第16話 アリスインワンダースクール
ダンダリオスの大門が閉じ。
――アリスは激怒していた。
あろうことか隣を歩くボケ老人はベルヌ様を馬鹿にし、捨て台詞まで吐き捨てた。
許せない、怒りが収まらない。
万死に値する罪です。
しかもしきりに背中に触れようとしてくる。じっくりねっとり殺してあげましょうか?
ガリウスはへらへらとアリスに対し笑ってみせる。
長い髭が自慢なのかしきりにいじる。そんなにご自慢ならもぎとって飾って差し上げても?
アリスは歩きながら、開けていたブラウスの胸元をピッタリ一番上まで閉じた。
隣のガリウスはひとりで語り続けている。
「とても可憐だ。君のような才能をこのダンダリオスは歓迎する。この学校は、100以上の教室があり、世界中の魔術の基礎を学べるほか……」
「…………」
「私が話しかけている。何か喋りたまえ。もしかして、私のような魔法の権威に対面し照れているのかい? 無理もないだろう。私の功績は偉大だからな」
「…………!」
あなたの功績どころか名前すら知りませんが?覚える気もありませんが?
アリスは眉をピクリとさせるだけで留まった。危ない。殴ってはいけない。
胸に手をあて深呼吸をする。
ふうう……我慢です。
絶対に我慢です。
なぜならばベルヌ様に、『頼む』と言われたから。
私は魔法学校に入学しにきた、世間知らずの女の子。
そういう設定で行けとベルヌ様には言われています。
ちょっと失礼です。私は学校に通ったことはないですが、世間については結構知っています。
伊達に四天王をやってはいませんよ、ベルヌ様。すこし過保護ぎみでは?
アリスはシャティア達にも「しっかりするですぅ」などと言い含められたことを思い出し、頬をぷうと膨らませた。
アリスを案内する老人たちは、怒りで頬に紅が差す美少女に心奪われていた。
何年も教鞭をとり、才能ある魔女も送り出したがこんな美しい娘は始めてだ。
是非自分のクラスへ来てくれと願うおじいさんたちであった。
やがてアリスは埃臭い小部屋に案内された。
小さな机がひとつと、小さな水晶がひとつ。
魔力を測る魔法道具、『計水晶』だ。
「ふふっ」
「ん? どうしたんだね。この水晶は魔力の精度を測るにはもってこいの魔法道具さ。けっこう値が張るんで、貧乏な魔法学校では持っていない。まあ、最高峰のここでは当たり前にあるが」
あまりにくだらない。
思わず笑ってしまったアリスであったが、その理由は計水晶の仕組みにある。
身体から湧き出る魔力の割合を計れるこの水晶だが、身体の100%が魔素で構成されるアリスにとっては無用の長物。
やるだけ無駄の行為なのだ。
だが、ベルヌ様を馬鹿にした罰だ。
アリスは指示されたとおりに計水晶に手を当てる。
「魔力をイメージして通すのだ」
「……こうでしょうか?」
「さあ、やってみたまえ」
「…………」
計水晶は100%の精度で魔力を通せる仕組みになっていない。
なぜなら人間で最高の魔力を持つものでも15%がやっとだからだ。
0から15を計る水晶に、いきなり100を通したらどうなるか。
大雨が降ったとき、堤防が決壊するよりもひどい結果となる。
――ボン!
「ああっ!? なんと、計水晶が……爆発しただと!?」
「あら、すみません。お高いものだったんでしょう?」
「たいへんだ! こんなことは初めてだ!」
「…………ほう、君は」
いい気味だ。
慌てふためく老魔法使いたち。
すこし胸がすっとしたアリスであったが、壊れた計水晶を見たガリウスが急に顔色を変えて部屋から退出したことが気になった。
ま、いいかあんなボケ老人。
アリスは一瞬でガリウスのことは忘れてしまった。
次の瞬間にはベルヌのことを考えていたのだ。例えば今度の夕食に何を作ってあげようとか。
よって手続きはガリウスの金魚のフンの魔法使い老人に引き継がれ行われた。
計水晶での結果、アリスのクラスが決定したようだ。
ダンダリオスではクラス配属制度があり、優秀ならばどれかに所属するらしい。
クラスに所属しない者もいるらしいが。
机にある書類に名前を書く。
「ファミリーネーム……?」
そんなものはない。
アリスは困惑してしまう。
どうしたものかとすこしの間悩んだアリスは、さらさらとペンを走らせた。
――アリス=ベルヌ。
「ああっ、なんでしょう。いけないことをしている気分です。ごめんなさいベルヌ様……」
色々と間違っていることに突っ込んでくれる人が近くにいない。
アリスの状況はまさにそれである。
「アリスさん」
「そんな……子供は三人がよろしいんですかベルヌ様? では、アリスがんばりますです」
「アリスさん? 書き終りましたか?」
「あっ。すみません。書きました」
アリスは老人に言われはっと我に帰る。
危なかったです。ちょっと幸せな家庭を築いていました。
涎がでそうになった顔を引き締め、老人の案内でアリスは学内を歩く。
まるで魔王の城にそっくりな古城を模したつくりだが、運動場のようなスペースもあり広い。
これだけの人数を収容するのだから当たり前か。
ベルヌ様の話では、生徒と教師を合わせて1000人はいるらしいから。アリですか? そんなに集まって。
うんざりするから半分以下にしたい気分だ。
ベルヌ様と出会ってなかったら、きっとこういう人が集まる場所なんかに行かなかっただろうな。
アリスは建物の配置をできるだけ記憶した。
入り口にあったのは詰め所のような場所で、授業は場内でやるらしいから。
やがて老人は、ひとつの教室の前へとアリスを案内した。
他の扉よりも豪華な装飾がされているのが気になる。
「ここが今日からあなたのクラスですアリスさん。ダンダリオスの特科、魔法使いの最高峰、特Sクラスです」
ガラリと扉が開かれ、椅子に座った生徒の視線が釘付けになる。
溜息の出そうになる空気ね。
マイアーを探すだけなんだから、こんなことをしなくても……。
でも、ベルヌ様はいい機会だから世間を学べとも。
うう、ちょっと馬鹿にされてる気がするのですが?
このぐらいの人間の相手なんて余裕なんですけど?
アリスはつかつかと教室の中に入り、教卓の前まで歩く。
自己紹介というものです。
これはベルヌ様とシャティアと一緒に練習したので全く問題ない。
アリスの姿を確認すると、教師らしきとんがり帽子の女が話し始めた。
アリスは眉をひそめて教師を睨みつける。
可憐だったので、教師は微笑まれたのかと勘違いをした。
アリスは思う。あなたちょっと、練習と違うのだけれど。
なんであなたが話してしまうの?
「思ったよりもずっと可愛らしい子ですね。ええと、先にお話しました、本日からこの教室で一緒に学ぶことになった……」
「先生はあなた?」
「え、あ、はい。私が特Sクラスを受け持つ魔法使いの」
「黙って! 練習ではあなたは私の席を教える役目よ」
「ええっ!? はい……」
アリスの剣幕にしんと静まりかえる教室内。
突き刺さるような視線がアリスに集中する。
ふん。と鼻を鳴らし、アリスは胸を張る。
あわてる先生とやらを押しのけ、教卓の前に立つ。
「アリス=ベルーヌよ。趣味はお料理。人と話すのがすきだから、みんな話しかけてくださりますよね?」
沈・黙……。
アリスは疑問に思った。
おかしい、返答がない。
普通、会話をするのだったら疑問には返答を返すべきでは?
どうしてこの場の有象無象たちは誰も何も話そうとしないのかしら?
「聞こえてるの? 皆、耳が眠っているのかしら? 話しかけてくださりますよね?」
返答がない。
なんだこの人間たちは、皆、愚かものなのだろうか?
実際は唖然としているだけなのだが、アリスにはそれがわからない。
あれ、練習と全く同じだったのに?
完璧だったはず……。
アリスは困り顔の女教師と、生徒達を交互に見回すもポカンと口を開けている。
やがて両手で顔を押さえて地団駄をふみ、掠れそうな声でこう叫んだ。
「もう! 馬鹿ばっかりですね! だから人間は嫌いです!?」
真っ赤に爆発してしまったアリス=ベルーヌの自己紹介は最悪だった。
アリスは、大勢の人前であがってしまっていたのだ。
四天王――【紅蓮】のアリス。絶望的に対人経験が少ない……。
アリスの恥辱とは裏腹に、特Sクラス内の意見は真っ二つに割れていた。
ひとつは、
――可愛い、女神ってる……。
という男子生徒の意見。
ふたつめは、
――……クソ
という
息をするだけで天使のようなぶりっ子だと勘違いされる程の美少女が魔法学校トップレベルの教室にやってきてしまったのは幸か不幸か。
(……おもしろいですの)
どちらの意見にも染まらずにアリスの姿を見つめる瞳がひとつだけあることに、このときのアリスはまだ気がついていなかった。
一方、学校関係者でも知るものは少ない、地下教室へと繋がる廊下。
魔法学校ダンダリオスへようこそ。やっと見つけたぞ、うさぎちゃん。
ガリウスが早足で何処かへ向かいほくそ笑んでいることにも、誰も気がついてはいない。
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