第13話 狂気
「ぐううぁぁぁぁああああああああああぁぁぁっ!?!?」
城の隅々までに轟くように。
耳をつんざくような雄たけびが響いた。
「どうしたんすかクロード様!?」
「いかがなさいましたかクロード様?」
「クロード?」
慌てふためくは取り巻きの少女たちだ。
何日目かの魔王の城、大広間で。
魔王は結局見つからず、帰ってもこない。
目的をなくした勇者パーティは、昼夜もなく爛れた生活を送っていた。
帝国との約束は魔王の討伐。どこへ行ったかわからない敵を探すに探せず、戻るにも戻れない嫌な空気が皆に漂っている最中……。
急にクロードがこの世のものとは思えない叫びをあげたのだ。
皆は驚いて駆け寄るも、ただ事ではない雰囲気に誰もどうしたものかわからなかった。
頭を抑え、ものすごい形相で叫び声をあげるクロード。
ミカエラは心配そうに近寄ろうとするも、クロードは聖剣を抜いている。
危なくて近寄れたものではない。
「くそおおおぉっ! 誰だっ。僕の力をぶっ壊しやがったのはっ……ちくしょう、砕きやがったな僕の力を、ちからちからちからぁ!」
「クロード……」
「べぇぇるぅううう!! ベルの姿が見えるぞ。アイツ……小賢しい、僕に反抗する気かぁぁあああっ」
「ベルくんが……?」
ベルヌが紫水晶を破壊したため、クロードにその反動が戻ってきたのだ。
空中に向かって叫び声をあげるクロードは、なにもない場所に向かって聖剣を振り下ろしている。
まるで狂人のように誰かを斬りつけようと暴れるクロードは、剣を空ぶって地面へバタリと倒れこんだ。
ビクリと身体を震わせ、以降一切動かなくなる。
顔を見合わせたミカエラ達は、皆驚きを顔に貼り付けていた。
近づくも反応がない。
ヨランダはおそるおそるクロードの顔をのぞきこむ。
「……死んだんすかね? エマっちどう思うっすか?」
「いや、そうは思えないが。まるでけだもののような叫びだった……」
「…………」
「いや、ぼーっとしてる場合じゃないっすよ」
背後で震えるミカエラに対し、ヨランダは腕を引っ張りクロードの元へとつれていく。
「早く【最大回復魔法(リザレクション)】を掛けるっすよ。クロっちが可哀想っす」
「で、でも」
「でももへちまも言ってねーでさっさとするっすよ!! クロっちに死なれたらあたしは困るんすよ!?」
ヨランダの豪腕がミカエラの頭を掴む。
盾騎士の力で強化されたその怪力は、簡単に人間の骨を砕いてしまう。
恐るべき力に締め上げられ、ミカエラの頭蓋骨はミシミシと音をたてるかのようだった。
「おらっ! 早くするっすよ。間に合わなくなったらどーするんすか?」
「ううぅ……」
「わざとゆっくりしてるんじゃないっすよね? あんた殺すっすよ?」
「あうぅ」
ミカエラは涙目になり歯を食いしばった。
すごく痛い。離してヨランダ。
間に合わなくなっちゃえばいい。
ミカエラは心の中でそう考えてしまった。
聖女にあるまじき考えなのだろうか?
相手がクロードでも怪我人なら回復魔法を掛けてあげるべきなのだろうか。
だったとしたら、神様は本当に残酷だ。
ミカエラは【
「必要ないよ?」
「えっ?」
「すっきり。頭痛が治った! 聖剣ってすごいね! この程度なら屁でもないってさ」
「あ、あ……」
ミカエラとヨランダの目の前に、いつの間にか立ち上がったクロードがいた。
今の今まで苦しんで横になっていたはずなのに、どうやって?
目の前でずっと見ていたはずなのに、動いたのを見ていないはずなのに?
クロードはそんな二人の疑問など、どうでもいいといった様子でケロッとした顔をしている。
しかしヨランダがミカエラの頭を掴んでいるのを見て、みるみる顔色が変わる。
「ヨランダ。一体なにごとだい? いつからミカエラに暴力を振るうことを僕が許可したんだい?」
「ち、違うっすよ!? これはミカエラが回復魔法をクロっちに使わなかったから、仕方なくっす。仕方なかったんすよ!」
ヨランダはミカエラの頭を離し、必死に弁明を始める。
しかしクロードの目はそんなヨランダをすえた視線で見据える。
まるで答えは最初から決まっているかのように。
「おい。仕方ないだと? ふざけるな。ミカエラ、ごめんな守ってやれなくて……ヨランダ。君には罰が必要らしいね。聖剣を使った【あの罰】をしてあげよう」
「ひ、ひぃぃ……あれだけは、あれだけはやめてください!! 壊れてしまいます。お願いします。もう二度としませんから、どうかお願いしますぅ」
「それとクロード様と呼べ。何度言ったら覚えるんだ孤児院上がりの安女め」
「クロード様、お願いします……【あの罰】だけはぁ……」
頭を地面につけ、クロードの靴を舐め始めたヨランダは必死に許しを請う。
【あの罰】とやらをされたことのないミカエラだったが、想像するだけで吐き気を催した。
ヨランダの口調が変わってしまうほどの罰だ。きっとこの世のものとは思えない絶望なのだろう。
助けを懇願するヨランダの視線がミカエラに送られる。
捨てられる寸前になった子犬のような目。
「あ、あのクロード、私は大丈夫だから……」
「よし。ミカエラのために僕は覚悟を決めてヨランダを罰そう。いつもの三倍だ」
ヨランダの瞳は絶望に染まった。
クロードに、ミカエラがされたように頭を掴まれたヨランダ。
ヨランダは身長が高めで、重い装備を身につけているにも関わらず軽々と片手でクロードに引き摺られてしまう。
「ごめんなさいぃ!! クロード様ぁ!! 罰は嫌ですぅ!!」
「無理だね」
エマはすっかり怯えた表情で座り込み、ガタガタと震えている。【あの罰】を思い出しているのかもしれない。
「あ、そうだ!」
広間から消える前に立ち止まったクロードは、思い出したようにミカエラに対して告げた。
「ねえミカエラ。やっぱり僕を選んで正解さ。だってベルの奴、女を連れていたんだよ? フードをかぶった、白ローブの女。かなりの美少女だったねえ。馬鹿みたいにこっちを眺めていたみたいだから顔を覚えてやったよ。帝国に報告したらベルとその女を捜そう」
「えっ……」
クロードは紫水晶が砕けた瞬間のビジョンを認識していたのだ。
ミカエラは顔が凍りつく。
知らない。誰がベルくんの隣にいるの?
「ははは! ベルの奴、女と一緒に冒険者なんかやってるのか……のたれ死ねばいいものを!」
泣き叫ぶヨランダを引き摺り、奥の部屋へと消えて行くクロード。
しっかりと姿が見えなくなるまで確認していたミカエラは、クロードの言っていた不可解な言葉の意味を考えてみる。
全ては理解できなかったが、ミカエラにもわかる情報はいくつかあった。
――やっぱり魔王の正体はばれていない。
――ベルくんは無事なんだ。
――女の子と一緒にいるんだ。
――女の子と一緒にいるんだ。
――女の子と一緒に……。ベルくんの隣は私の場所なのに。
「あれ、どうして……あは、どうしてだろ。大事なとこ、そこじゃないのに……」
胸が痛い。
胸が苦しい。
な……んで?
はやく治さなきゃ……。
ミカエラはベルに習った回復魔法を自身に掛けてみる。
どうしてだろうか、痛みは引くことがなかった。
【聖女】の私でも無理なら、誰がこの痛みを止められるというのだろう。
あ、そうだ。とミカエラは思い出す。
クロードに使っていなかったから、あの魔法だってまだ使えるじゃない。
よかった。まだ魔力はたっぷり残っている。
【
【
【
…………。
……。
様子を見ていたエマは思わず声をかけた。
「お、おい。ミカエラやめろ。ダメージがないのに回復魔法など使って一体どうしたんだ!?」
「え? だって回復しないと。そうでしょエマ?」
「ミカエラ、お前……」
「白いローブの、女の子。白いローブの、女の子。白いローブの、女の子……」
自らの胸に魔法を掛け続けるミカエラは、エマの言葉が全く耳に届かず虚ろな表情のままだ。
……ふと気がついたエマは背筋に凍りつくような冷たさを感じた。
今、何回目の【
一日に一回使うと魔力をほぼ使い切ってしまう代わりに、四肢が欠損するレベルでの瀕死の傷を回復できる魔法。
ミカエラはまるで壊れた自動人形のように繰り返している。
穴の開いた場所を埋めるように自らの胸を光らせるミカエラ。
その光の渦はまるで天使の羽衣のように幻想的にミカエラを包み続けたのであった。
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