第17話 孤独の令嬢
「あなた、ここに座りなさいな!」
教室中に通る、高らかな声だった。
アリスの自爆紹介によりシンと静まりかえる教室で、初めに声をあげたのは女だった。
金髪で、つんと尖った鼻で釣り目の少女。品定めするような視線をアリスに向けている。
細くしなやかな、白い手袋を嵌めた指が真っ直ぐ隣の席を指差している。
どうやら、その女性徒の隣は席が空いているようだ。
というか前後左右が空いている。
「アリスさんと言ったわね? ここに座るといいですの」
立ち上がったその少女も、アリスと同年齢……15歳か、16歳ぐらいの見た目の女の子。
しかしまるで貴族のような……いや、歌劇に出てくる貴族を衣装ごとつれてきたような黒フリルのドレス、白いタイツに上げ底のドレスシューズ。
芝居がかった態度は、見るものを圧倒させ黙らせる迫力をもつ。
……胸元の、その歳には相応しくない魅力をもってして。
「誰かしら?」
「ティアラ=テラート=アデウス。帝国アデウス公爵家の、いわゆる公女というものですの。知ってらして?」
「知らないわ」
「都合がいいわ。なら、お友達になりましょう?」
真っ直ぐにアリスの眼前へと差し出される手。
一寸の迷いもなくアリスの顔を直視する。そのティアラの視線に、逸らしたら負けだとばかりにアリスは微動だにせず見つめ返す。
そんな二人に見とれてしまっている一部男子生徒に代わって、女子生徒たちは囁きを始めた。
(……孤独の令嬢がまた何かたくらんでいるわ)
(アリスさん、あの捨て子様とご一緒するのかしら?)
(注意したほうがいいんじゃない? 共和国側に来たほうがいいって)
(いいんじゃない? 私、アリスさん気に入らないわ。だって……あの綺麗なお顔は反則だし)
(仲良くする相手を間違えるのは、よくあることだもんね。黙っておこう!)
突然見詰め合ってしまったアリスとティアラに、女教師はあたふたと取り繕おうとする。
「で、でもティアラさん、もう机は決まってますし……」
「いい。ここにします」
「ええっ……アリスさぁん……」
「よくってよ先生。アリスさんも私の隣を気いったとのことですので」
「…………私、これでも特Sの先生なんだけどなぁ」
こうして、アリスの座る場所はティアラの隣と決まった。
涙目になる女教師。
そういえば女教師の名前を聞いていなかった、と思い返すアリス。
……まあいいかともう一度ティアラに視線を戻す。
ティアラとやら、まだ微笑みながらこちらを見ている?
この女、紅蓮と呼ばれるこのアリスに喧嘩を売っているのだろうか?
絶対に負けないけれどね。
アリスは眉をくいっとあげる威嚇のイメージで、睨みつけるのであった。
「アリスさん? 私の顔になにかついてらっしゃって? それとも、私の美しさに見とれてらっしゃるのかしら?」
「いや……どうして髪にドリルがついているのかと思って」
「どりる!? 違いますっ!! これは縦に巻いた髪ですわよ無礼ですわね! ……ふう。お冗談を」
「触ってもいいですか?」
「駄目に決まってるでしょう!? 崩れるでしょうがっ!!」
「おー意外と柔らかいのですね」
「ああっ、命をかけたセットですのよー!!」
あの、授業を…………。
女教師(34歳)の夜の酒が増えることは確定した。
そしてクラス内の雰囲気も一変した。
どんなエリートのクラスでも、籠の中では鶏と同じ。
調和を乱す二人の美少女。
追い込みをかける対象が、一羽から二羽に増えただけのこと。
うるさい鳥と、可愛らしいうさぎ。
獲物が増えたことに、多くのタカたちは喜びを覚え、しかし狩人のようにそれを隠していた。
「ふぅ」
アリスは、用意していた教科書をいくつか教室へと運び込み、残りは寄宿舎へと送ってもらう。
広さにして横断するのに半日という敷地は、そのほとんどを実習につかうエリアによるものだ。
マイアーが潜んでいる場所は城などの建物がある学習エリアである可能性が高いが、学生という身分で潜入している限り授業には出ないといけないし一人で行動することをベルヌ様には禁じられている。
ベルヌ様が来るまで、一学生として違和感なく過ごさなければ。
アリスは肩がこる思いで中庭を歩く。また、ベルヌ様に調節してもらいたいな。
中庭には、ベルヌ様を模したといわれる銅像があった。
似てなかった。本物のほうが全然かっこいいんだから。
「見つけましたわよ」
「うわぁ……」
思わず嫌な声を出してしまいそうになったアリスは、辛うじて笑顔を貼り付け先ほどのドリルに対し向き直った。
「……嫌な声と態度と、あなたの思考が透けて見えるようですわ」
「ばれていましたか」
「すこしは隠してくださいな。そんなことより、あなた、【マーリーン】にご興味はなくて?」
「ありません。では」
「そうですの。では、ごきげんよう……ちょっとまつですの!!」
ティアラが首を振るたびドリルがぎゅるんぎゅるんと舞うので、アリスは関心しながらそれを目で追う。
おかげで話が全然入ってこないのである。
「あなたも魔法使いとして特Sに編入したのなら知っているでしょう? 最強の魔術師に与えられる【マーリーン】の称号、実はわたくし狙ってましてよ。初めて見たときにビビッときましたの。あなた、普通じゃないですわね?」
アリスはどきりとする。
まさか、この女、私の正体に気がついているのか?
「あの自己紹介……きっとお友達がいませんのね?」
余計なお世話よーっ!!
怒りに頬を膨らませたアリスは、ずんずんと寮のある場所まで歩いていこうとする。
通せんぼをするティアラに道を阻まれ、それを避けて通るアリス。
まるで終わりのない追いかけっこのような戦いに虚しさを感じ始める二人。
「はやく寮に行きたいのだけれど?」
「奇遇ですわね。私もあなたの寮までつきあいたいですの」
「変態ですか?」
「違いますの! 話がまだ終わってないですの!」
アリスは力を振るうわけにもいかず、ティアラの追跡をついにかわし切れなかった。
なんというしつこさ。
よほど話したいことがあるに違いない。アリスはティアラに向き直り、真顔でこう伝える。
「10文字でわかりやすく伝えてください」
「いきなりなんなんですの!?」
「残念です。11文字だったので終わりですね」
「ちょっと……待つですの!!」
ティアラに、偶然にも手を取られてしまうアリス。
それはすこしの油断であった。
アリスの細い指が、手袋を嵌めたティアラの両手に包み込まれる。
「お願いなのです。私と一緒に、【マーリーン】の称号のために協力してほしいのですわ」
「あなた……?」
深夜。
女子寮は小奇麗な家具の揃った、小部屋であった。
貴族の子女はまた別邸があるらしいが、アリスはそういう設定ではないので平民用の寮で寝泊りする。
ひとり部屋なのでプライバシーの確保は万全だ。
「ベルヌ様……」
女性に配慮された柔らかい布団に寝転び、アリスは学校での一日目を思い出していた。
「うわぁあぁぁ……お助けくださいベルヌ様ぁ」
枕に顔をうずめ、自己紹介の記憶を消去した。
……消去できなかった。
あれは皆が悪い。ワタシワルクナイ。
枕に叫びを吸収させながら、足をばたばた泳がせる。
いくらかすっきりした気がする。
そして、天井を向いたアリスはティアラに掴まれた右手を光にかざしぼんやりと眺めてみる。
「【マーリーン】のために協力してほしい、か……」
魔素の塊であるアリスは、触れた者の感情を読み取ってしまう。
手袋に遮られたとはいえ、あのときティアラから感じた感情は。
――悲しみ。
「ベルヌ様、私……」
アリスはゆっくりと目を閉じた。
睡眠の必要ない体であるアリスは、ぼんやりとした意識の中、朝までの時間をそのままの体勢で過ごす。
それがアリスにとっての睡眠であった。
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