第15話 入学拒否
ダンダリオスの門前までやって来た。
過去にこの学校の設立に関わったとはいえ、増築や組織の改変が進み今の校舎はかなり巨大化していると聞く。
その証拠に城のような過度に装飾された門が目に入る。いつからこんな権威を飾るようになったのか。
学問は清貧に甘んずべき……まあ、そこまで強制するわけではないが、調子に乗っているのではないか?
「申し訳ないが、お前たちを通すわけにはいかない」
「な……!?」
まさかの出来事だ。
やや遠足気分でダンダリオスの門前までやってきていた俺とアリスは、守衛をしている男に止められた。
さすがの俺も驚いた。書類その他完璧に揃えた上での手続きだったからだ。
リリィ達が用意してくれた入学許可証を提示してみるも、上に掛け合うと言って待たされることになった。
キナ臭い雰囲気を感じ取り、アリスが身を固める。
面倒はやめてくれと俺が制し、アリスはもじもじと制服のスカートの裾を握った。
「似合っていますでしょうか?」
そっちか!?
門をぶっ壊すつもりなのかと思ったぞ。
アリスはじっと俺の顔色をうかがうように見上げてくる。
俺は目のやり場に困っている。
……いつからこの学校はこんな破廉恥な制服を着用するようになった?
アリスの格好だが、上は白の長袖ブラウスで胸のところに朱色のリボンがあしらわれている。
どうしてか胸元がなかなか大きく開いている。
閉めたほうが寒くなくてよくないか?
下だが、チェック柄のスカート……まるでまばゆい初雪のような肌の太ももを、隠そうともしないその丈の短さは問題だと思うのだが。
頭には大きな赤いリボンが一つ。猫耳隠しだな。
アリスのおなじみ、魔素を抑える白のローブは、学内では目立つので着用は避けるべきだろう。
そして俺が着用する男子生徒用の制服のやる気のなさはなんだ。
これじゃただの黒い布じゃないか。材質もひどい。
まあ、貴族など金持ちは制服の
昔など、魔法使いといえば黒のローブ一択だった。
いや、それは俺が黒のローブを身に着けて共和国と帝国の戦争に介入したとき、それで人気に火がついたからなのだが。
思い出すと枕に顔をうずめたくなる記憶だ。
これが今の若者なのか……。
俺は時代に取り残された感覚を味わいつつも、初めて制服を着て学校に通うだろうアリスに掛けてやる言葉を選ぶ。
俺だって一番最初は緊張したし、楽しみだったからな。
「とても似合っているぞアリス。まるで妖精のようだな。アリスならば学内でも誰にも負けない美しさで、恥をかくこともない」
「…………ベルヌ様、そんなことを言われたら本気にしてしまいます」
アリスはぎゅっと俺の黒い布端を握り、とても大人しくなってしまった。
もじもじとして、しおらく黙ってしまう。
どうしたのだろう。かける言葉を間違えたか?
首を捻っていると、どうやら守衛が戻ってきたようだ。
魔術師らしき黒のローブを着込んだ男たちを数名引き連れているみたいだな。
ああいう奴らもまだいるみたいだ。好感がもてる。
やっぱり魔法使いはローブを着なければな。
その中の一人、荘厳ないでたちの男が、髭をなでながら俺たちを品定めする。
深い眼窩が不気味な老人だと感じた。
「ふむ、入学希望者か。では、魔力の測定試験をしなければな」
「な……測定試験だと?」
ありえない。
俺達が持っているのは、入学を許可された書類一式だ。
つまり試験をクリアした者が持参し、あとは学内へと案内されるだけの全て整ったもの。
この男は、俺とアリスに対しここで改めて試験を受けろと言っているのか?
「私は学長代理のガリウスだ。最近は物騒なことが多いのでね、私が直々にこうして編入するものを見て、入学の判断を決めることにしている。一度通った試験だ。再び合格するのは簡単なことだろう?」
ガリウスの言い分はかなりめちゃくちゃだ。
本当だったら何年もかけて準備、勉強してダンダリオスの受験に挑むのだ。
それを再度やらされるなどたまったものではない。
まあ、俺達はズルをしたが。
「……いつからそんなやり方をするようになったのですか?」
「さあ? 君達に教える義理はない。どうした、受けるのか? 受けないのか? 私は忙しいんだ」
「誰だお前? それが魔法教育最高機関の方針か?」
「先程言っただろう? 学長代理のガリウスだ。君は一体何様だね? 私は学長代理をやっている。魔法使いの道を目指すなら、私の顔と名前、これまでの輝かしい功績を暗記してからこの場に立つべきだと思うのだがね。はっきり言って失礼だよ君」
変わったな、ダンダリオスも。
誇るのは功績ではなく、実力と努力だろう?
俺は寂しい気持ちになった。
アリスが拳を固めていたが、それだけは制止しておく。
「……でも、ベルヌ様っ!」
「いや、わかった。仕方がない。アリス……君に任せる」
「そんな……」
「アリスと一緒に来ていてよかった。まさかの事態が起きたみたいだね」
俺は、ガリウスとやらご立派な髭の魔術師の前に出る。
ふんぞりかえった髭もじゃめ。黒のローブを褒めたのは間違いだったな。
俺はあえてガリウスに対し丁寧に頭を下げる。
「すみません。俺は試験を辞退します」
「ほう。ここまでやってきて、魔力の測定試験を辞退するとは珍しい。一体どうした心変わりだね少年? 簡単な、魔力の質を測るだけのものなのだが」
「急用を思い出しました」
「……稀にいるのだよ。才能もないくせに違法な手段で入学しようとする輩が。君からはどうも魔法の力を感じない。魔力の足りないカスのような人材にこのダンダリオスの門を超えて欲しくはないものだな」
俺の『能力』は厳密に言えば魔法ではない。
そして、その副作用か俺は魔法を全く使えない。
ダンダリオス。以前は魔力のある無しなど関係せず教育していたのに、今はそうではないらしい。
測定試験とやらを受けると、俺の魔力がゼロだとバレてしまう。
それは絶対に表に出してはいけない情報だ。
この世界で魔力がゼロの人間など、俺以外にはありえないからだ。
多少はあれどこの世界の人間は魔力を持って生まれてくる。
つまり、ここで試験を受ければ俺に繋がる情報を残してしまう。
「このっ……! 何も知らないでベルヌ様を」
「アリス。頼む、奴を探すためだ。こらえろ」
「くっ……愚かな人間が、ゆるせない」
怒りを瞳に燃やすアリス。
しかしガリウスとやらの興味はすでに俺から、アリスの方に移ったらしく。
「こちらのご令嬢は一味違うらしい。試験の必要はないだろうが、一応確認のために受けて頂こうか。よろしいか?」
「ベルヌ様、どうすれば……」
不安げな瞳で俺を見つめるアリス。
大丈夫だ、このままでは終わらないさ。
「アリス、安心してくれ。何か手を探す。先に侵入し、やりやすいように学内を見てまわっておいてくれ」
「……はい。ベルヌ様、おまかせください」
アリスはそう言って俺に頭を深く下げ、スカートの端をくいとあげてみせる。
ガリウスと一緒に来ていたローブを着た老人達は、年甲斐もなくアリスの可憐な姿に見とれてしまったようであった。
そのままガリウスと共に門の中へと消えて行くアリスを俺は見送る。
まるで親の仇のようにガリウスを睨みながら歩くアリスに、ガリウスは不敵な笑みを投げかけながら背中に手を掛ける。
そして俺に向かって一言。
「資格が無いものは、ダンダリオスにはふさわしくないのだ」
嫌な捨て台詞を残しやがった。
……門が閉まる。
「詳しくは知らねえが、残念だったな。仕事なもんですまねえ。最近、変わったんだ。彼女さんは才能があるみたいで、ガリウス様に気に入られたみたいだな。ありゃ諦めな。住む世界が変わっちまったよ。俺たちは外の世界でたくましく生きるべきさ」
守衛の男が話しかけてきた。
最初の印象と違い、気さくな人物だったらしい。
肩にごつごつした手を置かれたので、俺はその手をとる。
「……仕事が欲しい」
「はぁ?」
「どうしても仕事が欲しい……」
「ひゃっ!? に、兄ちゃん顔がちけえよ……」
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