第10話 決意の杯ふたたび

「法国の記録官ログザ。法国が戦争に勝てないのは国力と人材の差です。それを絶望して利用されたのでしょう。驚くべき馬鹿でしたね。ベルヌ様がわざわざ出向く必要はなかったんじゃ? あれじゃ『能力』を使わなくても勝てましたよね?」


「ううむ……結果的にそうなったけど、来るまではどんな敵か不明だったからね。念には念を押してという考えさ。アリス、それより」


「わかりました。紫水晶を調べますね」


 ログザを撃破した俺たちは、気絶したアバンスとテーナを洞窟の外へと運ぶことにした。

 シャティアに頼み、二人を抱えて運んでもらう。


「はいです。よっこいしょっと」


 シャティアは軽々と肩に冒険者二名を抱え、来た道を引き返す。

 途中に魔物が複数存在するが、その状態でもシャティアにかなうものはいない。

 アリスには俺と共に紫水晶の元へと残ってもらった。


「これは……驚きました。魔素が感じられないですね」


「魔法の力が関係していない物質だというのか?」


「はい。魔素を必要としない仕組みで構築されています。エネルギーの流れはあるのでなんとも不思議です」


「アリスにわからないなら、魔法の類ではないことは確定だな」


 ログザは言っていた。

 おびき寄せられてきた冒険者の『絶望』を吸って力に変えるモノだと。

 ならば村の犠牲者や迷い込んだ冒険者はさながらこの紫水晶の餌ということか。

 ログザは大した力を持っていなかった。恐らく末端の給仕係なのだろう。

 こういった紫水晶のような存在が多数あると考えたほうがいいか?

 人の絶望を餌にする水晶など、悪趣味にも程がある。

 俺は紫水晶とやらに手の平をかざした。



「【砕けろ】。二度と使い物にならぬようにな」


 

 粉々に砕けとんだ紫水晶。

 最後の抵抗をするように、その水晶は妖しく紫の輝きを放ち妖気を放つ。

 気のせいかもしれないが、殺された村人や冒険者の怨念が解放された気がした。

 よかった。俺の『能力』はこの物質に通用するようだ。


「やりましたね。ベルヌ様!」


「ああ、これが一歩になるはずだ。ぬくぬくと待っているはずの枢機卿とやらには慌ててもらおう」



 ――自分だけの現実【ワールドマジック】


 俺の能力は天邪鬼だ。

 まず、自分自身には能力を掛けることができない。

 これが第一の前提。


 次に能力の自由度だ。

 【意思】を与えた物質や人物、スキル、魔法などを思い通りに強化できる。

 例えば、【太陽の熱を掌の上に】。

 こう願えば世界ですら溶けるほどの熱を発現することが出来る。

 ただし前途の通り、自分自身に能力を掛けられない。

 つまり太陽の熱を掌上に発現した場合、自身が命を落とす。

 身体を強化できないからだ。

 しかし剣の切れ味を変化させたり、人間の思考を変化させたり。

 武器の加護を強化したり言葉一つで調整できる。

 ただし一度に一つずつしか発動はできない。


 最後に一番重要なのが、俺から離れれば離れるほど効果が『薄まる』ということだ。

 例えば【石を太陽の温度に】。

 俺の掌の上なら太陽の熱だが、100歩離れれば大灼熱魔法程度、1000歩も離れれば焚き火レベルにまで効果が低下する。

 更に、能力向上のような付与効果を人に施したとしても俺から一定時間離れた場合それは解除されてしまう。

 これが俺がこの能力を『自分だけの現実』と呼ぶ理由でもある。


 所詮、自分だけを守るには無敵なだけの能力なのだ。


 俺から一歩でも離れれば、守るのは格段に難しくなる。

 現に俺は両親を幼いころに亡くした。

 俺の能力は数歩も離れれば簡単に及ばなくなる。

 近づかなければ守れない。

 けど、守りたいものから先に遠くへと旅立った。


 そしてクロードに全て奪われた。

 あの時クロードの【聖剣】は無敵のはずの【ワールドマジック】を拒否したのだ。


「なんだか、不謹慎ですが」


 アリスは砕けた紫水晶の飛び散る様を眺めながら。


「ちょっとだけ、綺麗です」


 なんとももの悲しい顔で微笑んでいた。

 








 ――【林檎の種】亭。



「どうしよう……崩れてないよね?」


 給仕嬢は気合を入れたメイクを整え、にぎわうホールへと繰り出す。

 今日は有名パーティ【ホワイトプラム】がこの店へとやってくるとの噂。

 リーダーのアバンスはメメントギルドの女性冒険者がパートナーにしたいランキング第三位のイケメンなのだ。

 給仕嬢である彼女的には、貴族ではなく一般の出身であることもアバンスはポイントが高い。

 いつもなら真ん中の目立つ場所に陣取るはずなのに、【ホワイトプラム】のメンバーは隠れるようにして端っこのテーブルで額を寄せ合っている様子だ。


「……とんでもない依頼だったな」

「ああ。闇を知っちまった気分だぜ」

「私達は、一体何をみてしまったのでしょうか?」


 なにを話しているんだろう?

 給仕嬢はクローバーフロッグのから揚げと、お化けきゅうりの酢の物を【ホワイトプラム】のテーブルに運ぶことになった。

 話しによると彼らはレッドアイウルフを討伐したらしい。

 それに新たなダンジョンも見つけたとか。

 凄すぎる。びっくり!

 それに比べて、一緒に行った銅等級の……なんといったかな、りべりおん?

 初心者の人たちは途中でどこかへ行ってしまったらしいの。

 そういうのってほんと迷惑だよね?

 【ホワイトプラム】。なんてすごい人たちなんだろう。報酬は私達のお給金の何年分かしら?

 思わず目がお金になりかけたので、サービスとして私がつくったちびかぼちゃのランタンチーズを勝手に追加する。

 これは作戦だ。アバンスさんに「これ、頼んでないけど?」→「私からのサービスです!」→「なんと優しい娘……好きだ!」となるためのね。ふふふ。

 い、いや困る。そんないきなり身体の関係だなんて。

 アバンスさんたら意外と……。


「君、それは僕たちの頼んだものかな?」


「あっ……ひゃい」


「ありがとう。……これは頼んでないけど?」


「こここれはちびきゃぼちゃのりゃんたっ……ううっ」


「面白い子だね。ありがとう。僕たちちょっと大事な話があるから、すこし……」


「はいっ!!」


 ちくしょーぅうう、噛んだっ!

 給仕嬢は真っ赤になった顔を銀のお盆で隠し、柱の影に隠れた。

 アバンスの様子を伺うためだ。

 他の同僚が「仕事しろよバカ」と思ったことは彼女には伝わってないみたいだ。


 給仕嬢の暴走などつゆ知らず。

 【ホワイトプラム】盾持ちの男は、酒をあおってゆっくりと語りだす。


「アバンス。俺たちはあの後、ウルフに襲撃されたんだ」


「【神殿】の外だな? 一体何があったんだ?」


「俺たちはレッドアイウルフに囲まれた。そうしたら、あの幼女が狼の前に立ちはだかったんだ」


「金髪の小さな可愛らしい子かい? 森の中での動きは良かったけど、どう見ても戦闘向けじゃなかったね」


「『戦闘』じゃなかった……。あの娘が無邪気に笑った瞬間、狼が砂に変わったんだ」


「……広いな、世界は」


 アバンスは杯に入った酒を見つめながら呟いた。

 圧倒的な存在を目の当たりにして、その出来事をどう飲み込むか。

 アバンスは自分に自信があった。

 いくら辺境の街だとはいえ、上から数えたほうが早い実力のパーティのリーダーをしている。

 今回のログザの依頼、自分たちだけで受けていたら確実に命を落としていた。

 【リベイク】と名乗ったパーティは討伐した魔物の素材を一切受け取らず、どこかへと消えてしまった。

 よって【ホワイトプラム】がシーラ村の一件を解決したことになり、報酬も全額こちらに入った。

 そして新たなダンジョンの発見という手柄ですら譲られてしまった。

 ベルヌはアバンスが意識を取り戻したときにはもういなかったのだ。

 礼すら告げられなかったことをアバンスは悔やんでいた。


「あの人たちは僕たちに、ログザや法国の裏切りを伝えて何をしたかったのだと思う?」


 アバンスは仲間に問う。

 おばけきゅうりの酢の物をぽりぽり食していた弓使い、テーナは呟いた。


「たぶん……立ち上がって欲しかったんじゃないかな?」


「立ち上がる?」


「うん。痺れ毒で意識を失う前にログザに言われて本当に悔しかったの。欲望丸出しの馬鹿……って。こっちは命がけで必死に冒険者をやっているのに。だから、騙されてばかりいないで戦えってこと」


 テーナはふと背中が気になり、顔を赤らめる。

 あれから背中に触れられた感触がやけに忘れられなく、困っていた。

 とても暖かい手だったのだ。

 年下だったのに。とテーナはきゅうりをものすごい勢いでかじる。


「なるほどね。僕も仕組みを見ておけと言われた。あの紫水晶とやらは本当に危ないモノだね、口外不要だよ。ただ、法国の噂はバラまくとしよう」


「悪くない、慎重にやろう。また【リベイク】の迷惑になりたくないものな」


「賛成よ」


「冒険者を舐めんなっての!」


 静かに頷きあう【ホワイトプラム】のメンバーたち。

 その瞳には明るい灯火が差し込んだように輝いている。

 灯台の光が指す方向に舵を切る船のように、パーティの心は一つだった。

 

「乾杯でもしようか?」


「何に?」


「まるで勇者様のようなベルヌ君に」


「違えねえ」




「「「乾杯!!!」」」

 


 ようやく生きた心地で食べる食事に、【ホワイトプラム】の面々は生気と笑顔を取り戻す。

 全員無事に戻れたパーティメンバーを眺めながら、アバンスは伝えられなかった台詞を空になったジョッキに向かって呟いていた。


「……本当にありがとう、ベルヌ君」

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