第6話 予兆

 カヌの森は小さな村落の点在する、なんら変哲のない自然豊かな大森林である。

 魔物の存在はあるが、基本的にギルドの討伐対象とされるほどの獲物は出てこない。

 動物と同じように子を育て、命を育む程度のとるにたらない魔物たち。

 それらの評価が変わりつつあるのは最近の魔物騒動が起きてからだ。

 村がいくつか襲われ全滅させられ、森を抜ける道は封鎖させられた。

 着目すべきは魔物の異常な行動である。

 いくら知能に劣る魔物がいたとして、人間に対しそこまで攻撃的なのはおかしい。

 そもそもそんな魔物のいる近くに村はつくらないし、魔物の方も早々に討伐されて全滅するはずである。

 何か不可思議な事が起きている。

 誰もがそう感じていたが、付近のギルドが散発的な調査隊を送るに留まっていた。

 調査隊が帰ってこない。

 そういった場合も出てきている。


 変化というにはゆるやかな歪み。


 中央の安全圏にいる者では、現場の緊迫した様子は判断できないだろう。

 いつの時代も大勢を判断できる権力を持った者は、潮目を逃してから波に乗ったつもりになるものだ。

 それは俺にもあてはまるのだが、と自らを笑ってもみる……。


 偵察にしては大所帯。

 俺たちは冒険者その他総勢11人でカヌの森を突っ切っていた。

 目標は森の中にある、シーラ村。

 シーラ村から定期的にやってくる行商がぱったり来なくなり、ギルドも困惑しているとの事だ。

 白銀等級【ホワイトプラム】5人と銅等級【リベイク】5人の共同作戦ということになっている。

 それと法国からの記録官、ログザという男。

 ログザは役人らしいひょろりとした体型の男で、とても戦闘には参加出来そうにない。

 彼は魔物の被害を調査記録するために帯同するらしい。

 ログザは無口な男だった。リリィとフランツに守らせる。

 後方からやたら大きな声が聞こえる。


「いいかい、アリスと言ったね? 冒険者には個人に与えられた『ランク』とパーティに与えられた『等級』があるんだよ? 僕のランクはA-でかなりの実力を持っている。で、僕たちのパーティ【ホワイトプラム】は白銀等級のパーティさ。君達は……えと、【リベイク】だっけ? 銅等級だから、僕たちの二つ下だ。まあ魔法使いがパーティにいると実戦経験がなくても一番下の【真鍮】にはならないからそれを考えると君達の本来の実力は青銅等級ぐらいと考えたほうがいいよ? あ、初心者がわかりにくい部分だけど青銅は銅の下だからね? 何が言いたいかといえば、実戦じゃ油断したら命を失うから驕りは禁物さ」


「…………」


 うわ、めんどくさそう……。

 すこし遅れて同行するアリスは【ホワイトプラム】のリーダーに絡まれていた。

 この男、白銀の軽装鎧に、円形盾。シミター。灰色のマント。

 鎧が森で目立つ以外はまぁまぁの選択ではあるが。

 平均的男の身長。顎ぐらいに頭があるアリスは小柄でよく男に絡まれる。

 男というのは小さきものを守りたいという欲求があるのだろうか?

 リリィまでいくと流石に犯罪の香りがするのか、ガチな奴しか声を掛けないと本人は嘆いていた。

 とにかくこのリーダー、アバンスとかいう奴らしいが口が減らない奴だ。

 ギルドのある街、メメントより出立してからずっと喋り倒している。

 ローブのフードを深く被りなおしてやや離れるアリスに対し、アバンスはぐいぐいと接近して隣を歩くのだ。

 アバンスは得意げに誰でも知っている知識を披露する。

 その体力を戦闘が起きたときに取っておいてほしいものだと誰もが感じているだろう。

 

「アリス。君は確かランクCと言ってたね。大丈夫、安心したまえ、この僕【ホワイトプラム】リーダー、アバンスが恐ろしい魔物を君のために薙ぎたおそう。なにせ僕はA-の実力を持っているのだからね。君は知らないと思うけど、魔物と一対一になったときにはギルドの選定したこのランクが意味をもつんだ。つまり、ランクCの君はランクCの魔物と一対一で戦える……僕ならランクCは10000体出てきても余裕さ!」


「……こほん」


 アリスはすました顔で咳払いを一つ。

 これ以上はやめて。の意味だ。

 おいおい、アバンスよ。

 アリスの横顔をそんな惚けた顔で見つめているんじゃない。

 目の前にいる女は、お前が10000体出てきても倒せる。

 頼むからあまり不機嫌にさせないでくれ。


「……もし良かったら、アリス。【ホワイトプラム】に来ないかい? いつでも大歓迎だよ? なんだか君たちのリーダーは怪しい出で立ちをしているし、腕も細いしあんな女みたいな顔じゃ魔物を倒せないよ。だから今回も僕たちに共同の依頼をもちかけて来たんだろう? 僕たちはメメントのギルドじゃ実力派で通っているからね」


「……ふぅ!」

 

 アリスは足元がもつれたと見せかけて、アバンスに強烈な一撃。

 足を踏まれたアバンスは短く「ひっ!?」と悲鳴を口にしたが、パーティメンバーの手前なんでもなかったかのように装ったようだ。


「あら、ごめんあそばせ」


「だっ、大丈夫さっ……くっ、すこしだけ先に行っててもらってもいいかな?」


「ええ。喜んで」


 足を引き摺りながら隊列から遅れたアバンス。

 回復薬を持っていればいいが……まあ自業自得だろう。

 奴の実力でアリスを引き抜くなど片腹痛い。

 アリスはてとてと走って俺の元へとやって来た。


「ベルヌ様、許可をいただけませんか?」


「なんのだ?」


「うるさい人間をひとりこの世から消す許可です」


「頼む、我慢してくれ」


 にっこり笑った少女の笑顔。どこまで本気かは俺にもわからないのである。

 するとおとなしく隣を歩いていたシャティアは俺に対して尋ねてきた。

 

「ベルヌ様、でもどうして、わざわざあの人たちをつれていくのですかぁ?」


「……必要になるかもしれないからな」


 やっぱりシャティアは鋭いな。

 そもそも単純な偵察だったら俺たちだけで単独行動すれば楽に終わる。

 そういう話ではないのだ。


「えー捨てましょうよーポイっと」


「アリス。まだ根にもっているのか? もう許してやればいい。あいつは多分お前のことが好きだぞ?」


「うえー。最悪な気分です。ベルヌ様、責任とってくださりますか?」


「すまなかったアリス。どうすればいい?」


「えっ……それはえっと、どうしましょうかシャティア?」


「わ、私に振りますかぁ!?」


 パーティメンバーとの会話……そういえばあいつらともこうやって。

 馬鹿だ。まだ俺は勇者パーティの記憶を忘れていないのか。

 笑顔のアリスとシャティアを見ていると不思議な気分になる。

 四天王の皆とは基本的に必要なときに顔を合わせるといった形をとっていた。

 お互いにあまり干渉しない主義……聞こえがいいが俺に合わせてもらっただけだな。

 この子たちに孤独を強要していたのは俺なのかもしれない。

 こうして一緒に冒険者としての依頼を受けるなどとは思いもしなかった。


 そうこうしている間に、目的地の一つであるシーラ村付近に到着した。

 100人規模の狩猟を糧にする家族的な村だと聞いているが。

 カヌの森はこうした部族のような生活をおくる住民が多い。採れた獲物をギルドに持ち込んだり、ギルドに登録している冒険者の案内役を買って出る住民もいる。

 

「……皆さん、気を引き締めてください」


 先を歩いていた俺は、後方の皆に告げた。

 のほほんとした奴らかと侮っていたが、流石は白銀等級か。

 俺の声色で事態の深刻さ気付き、各自耳を澄まし感覚を研ぎ澄ます。

 それでいい。これから目にするものはあまりに毒だ。

 気を張っていないと心を蝕まれるだろう。


「……ベルヌ様、これは一体?」


「俺にもわからない。アリス、俺は悲しい。こんなもの見たくはなかった……」


 むせかえる血の臭い。

 散乱する身体の一部。

 逃げようとした子供、赤子まで……。

 村にあったのは、ただただむごたらしく殺された村人たち。

 何の罪もない村人たちが、苦悶の表情を浮かべたままその命を散らしていた。

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