第9話 魔王の力〜ワールドマジック

 カヌの森というのは、魔物の潜む魔境である。

 それは魔物騒動の前からそうであったのだが、何が言いたいかといえば素人が一朝一夕で立ち入れる場所じゃないということだ。

 ここで生活するものたちでない限り、茂る森を迷わず案内することなど出来もするはずがなく。

 法国の都市で椅子を磨いているだけの人物が、嬉々としてまっすぐ【神殿】とやらに案内し始めるというのは異常なことだ。

 どうもこのログザという男はその辺りが愚からしい。

 予想外があってやや焦っているのか、冒険者ですら迷う森を迷わず貴様が案内できてどうする。

 口の上手さでなんとかごまかせているつもりだが、アバンスは直感的にこいつを怪しんでいるみたいだな。


「こちらだ。極秘の地図にはそう記されている……」


 ログザはそう指差すと、俺たち冒険者をその方向へと案内する。

 シーラ村からさらに森の奥へといざなう。

 後方で歩く俺へ、アバンスがやってきて不満を漏らす。


「ベルヌ君、どういうつもりだい? 君は只者じゃないとは思ったけど、この行動は理解に苦しむよ。あの男は信用できないと思うけどね?」


「だまって歩いてください足を踏みそうです」


 俺の代わりにアリスが答えてしまった。

 アバンスはアリスの顔色を伺いながらも、納得いかない様子だ。


「あ、アリスさん。でも気になるじゃないか。君達だけに行かせるのも僕としては放っておけないし、本当に【神殿】とやらがあるなら装備を整えてから行くほうがいいと思うんだ」


 アバンスの疑問には俺が答える。


「アバンスさん。あなたが正しいです」


「だったら……」


「だから、仕組みを見て帰ってください。今はそれだけ言っておきます」


 意外なほど早く到着した。

 神殿と言っていたからには装飾がされたものを想像していたのだが、洞窟が近いか。

 隆起した地面は最近できたものだとわかる。


 不思議な紫色の光を放ち、人を引き寄せるような怪しい雰囲気を持っていた。


「さぁ、ここが【神殿】だ。どうか調べてくれ。もしかしたら新たな発見があるかもしれないぞ?」


 ログザは人が変わったように饒舌に入り口まで案内し、中に俺たちを招き入れたいようであった。


 神殿の外に待機するメンバーと中に入るメンバーに分かれようと言ったアバンスの言葉に、隠れて舌打ちをするログザを俺は見逃さなかった。


「では、俺たち【リベイク】は俺、アリス、シャティアが中に入ります。【ホワイトプラム】からは……アバンスさんとあと一人でいかがですか?」


「わかった。ではテーナを連れて行こう。洞窟で【透視】が役に立つかもしれない」


 こうしてログザを先頭にして、神殿型のダンジョンとやらに足を踏み入れる。

 残った者たちには何かあったときに駆けつけられるように準備をお願いした。


 洞窟の中はまるで最近足を踏み入れた人間がいたかのような痕跡が残されていた。

 松明の跡や折れた剣。

 打ち捨てられた装備など、誰かが調査に入ったのは明確だ。

 しかしギルドにはこのダンジョンの報告は入ってなかった。

 ということは。

 入ったが、出ていない。

 事実から照らし合わせるとそういうことになる。


「ひっひっひっ。くっくっくっ…………」


 広い部屋に出たとき、ログザは急に立ち止まった。

 なにが可笑しいのか、笑いが止まらないといった様子で口元を押さえている。


「どうしたんだ?」


 アバンスが尋ねるも、ログザは定まらない視線で洞窟の天井を見ている。


 幾つもの『目』がそこにはぶら下がっていた。


「馬ぁー鹿。私はね、冒険者って大好きだ。馬鹿で間抜けで、単純なところがとっても操りやすくてねぇ」


「天井です! ひゃあぁっ、【ゾル・スパイダー】!?」


 ――ボタ、ボタ、ボタッ。


 テーナの声と共に天井から降ってきたのは禍々しい紋様が腹に刻まれた巨大な蜘蛛。

 クラスにしてA-は下らないとされる凶悪な痺れ毒を使う魔物である。

 巣に近づかなければ積極的には攻撃してこない、見た目からは想像できないほど温和な種なのだが。

 目の前の魔物はそうではないらしい。

 ひとかたまりになった俺たちは壁際に追い詰められる。

 ログザはそんな俺たちを見下すようにして眺めている。まるでゾル・スパイダーを手なずけているように思えるが。

 三匹のゾル・スパイダーに痺れ毒を吹きかけられ、俺たちは行動不能に陥る。

 呼吸はできるが筋肉は動かせない。


「すぐ殺すんじゃないぞ!! たっぷりと絶望を味あわせないといけないからな。まったく、レッドアイウルフで死んどけばいいものを。あ、残念なお知らせだけどな、外の仲間は今ごろ10匹以上のウルフに殺されてるからな。面倒をかけた罰に、手足を引き裂いてすこしずつ殺すように命令しておいたから喜べ! 田舎冒険者どもが小賢しい。エリートの私がなんで貴様らに面倒をかけられなければならんのだ!」


「きっ、貴様っ!! 最初からこのつもりで僕たちに依頼を……法国は一体何を考えているんだ!」


 アバンスは叫ぶも、ゾル・スパイダーの妖気に気圧される。

 けらけら笑ったログザは、馬鹿にしたように口角を上げた。


「んーやっぱ低学歴は馬鹿だなー。今から死んじゃうのに、その情報必要? ま、教えるか。私は慈悲深い。法国は金が無い。戦争をしたら負ける。なら、勇者様のお役に立てばいい。そうすれば勇者様の加護あって戦争に勝てる! これは正義の行いなのだ」


「正義……だと!?」


「そうだぞ。見ろ、あれが【紫水晶】さ。お前らのような欲望丸出しの馬鹿が死ぬ間際に発する絶望を吸って、勇者様がどんどん強くなるためのね。私は選ばれた使徒。勇者の使徒なのだよ」


 ログザは振りかぶって背後を指差す。

 そこには禍々しく光る巨大な水晶があった。

 紫水晶からはクロードの【聖剣】から感じた力と同等のものを感じる。

 なるほど、あの水晶が魔物を狂わせ、人間を無駄に襲わせている原因らしい。

 あのような下らないもののために沢山の運命が狂わされたというのか。

 アバンスは悔しそうに歯噛みしていた。

 アバンスとテーナは痺れ毒により意識を失う。

 このままでは全滅。

 そうだ。俺も悔しい。


 こんな愚か者に人間を殺されてしまって、本当に悔しい。


「お前もういいぞ」

 

「誰だ貴様、痺れ毒を食らってよく意識を持ってるな? Cクラスの駆け出し無能が私に口を利くなど……」


「シャティア!!」


 ――ガオン!

 俺がその名前を口にした瞬間、ログザが控えさせていた三匹のゾル・スパイダーがぺしゃんこに潰れた。

 巨大な金属製の棍棒を持った青髪の女……シャティアは、静かな怒りを顔に湛えてログザを睨みつける。

 アホ顔のログザ。シャティアの攻撃が見えてすらいなかったみたいだ。


「さて、答え合わせの時間だログザとやら」


「な……お前は何者だ。どうやってゾル・スパイダーを一撃で……」


「本当に頭が回らないんだな? 俺たちが何者だとかは理解しなくていい。教える義理もない。全てはお前のようなゴミをあぶりだすための作業だったんだよ。ちなみに外の皆は無事だし、お前ら法国は戦争できないぞ?」


「何故だっ!? どうして私が勇者の使徒だとわかった……いや、それよりも。戦争が止められると思っているのか? 愚かものめ!」


「勇者の使徒? 知らんぞそんな職業。無職の間違いだろう? 戦争は止めるさ。そのために【ホワイトプラム】をつれてきた。お前のようなクズの存在を冒険者たちに知らしめるためにな。人間を舐めるな。彼らは自分たちでそれを止められる」


「きひ、いひひぃ馬鹿だ。勇者様がそんなこと許すはずない。だって、魔王のせいで法国はこんなに戦争に勝てないんだからなぁ!」


「魔王のせいで戦争に勝てない?……だと?」


 ログザは目が血走り、言っていることが支離滅裂になっている。

 激怒しかけているアリスとシャティアだが、あとひとつだけこいつから情報を聞き出さなければならない。

 静かにログザに対し接近する。

 ログザは身体が膨張し、まるで筋肉の塊のような姿に変貌する。

 紫色に変色した顔はぎょろりと覗く目玉が不気味に蠢いている。


「私は勇者の使徒だぁ! 無敵なんだぁ!!」


「自分だけの世界――【ワールドマジック】発動。俺のマントは金剛石よりも【硬い】」


 ――ドガガガガガガッ!!


 ログザの拳が叩き込まれた瞬間、俺は察知する。

 これは確かにクロードと同じ類の力だと。

 しかし能力は天と地の差。

 芯のないログザの拳は、漆黒色のマントを一切揺るがすことすらできない。


「ば、馬鹿なぁああぁ!? 私の力は勇者様と同じ、勇者様の正義を守るための……」


「【答えろ】。貴様は誰に指示されてこのようなことをした?」


 ログザの頭を掴み揺さぶる。

 意識を強引に犯されたログザは、記憶を強制的に引き出され苦しんでいるようだ。


「す……枢機卿、マイアー」


「充分だ。【弾けろ】」


「ぎゃあぁあっ。お前は誰だっ……!?」


 ボンと音を立て、ログザの頭は爆弾のように吹き飛んだ。

 マントで降り注ぐ汚い肉塊を防ぎながら、俺はひとり呟く。




「魔王さ」

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