第8話 魔物の襲撃

 食事?を終えた俺達は、焚き火を囲みながら話を続けていた。

 とはいっても確認すべき話題は限られている。


「リリィ、フランツ。今日の動きは?」


「なかったのじゃ。ログザという男……まるで普通の人間じゃな。普通の極みじゃ。つまらなすぎて何度も寝てしまいそうになったのじゃ」


「リリィちゃんに同じく。あいつは法国の役人らしくマメに書簡をひっぱりだしてる所以外は、予想外の行動を一切しやがらねえ。シーラ村の全滅を見たときも、はいそうですかーって感じでお役所仕事だったぜ」


「うーむ。気配も並、力も持たないように見える。本当に法国が送り込んだ調査官だとでもいうのか? ……まさかな」


 今回の魔物騒動に対する法国の対応はおざなりだ。

 その割にメメントギルドに対し魔物討伐依頼を増やしている。

 まるで冒険者たちを森に引き込むようなやり口ではないだろうか?

 法国領内の異変に素早く気付くほどの人物がいたとしたら、あのような並の人物ではなく、もっと傑出した人物を送り込み問題の解決に当たらせるのではないか?


「引き続き『守って』やればいい。ボロを出すまでな」


「わかったのじゃ!」

「りょーかいっす」


 リリィとフランツは闇の中に消えた。

 俺とアリス、シャティアは仮眠をとるべく寝床に入る。

 今日はこれまで。明日に備えよう。



 翌日。

 シーラ村を出発した俺たちは、魔物が通ったであろうルートの探索を行うことにした。

 森の奥へと進む。

 半日も歩かないうちにソレは現れた。



 ――グアアアアアアアァッ!!



「【フォレストウルフ】か!?」


「いいえ。様子がおかしいので気をつけて! 皆さん陣形を組んで整えましょう」


 アバンスが叫び、俺は皆を後退させる。

 突如として藪から飛び出してきたのは、狼の姿をしたモンスターだった。

 大きさは成人男性二名ほどで、カヌの森で知られる【フォレストウルフ】よりも大きい。

 グリーンの美しい瞳が高値で取引されるCクラス魔物【フォレストウルフ】とは違い、真っ赤な瞳の狼だ。


「【レッドアイウルフ】だと……!? B+の魔物じゃないか! どうしてカヌの森なんかに!?」


 【ホワイトプラム】盾持ちの男が叫んだ。

 反応したレッドアイウルフがその男に一足飛びで駆け寄る。

 まるで風のような反応。

 盾持ちの男は尻餅をつき反応できずにいる。


 ――ギャウゥ!


「くっ……!」


 アバンスが割って入り、狼の牙を弾いた。

 シミターを構えた右腕が震えている。

 思ったよりも狼の牙の一撃が重かったようだ。


「馬鹿な……これほどの威力があるだと? B+の魔物だぞ? それより、どうしてこれほど攻撃的なんだ!?」


 アバンスの疑問はもっともだった。

 狼の魔物は非常に臆病で慎重だ。

 群れで行動することが基本で、狩りをして食物を得る。

 頭がいいので人間にはあまり近づかないのが基本なのだが。

 レッドアイウルフは、再びアバンスに飛びかかる。

 アバンスは剣でうけとめるも、巨体でのしかかられてしまう。

 弓使いが反応するが、矢は毛皮で弾かれた。

 魔法使いが詠唱を始めるが間に合わない。


 ――ギャルルルルゥ!


「こいつは別……か?」


 俺は短剣を取り出し構える。

 初心者用の取り回しがしやすい、軽い剣だ。


「ベルヌ君、離れたまえ! 君たちの手に負える相手ではない。この魔物はおかしい。A-の僕がB+のレッドアイウルフに押されるなんてっ……くっ」

 

「アバンスさん、離れてください」


 狼の背後からゆっくりと近づく。

 巨体をのしかかるようにアバンスに預けているため、こちらに気を回してはいない。

 そう、この場で一番強いのはアバンスだからだ。

 狼の判断は正しい。

 野生の勘に当てはめて考えればの話だが。


「駄目だベルヌ君! そんな剣じゃこの狼の毛皮に届かない……っ斬ることすらかなわないだろう。ランクが違うんだ、離れて……」


「こっちを向け、狼」


 レッドアイウルフは噛み砕こうとしていたアバンスのシミターを離し、ようやくこちらを向いた。

 唸り声をあげ、牙を覗かせ威嚇する。

 さぞおかしな感覚だろう。

 野生の勘では、貴様を呼び止めたのは取るに足らない村人レベルの存在だからな。


 ――グルルルル……。


 鼻をひくつかせ、俺の周囲を警戒しながら回る狼。

 怪しげな雰囲気を発したので、いきなり飛び込むのは躊躇したらしい。

 その赤い目と巨大な耳でもって俺を判断するつもりか?

 残念だが貴様が得ているのは、初級の冒険者が身に着ける装備の情報ぐらいだ。

 この剣はなんの変哲もない短剣で、街で飲み代よりも安く買える役立たず。

 俺の『能力』が発動しない限りは。


「この剣は【斬れる】。さあ、どこから飛び込んでくる?」


 ――ガアアアッ!!


 大口を開けた狼は狂ったように正面から俺に飛びかかってくる。

 その牙には村人のものなのか、衣服の繊維が引っかかっていた。

 貴様が村を襲った魔物か。

 なんのつもりで貴様は村人をいたずらに引き裂いた?

 答えられないか?

 自らの血肉にするためでもなく。

 遊びで殺したのだろう?

 子供や赤子まで殺しておいて、腹に納めぬなど驕りも甚だしい。

 狂った魔物に問答無用。


「シッ!」


 ――キャィンッ……。


 飛びかかったレッドアイウルフは、すれ違いざまに一閃。初心者用の剣で一撃を受けた。

 毛皮すら到達しないはずのなまくらは、ざっくりと腹をえぐり内臓にまで到達している。

 死に至る苦しみに、すっかり気力を奪われた狼は四足を震わせた。

 腹からはぼとぼと血を滴らせ、瞳はうつろに生を望む。


「村人はもっと苦しんだ」


 俺は人間の言葉で狼に呪詛を吐く。

 この魔物もある意味では被害者であると悟りながらも、俺は立つので精一杯の狼の耳元でそう囁いた。


「た、倒したというのか!? ベルヌ君、君はCクラスの冒険者だろう? B+の魔物であるレッドアイウルフを倒せるなんてありえな……」


「アバンスさん、油断は禁物です。偶然、腹の皮が薄い部分を斬りつけることができました。今がチャンスです。皆でかかれば【ホワイトプラム】の皆さんなら大した魔物じゃないはずです」


「き、君は一体……!? わかった。テーナ、目を狙うんだ。動きを完全に止めよう。手負いの獲物は怖い」


「わかった。【ホローポイント】……弓で目をつぶすわ」


 レッドアイウルフは囲まれ、慎重に討伐された。

 冒険者からすればかなりの獲物で、ギルドに持ち込めば莫大な報酬に沸き立つところなのだが。

 今日は誰も笑顔になる者はいなかった。

 この狼がシーラ村を襲ったことが判明したからだ。

 手早く解体し、素材を回収する。

 ギルドへの報告のため、仔細をまとめるアバンスと【ホワイトプラム】の面々。

 俺とアリスたちはすこし離れたところで、木陰に腰を下ろす。

 そこにリリィがやってきて、静かに呟いた。


「……動いたのじゃ」


 これまで大人しかった法国の記録官ログザが、アバンスの元へと行きなにやら掛け合っている様子だ。

 俺は立ち上がり、その話へと参加する。


「どうかされたのですか?」


「ああ、ベルヌ君。ログザ殿が言っているのだが、この先に未確認の神殿とやらの情報があるらしく……どうも法国の機密らしいのだが、これから調査してほしいとのことなのだ」


 アバンスは困惑していた。

 俺が近寄ってきたとわかると、ログザという男は面倒そうに説明をする。

 アバンスだけに話を通して、強引に進めたかったらしいが。


「法国の機密情報なのだが、神殿型のダンジョンの発生を確認したのだ。カヌの森の異常はそれが原因の可能性もある。どうか調査をお願いしたい」


「しかし、今回はシーラ村の安否確認が目的でダンジョンなんて依頼に含まれていない」


 アバンスは当然といった形で断る。

 依頼外の行動が増えればその分危険が加速度的に増す。

 この男は口数は多いが仲間思いらしい。


「報酬はもちろん倍額で上乗せする。元々この依頼も法国由来であろう? 金の心配はするな」


「しかし……」


「いいじゃないですか」


 俺の肯定に驚きの表情を見せたアバンス。

 したり顔をするログザの顔をぼんやり見つめながら、俺はこう続けた。


「お金もたくさん貰えるんでしょう? ならもう少しだけ先に行ってみましょうよ? ねえログザさん」

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