魔術師たちのワルツ

第14話 魔法の学校

 リガンド=沿岸諸国連合共和国。通称――共和国。




 共和国・帝国・法国の三国同盟中では一番の国土を誇り、広い自然を元にした農産物、沿岸諸国連盟の海産物が主な収益源である。

 温和な気候、温和な民族性、広大な平野が続くベルト平野や、流域面積だけで小国が五つほども入るとされるブルド川。

 平野に連なる都市は関税を廃し、通商も盛んであり共和国内なら税も安い。



 しかしながら共和国と聞かれて一番有名なものは、皆が首を揃えて魔法技術だと答えるだろう。

 魔術師といえば、共和国。

 魔法資源が少ないため、その知識分野の教育に力を入れる共和国は魔法使いの宝庫なのだ。

 



 魔石や触媒に恵まれなかった共和国は、長年魔力を利用した技術の発展に遅れをとっていた。

 かつて帝国は鉱山資源に恵まれ、戦闘用の魔法具や武器の開発に優れたため技術を独占して戦争を有利に運んでいた。

 人的資源や地の利に有利だった共和国と、技術に勝る帝国の戦争は長年にわたり疲弊し、人口の半数が消滅するに至る。

 しかしあるとき状況は変わる。


 


 ――【漆黒の魔法使い】


 彼が共和国と帝国の国境線上に、魔法学校【ダンダリオス】を設立したのだ。


 魔法技術を欲していた共和国からは資金と生徒が。

 共和国にちまちまと国境を侵されていた帝国からは、教師と資源が。

 これによりお互い、国境の一部不可侵の条約を結んだ。

 絶妙なバランスで成り立った、学問上の『停戦』は共和国に魔法の知識をもたらし、共和国からの輸入品で帝国における冬の厳しい飢えをいくらか解消させることになった。ひとつの戦争が終わったのだ。



 その後、才能と学費さえ支払えばどの国からでも入学できるようになった。

 しかしながら、勉強熱心な共和国の生徒が築いてきた【魔術師最強】マーリーンの称号は、一度も帝国の生徒には奪われたことはない。



 魔法学校ダンダリオスは中立地帯として現在も魔法使いの学問の頂として機能している。

 ここまでは、魔法の書入門の最初の一ページに書いてある内容。

 この本はいわゆる共和国の生徒向けの内容だな。

 しかしアリス。先程から鈴のような声で教科書を音読しているが、もしかして暗記でもするつもりなのだろうか?


「すごいですよ。ベルヌ様のことが教科書に載っています。漆黒の魔法使いは素晴らしき人物で、謎に包まれているがおそらく神級極大魔法まで使えたに違いないですって」


「アリス」


「漆黒の魔法使いは素晴らしき力を持ちながら争いを嫌い、国境を犯し再び戦争を始めようとする共和国と帝国の将兵たちを恐るべき神の雷のごとき魔法で蹴散らした。これぜーんぶベルヌ様の仕業ですもんね! ベルヌ様はすごいです!」


「うんアリス。恥ずかしい」


「ベルヌ様の銅像もあるみたいですね。楽しみです!」


「確かに学校の設立を働きかけたのは過去の俺だが、誇張されてるんだよ」


「ふふっ本当ですね。ベルヌ様の強さがに誇張されていてアリスは笑っちゃいました」


 謎なことを言いつつアリスは悪戯っぽく笑ってみせるが。

 全く、非常に困った事になったものだ。

 俺達は冒険者の立場を利用してログザを釣り、【聖剣】の力の謎に繋がりそうな奴の名前を得た。

 枢機卿マイアー=ウィンテル=バルザック。43歳。

 はぁ。この男の名を聞くと頭痛がしてくるのだが、エイン法国の最高権力、【教皇】を補佐する一番の政治執行者【枢機卿】を任されている奴だ。

 教皇を除けば、法国内では最高ランクの役人。かなりの大物だな。

 枢機卿など何人もいるものではない。居処はすぐに見つかるだろうとたかをくくった。面倒だったので例によって法国に直接乗り込んで拉致しようと試みたのだが、実行したフランツから入った連絡は「いませんぜ?」だった。

 思いのほか頭が切れるというか、最初からログザなどを使って冒険者を騙すあの方法がそこまで上手くいくとは考えていかなったのかもしれないな。


 エインの総本山、正教神殿にはマイアーにより休暇を取って学問に励みますとの申し出が提出されていて、奴の屋敷はもぬけの殻。

 家族はおろか使用人さえ一人として居やしない。

『【魔法学校【ダンダリオス】で魔法の真髄を学びます』。

 つまり、並の冒険者など門の前にすら到達できない、魔法の最高峰へと自ら飛び込む。賢い逃げ方だ。普通のやり方では追えなくなる。

 このまま事態を静観するつもりか? させるか。ログザが残した手がかりは逃がさん。

 普通ならば手続きと試験で半年はかかるところだぞ、ちくしょう。

 俺は乱暴に教科書を鞄に詰め込みながら苦い顔をする。見た目は若いとはいえ、幾つだと思っているんだ。この年で学校に通うことになるとはな。


「なにか不足がございましたでしょうか?」


 おっと、不機嫌だと思われてしまったみたいだ。

 目の前でおどおどしている男に礼を告げねば。


「助かった。礼は必ず」


「いえ。貴方様に協力できるならば、なんでもいたします……」


「……最近の生活はどうか?」


「あまりよくないです。でも、飢餓などで仲間が死ぬほどじゃないです。ベルヌ様のおかげです」


「もっといい生活をさせてやりたいのだが」


「何をおっしゃいますか! ベルヌ様のお陰でだいぶ暮らしやすくなったのです。本当なら、自分たちで何とかしなければいけないのに。ベルヌ様こそ、何かありましたらまたお声がけください。影ながら応援させていただきます……」


 男は丁寧に礼を述べて小屋を後にした。

 そう。ここは国境付近、共和国領の山小屋だ。

 四天王がらみでつてのあった人物に頼み、足りない部分はリリィとフランツの助けを借り準備を急がせた。

 国境付近は都市部より追い出された者が住む。

 必ずしも幸福とはいかなくとも、少しずつでも前へ進んでいきたいものだ。

 しかしながら、こんな辺鄙な場所までダンダリオスの制服と教科書を運んでくれて本当に助かった。

 あの協力者には、いずれきちんと謝礼をする必要があるな。

 山小屋から出て行く彼は、前に会ったときよりも顔色が良かった。


「あの、ベルヌ様」


「アリスか。準備は終わったか?」


「はい。あとは私の身体の……」


「そうか。今日がその日だったな」


 くいくいと服の裾を引っ張られた。

 何故か顔を赤らめて俺を見上げるアリス。

 この娘には本当に苦労をかけることになる。今回は特に、アリスには酷な内容になるかもしれない。

 俺はひょいとアリスの軽い身体を抱えると、一つしかないベッドへと運んでいった。




「んっ……ふっ」


「アリス……声がちょっと」


「はぁっ……そんな。だって、ベルヌ様が激しくするからです……」


「(こういうときどういう顔をすればいいかわからない)……。」



 ベッドには裸になったアリスが背を向けて寝転んでいる。

 そして、俺がその上から覆いかぶさっている。

 状況からしたら完全にアウトなのだが安心してほしい。これは必要なことなんだ。

 俺は目を瞑り、うつぶせになったアリスの身体を心の目で視る。


 アリスは今、いつも着用している白いローブ……魔素の暴走を防ぐ赤い紋様を刻んだローブを脱ぎ捨てた状態だ。


 肌は白い陶器よりも滑らかで、非の打ち所のない透明な脇の下、華奢で細い腕、白魚の指先まで芸術的だ。

 胸も歳相応にはボリュームがあり、柔らかく体重につぶされたわんでいる。

 肋骨がうっすらと存在感を主張し、ローブで分からなかった黒髪は腰まで伸び、微笑ましい主張をする小尻のあたりで止まる。

 そのやや下で待ち受けるのは、しなやかで長い黒尻尾。まるで別の生き物のように艶やかな毛並みをもつ。

 そう。上に戻りアリスの小柄な頭をみると、まるで生き物のように別々に動く逆三角の耳……いわゆる【猫耳】がちょこんと乗っている。

 まるで幻想の中から出てきた美少女、悪戯な猫の妖精だ。


 これらアリスの全身に俺が直に手を触れ、【調節】するのだ。




 ――なぜなら、アリスの身体は、魔素で出来ている。




 彼女には人間とは違い、寿命という概念がない。

 生物ですらない。

 この世界でたった一人だけの種族、【猫族妖精(キャットフェアリー)】とでも名前をつけようか。

 いや、それも正確には間違っている。

 あくまで純粋な魔素の塊の隣で、偶然にも命を落とした猫族の少女の姿を借りたもの。

 ただの魔素。エネルギー体だ。

 動いたり考えたりするはずのない存在が、なぜか人間の形をもち存在している。

 それが四天王、【紅蓮】のアリスの正体なのだ。


 アリスの身体は、時間が経つにつれすこしずつ【ズレ】が生じてくる。

 そのズレを俺の能力で【調節】してやれば、また問題なく存在を続けることができる。

 ズレが拡大すると、アリスは人間の姿として存在できなくなってしまうだろう。

 とはいっても、アリスの全ての魔素を使いつくすような魔法を使用しない限りは大丈夫だ。

 魔法学校【ダンダリオス】程度で学べる魔法技術では、アリスの魔素を使い尽くすことなど到底無理なのでそこは心配していない。

 ただ、過去にあったことの清算という意味では、アリスは魔術師たちとの因縁は深い。


「ん……っ」


 アリスはしっとりと額を汗で濡らし、潤んだ瞳を俺に向けながらくるりと仰向けにかわった。

 さすがに真正面から向き合うと、男として苦しくなってくる。

 俺はあわててタオルをアリスの身体にかける。


「ちょっとからかっただけです。ベルヌ様ったらすぐにお顔を赤くされるんですから」


「いや……女の子の裸なのでな」


「私を女の子と言ってくれるんですね……ふふっ。ありがとうございますベルヌ様。とても身体がすっきりしました。この宝石はもらっても?」


「ああ、調節したときに出る魔素の欠片か。毎回とってあるのか? 別にいいが、何の価値もないぞ?」


「いーんですよー。うふふ、嬉しいな! ベルヌ様ありがとう!」


 アリスは大事そうに調節の時に出る、魔素の欠片を宝石箱のような箱に入れて仕舞った。

 その時の調子で色がついたりするのは不思議だが、加工するのにもコストがかかるから大して価値のないものなんだが。

 今日は透明の魔素石だったようだな。

 嬉しそうに笑うアリスは、まるで祭りで宝石のおもちゃを買ってもらった子供みたいだな。

 喜びすぎだ。

 なんとなく頭を撫でたくなった。いつもフードで隠すので、猫の耳を見せるのは本当に珍しい。

 耳を出すのは俺との調整のときか、風呂のときぐらいじゃないのか?

 アリスの身体に風呂は必要ないらしいが、アリスは風呂が大好きだ。

 まったく不思議な娘だ。


「流石はベルヌ様です! 私をいつも完璧に治してくれます。大好きです!」


 きゃっきゃと笑い、尻尾を揺らしながら抱きついてくる。

 しかし他の人間がいるときの態度と違いすぎて驚くな……。


「さあ、準備は整った。ダンダリオスへと入学しよう。まあ目標マイアーを見つけたら捕らえて即座に出るんだが」


「ちょっと残念です。もうすこしこの小屋でゆっくりしたい気分でした」


「そんな時間はないぞアリス。マイアーは思ったより賢い。油断したら足元をすくわれる可能性がある」


「わかりました。ベルヌ様、ごいっしょいたします!」



 正式な制服に着替えた俺達は山小屋を出立する。

 魔法学校ダンダリオスへには正面から向かうことになるだろう。

 やれやれ、学校は嫌いだ。

 好きな者などいるのだろうか?

 横でスキップのような足取りのアリスを見ていると、微笑ましい気持ちにはなるのだが。

 転生して学校というものに何度も通った俺にとっては、毎度自己紹介を考えるのも大変なのだ。

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