またとない好機だと思いました。だから、追いかけました」


「うん」


「でも、あの、私、置いていきました。一人では駄目なのに、一人ではきっと負けてしまうのに……彼女は私になにも言わなかった。助けを求めなかった。だから、でも、私はマイアーを見つけたから……でもほんとは」


「落ち着いて、アリス。誰を置いていったの?」


「ティアラ、です……」


 涙を見せないアリスが、泣きそうな顔で俺を見上げていた。

 まるで自分の選んだ選択で運命の全てが狂ってしまったかのように、アリスは絶望しかけた表情を顔に貼り付けていた。

 俺はアリスの肩に手をおき、しっかりとその瞳を見据える。

 教えてくれ。

 アリス、君は一体何を俺に伝えたいんだ?


「その子に何か起きているかも知れないのかい?」


「……はい」


「マイアーが動いたから、アリスはそっちを優先した?」


「……はい」


 アリスは自分を断罪するかのように、唇を噛み締めながら瞳を潤ませる。

 俺が最重要のターゲットとして追っているマイアーを逃すまいと、アリスは最大限の努力をしたのだ。

 マイアーに感づかれぬように、力を使わないよういい含めたことをしっかり守り、任務を優先したのだ。

 その結果、誰か大事だと思う人を、危険なまま放置してきたのだろうか?

 ……アリスはしっかり、俺の指示を聞いたのだ。

 俺はアリスにゆっくりと尋ねた。



「その子は、アリスの友達かい?」


「……はいっ」



 アリスの瞳から、ぽたぽたと光が落ちる。

 ――妖精の涙。

 かつて高値で取引されたことから、泣くことすらやめてしまったアリス。

 頬をつたう光の筋は、友を想う少女の心から溢れた感情。

 美しく光輝いたその涙は地面に落ちると、宝石になって悲しみを閉じ込める。


 そうか、友達ができたんだね、アリス。


 俺はアリスの涙をやさしく拭った。

 アリスは震えてしまう身体を抑えつけるように、俺の手をぎゅっと握り返してきた。

 痛いほどわかる、後悔のきもち。

 俺も友達はいない。あのとき失ったから。

 しかしこの娘の友達は、きっと待っている。


「急ごうか。マイアーが逃げてしまう。折角アリスが情報をくれたんだ。またとない好機さ」


「はい。わかりました……マイアーの隠れた塔に……」


「いいや。先にアリスの友達を俺に紹介してくれ! 一緒に助けに行こう!」


「…………はいっ!!」か

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