第21話 酒の礼
ダンダリオス門前――守衛の詰め所。
アリスを見送ってしばらく、守衛の詰め所で、俺は守衛の男と二人っきりだった。
「にいちゃん、いい匂いだな……」
「そうだろう。これは特別なんだ」
「マジか、俺にくれよ……」
「タダでは困る。俺の特別なんだからな。……何をしてくれるんだ?」
「ええっ、にいちゃんも欲しがりだねぇ。そうだな、とっておきを出そうかぁ?」
「ほう。なかなかだな」
「ふえぇ……い、いったい何がおきてるですかぁ!?」
詰め所は休憩室もあり、テーブルやベッドまでありゆっくり休めるようになっている。
屈強な男たちはここで朝から晩まで交代で勤めに励んでいるのだ。
やっと到着したみたいだな。シャティア。
すまなかった無理を言って……どうしたんだろう、シャティアは何故か顔を真っ赤にして扉の影に隠れてこちらをのぞき込んでいる。
なんだ、中に入らないのか?
結局、顔を両手で覆いながらシャティアは詰め所へ入ってきた。
「シャティア。お弁当ありがとうな。美味しかったぞ。守衛の方と一緒に戴いたんだ。上等な酒をご馳走になってしまった」
「ふぇっ!? あ、あぁーそういうことですかぁ。私てっきり、ベルヌ様が男性のたくましき肉体と大変な蜜月になっているかとぉ」
「なにいってんだ、おおっ、でっけー姉ちゃん。しかもめちゃ美人じゃん」
守衛のおっちゃん……ガルという名らしいが、彼はシャティアにとっての地雷言語を踏んでしまった。
でかいとか、巨大とか、大きいとか、シャティアは気にしているのだ。
むう、と口を膨らませて不機嫌を露にするシャティア。
アリスのように行動を起こしはしないが、シャティアは繊細なのだ。
「羨ましいぜ! こんな美人すぎる彼女がいるなんて、俺ぁ嫉妬で狂いそうだぜ。料理もサイコーだしな!」
「そ、そうですかぁ!? 私、彼女に見えますかぁ。お話のわかる人間さんですねぇ。ところで、ベルヌ様のお体に興味はあるんですか?」
「は? 確かにこいつはいい身体だが、魔法試験には通らなかったみたいだぜ。だから仕事が欲しいとか急に言われて困ったけど、お前ら本当に出来るんだろうな?」
「ええ。道具を運んできたんですぅ。それより、ベルヌ様のお体をみてどう思われました? 中性的なお顔立ち……程よい筋肉のついた胸板とか、しなやかな腕とか足とか、長くて細い指とか。食べてみたいとか思いませんでした?」
「確かにいい身体だが……ってあんた一体俺になに言わせようとしてんだよっ!?」
あれ、あまり怒ってない?
むしろこんなに仲良く話すなんて意外だな。
いつも物静かなシャティアが饒舌なのがなんか怖い。
シャティアは気が利くことに【道具】と一緒に弁当の追加を持ってきてくれたようだ。
■シャティアのお弁当■
灼熱大根の煮物。
煉獄鋏ガニのスープ。
鉄トカゲ肉のサンド。
スターグレープの詰め合わせ。
干しおばけきゅうりのスライスチーズ。
他、多数。
「マジかよっ!?」
追加弁当を見た守衛のおっちゃんガルは、驚きの声をあげる。
俺もさっき食べたばっかりなのにまた涎が出てきてしまったじゃないか。
ガルは宝石箱のような弁当に目を輝かせてはしゃいだ。
「おいおい……この使われてる素材、高級素材ばっかりじゃねーか」
「そんなことないですよー。おばけきゅうりは簡単に採れるですぅ。皆さんで召し上がってください」
「よっしゃあー!! 非番の奴ら呼んで来い。宴じゃ!」
守衛の詰め所はどんちゃん騒ぎになってしまった。
まいったな、クールに潜入するつもりがまるで祭りのような騒ぎに……。
まあ、どちらにせよ夜も更けてきてしまった。
ガルに頼み込んで詰め所の隣の馬小屋の倉庫で一泊させてもらう手配をしたから、潜入は翌日の朝になるだろう。
ある程度、守衛たちの飲み会に付き合った俺とシャティアは馬小屋の倉庫へとやってきた。
…………心配だ。
とても心配になってきた。
アリス、上手くやっているだろうか?
今すぐ門なんかぶっ壊してマイアーを探し出し叩きのめしたほうがいいのではないだろうか?
いや、駄目だ。
騒ぎを起こしたら逃げられる可能性が高い。
俺の能力は万能だが、かゆいところに手が届かない。
距離を取られるとどうしても効果が薄くなる。
アリスには絶対に一人では敵に近づくなと言い含めているので、そこは大丈夫だ。
…………大丈夫だよな?
アリス、学校は初めてと言っていた。
今ごろ授業が終わって、寮に帰っているころか?
友達はできたのだろうか?
「大丈夫ですよぉ。アリスちゃんだって四天王なんですからぁ」
シャティアはそう言うが、あのアリスだ。
生徒を殺めたりしないだろうな!?
いや、それは流石に大丈夫か。
練習したとおりに自己紹介できただろうか?
頼むから平和に過ごしていてくれ……。
俺とシャティアは倉庫の中にスペースをつくり、仮眠をとることにした。
シャティアの身体が大きいので、俺が抱え込まれるような形になる。
大きくて柔らかい胸が……丁度顔の所に来ている。寝れるか!!
俺は壁に寄りかかって寝ることにしたのだった。
――カンカンカンカンカンカン!!
けたたましく鳴り響く半鐘で、俺は飛び起きる。
シャティアはすでに立ち上がり、巨大な金属製の棍棒を肩にかけ扉から差し込む闇夜をじっと眺めていた。
差し込む夜が長い青髪を照らし、無表情な瞳は俺の命令をただじっと待ち続ける。
――あとはご命令を下さい。それだけで私は全てを解決します。
シャティアの意思はわかったが、
「今回は俺が行く。シャティアはもしもの時、守衛たちを守ってくれ。恐らく凶暴化した魔物だろう? 違うか?」
「えぇ。数は一匹……大型猪魔物……Aクラス、です」
「流石はシャティアだな。ここから距離は?」
「242歩ですぅ」
遠い!!
確殺するにはもう少しだけ接近したほうがいいか。
俺は倉庫から夜の闇へと飛び出した。
――グモモ、グモモモ!!
「くそっ、学内の教師への連絡はまだかっ!? 俺達で食い止めるぞ!」
「無理です……深夜ですから、今すぐにというわけには」
「やらなきゃこいつが中に入るかもしれねーだろうが! 中にいんのは戦いを知らない生徒たちだぞ?」
「しかし、ガル隊長……魔法を使えぬ私達ではっ」
ガルと複数の守衛が、巨大な山の前で剣を構えていた。
否。
巨大な山に見えるのは、Aクラスの魔物、ワドルボア=ギガント。雑食の凶暴な猪型魔物だ。
元々凶悪な魔物だが、なにやら紫のオーラを放ちながら突進を繰り返してダンダリオスの壁面を破壊していたところを発見した。
あと複数回も突っ込まれれば突破され、敷地内に侵入されてしまうかもしれない。
分厚い城壁は巨人族の侵攻すら防いだ伝説もあるにも関わらず、この魔物はいともたやすく砕いてしまった。
長年守衛をしてきた彼らでも、今までには経験がなかったことであった。
「……最後の晩餐かい。やけにうまかったと思ったんだよなぁ」
ガルがぼんやりと呟いた。
守衛になる人材は、魔法の使えない冒険者あがり……もしくは騎士を除隊になったもの。
現役の時はまだしも、今はクラスにすればCがいいところだ。
ガルは思う。
本来はあやしい人物を弾く程度の、安給料の仕事だったはずなのに。
――別に暴れる魔物の討伐なんざ守衛の仕事じゃねえさ。
だがどうしてもガルは許せなかった。
目の前の化け物猪が、素通りしたとして、学校の中で無防備な生徒を殺したとしたら?
それで自分の命が助かったとしたら?
そして、自分の給料にその仕事は含まれていないと言い聞かせてまた生きていくとしたら?
「旨い飯が食えなくなるじゃねえか」
震える口元は笑っていた。
ガルは剣を地面に対し水平に構える。
全体重を掛けた刺突。
恐らくその一撃でガルの命は散るが、もしかしたら足の一本くらいは持っていけるかもしれない。
冥土の土産が猪の足一本とは笑えないが、それでいくらか侵攻を遅らせることができるなら。
全ての雑念を取り払い、ガルは山のような猪に向かって走り出した。
「うらああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「【
――ザシュッ!!
――グモモー!?!?
「は?」
――……ズシン。
暗闇に沈みこむ巨大な猪の魔物。
ガルの剣を受けたワドルボア=ギガントは、まるで糸が切れたようにして倒れこみ動かなくなる。
あっけない幕切れに呆けた顔をするガル。
ん?
これ、死んだ?
「隊長……すげぇぇぇぇぇぇぇえええええ!! Aクラスを一斬りってやべええええぇぇぇ!!」
「い、いや違えええぇぇ!! 俺じゃねえ!! 誤解だ! なんだこれ? どうなってんだおい!?」
俺は振り返り、倉庫への道を帰る。
100歩。この距離からなら、両断まではいかない。
終わったか。
どうやらシャティアの言った通り、魔物は一匹で間違いない。
後は守衛たちに任せて、俺はシャティアの待つ倉庫へ戻ろう。
……ねむい。
飲みすぎたか? うまい酒だった。
人間の身体はしっかりと眠りをとらないと頭が働かないように出来ているからな。
いい人間は好きだ。
彼らと酒を酌み交わすといい気分になる。
悪酔いしないうちに、眠りにつくとしよう。
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