第7話 村の惨状
「きゃああああぁぁっ!?」
突如として悲鳴があがる。
【ホワイトプラム】の弓使いの女だった。
彼女は頭を抑えてその場でうずくまり、もどしてしまう。
しまった。注意をしておくべきだった。
【透視】のスキルを使用し村を覗いてしまったか。
恐らくだが建物の中はもっと異常な事態になっているのだろう。
彼女は優れたスキルを持っていたということだ。それが仇となった。
冒険者として慣れているはずの彼女が取り乱す。
それほどの惨状が村に広がっているということか。
「テーナ!? 一体なにがあったんだ!?」
「いやっ……うう、そんな……ああぁぁああぁっ!?」
「お、おい……」
「あああぁぁぁあっぁあぁ……あっ」
アバンスの呼びかけに返答がない。
一時的な【錯乱】状態。
落ち着いてから気つけ薬でも与えれば収まるだろうが……。
俺は急いで彼女の元へと行き、背中に手を当てる。
「【大丈夫】。……ですよね?」
「……ぁあ。は、はい。落ち着きました。ありがとうございます。一体何が……?」
「人の死を一度に数多く見すぎたのです。それもかなり残酷でしたから」
「私、取り乱したんですか……うぅ。助かりました。私の方が先輩なのに恥ずかしい」
「いえ」
テーナとやらは呼吸を整えると、再び立ち上がることが出来たようだ。
安心した俺は待っていたアリスとシャティアの元へと戻った。
「ベルヌ様、わざわざ能力使う必要ありました?」
「アリスは気づいていたのか」
「あの弓女、なーんかベルヌ様の方をじっとみている気がするんですけど。私達はベルヌ様のいいつけを守って能力を隠しているのに、なんだかズルイなー」
「悪かったよ、苦しそうだったから。それよりも、村の状況を確認しよう。もしかしたら生存者がいるかもしれない」
俺は希望的観測を口にした。
弓使いの反応を見る限り、俺の願いは聞き届けられそうにないだろうなと思いながらも。
村の境界は蹂躙され、柵の意味をなしていなかった。
村民は家屋に隠れ、それでも執拗に攻撃され殺されている。
逃げ出そうとしたものは背後から牙で切り裂かれ。
家屋の中に残ったものは探し出され息の根を止められた。
「許せないっ!! こんな、こんな仕打ち、絶対に許せない。おのれ魔王め、ここまでするというのか……僕は、僕は甘かった。魔物にだって一定のルールが通用すると考えていた。でも、魔王はそんなものですら壊すんだ」
アバンスは怒り狂っていた。
住民は自然の摂理で命を落としたのではない。
なぜなら一切の食害がなかったからだ。
つまり、ここを襲った魔物はただ住民を殺すために殺した。
それが愉悦のためか、何か別の目的があったのかはまだ釈然としないが。
アバンスは子供のように泣き喚き、住民の死んだ様を……目に焼き付ける。
それは俺たち依頼のあったパーティの仕事でもある。
彼なりの気持ちの落としどころを探しているように思えた。
「魔王が魔物を操っている……この噂は本当らしいな。本当に悪の権化だ。こんな残酷なことを平気でやってのけるなんて、魔王は地獄から這い出た虫のようなクズに違いない。絶対に仇はとる。勇者様が仇をとってくれるからな」
「ちがっ……」
「アリス!!」
怒りをぶつけるアバンスに対し、言い返そうとしたアリスを制止する。
アリスは瞳を潤ませ、不満を表情に浮かべた。
しかし俺が招いた物語の歪は、俺だけが受ければいい。
魔王はそういう存在なのだ。そう御話を造ったのだから。
「なあ、お前もそう思うだろ、ベルヌ君?」
アバンスにそう尋ねられた俺は。
「そうだな」
と短く答えた。
村の住民はやはり全滅だった。
聞いていた数よりも人数は少なかったが、村の境界より逃げ出た者もいただろう。
どこまで魔物がやる気だったのかは判断しかねるが、現場の状況から考えると生存者は絶望的。
生きて村から出た者も森の中で殺されている可能性が高い。
ちょうど日暮れも重なることから、村の風上に野営をすることに決まった。
各々テントを張り、火をおこす。
俺やアバンス、男衆は村の住民たちの墓をつくり弔いに。
女性陣は主に料理などを担当した。
「……さっきはありがとう」
「なんの話だ?」
出来上がった村人たちの墓の前で手を合わせていると、アバンスが声を掛けてきた。
アバンスは俺の隣にしゃがみ一緒に手を合わせる。
村の中はとても静かだった。
「テーナを落ち着かせてくれて助かったよ。……不思議だね。銅等級の冒険者にしては人の死に慣れている気がする。本当に駆け出しなのかい?」
「……すこし経験があっただけですよ」
「つらい思いをしたのかい?」
「いえ」
アバンスは短く答えた俺に複雑そうな顔で笑みを返し、土を払い立ち上がった。
「改めてよろしく頼むよ。【ホワイトプラム】リーダーのアバンスだ」
「ええ、よろしく。この分では危険な魔物が近くに潜んでいるかもしれない。気をつけましょう」
「勿論だ。彼らの無念が勝利へ導いてくれることを祈ろう」
軽く握手を交わし、野営地点へと戻る。
今日、シーラ村は消えたのだ。
住民達は皆この地に眠る。
野に咲いた花を一輪、供えてその場を後にした。
「今日は私がつくったんですよ。どうですかベルヌ様?」
「どうってアリス……これ、なに?」
錬金術の触媒というものがある。
俺は実物をみたことはないが、【柔らかい石】というものらしい。
木製の器に存在するそれは、もしやその錬金術の柔らかい石なのでは?
にごった半透明でぷるぷるしている。
そしてなんというか、獣臭がする。
さすがアリス。錬金術でもマスターしたのだろうか?
「ポトフですけれど?」
「ぽ……ぽとふ?」
ポトフという料理は固形ではなかった気が……。
期待をこめた目で俺の顔を見つめるアリスの顔は、まるで穢れなき乙女である。
そして他のメンバーは何故か視線を合わせてくれない。
フランツにいたっては気絶しているようだが大丈夫なのか?
味見……したのかな?
元から悪い顔色がさらに悪化している気が。
フランツ、お前もよくがんばるな。
「うむ、お腹が一杯になってきたようだ。アリスの料理はすごいな。つくっただけで相手の腹が膨れるぞ?」
「ええっ、そんな……ベルヌ様そんなに褒めないでください。私、これから毎日つくっちゃおうかなーなんて」
「ちょっ、毎日だと? それは……駄目だ」
「お、お気に召しませんでしたか?」
「違う。あまりアリスの味に慣れてしまうと、他の料理を食べられなくなってしまうのでね……(物理的に)」
「はうぅ、ありがたき幸せです。よろしかったら、あ、あーんしても?」
な、何だと?
俺は助けを求める顔でリリィの方を見る。
なんだその「無理じゃ」という顔は! もっと助ける努力をだな……。
シャティアなら助けてくれるはずだ。
というかシャティアの方が料理上手いんだから、今日だってシャティアが作ればよかったじゃないか。
「……だって、弓のひとに能力つかいましたからねぇ。背中触りましたもんねぇ」
シャティアはなんかボソボソ言ってて視線を合わせてくれない!
柔らかい石がスプーンで掬われた。
――グパァ。
いや待て、それポトフを掬った音?
凄く綺麗な笑顔で、アリスがスプーンを近づけてくる。
美しいなぁ。本当に巨大都市でもお目見えできないレベルで可愛いぞ。
街を歩くと男に声を掛けられて困るもんな。
アリスはあまり家事の才能はないけれど、可憐さで言えば世界で一番かもしれないな。
その証拠にほら、背中から羽が生えてる。
まるで天に住むという天使のような……。
そうか、アリスは天使だったか。
後光が見えるよアリス。
「息……してないのじゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます