聖女のパッション

第11話 雨

 勇者ベルがパーティを抜け、クロードが新たな勇者と代わり。

 一ヶ月が経過しようとしていた。

 破竹の勢いで進軍する勇者パーティは、魔王の城まで一歩手前まで迫っている。

 だが、一向に四天王や魔王の影はみえなかった。

 しかし日に日に魔物たちの凶暴性は増しているように思える。


 輝くような金色の長髪を、木に預けるようにして寄りかかる美しい娘がいた。

 ミカエラである。





「うっ、ううっ……えぐ、えっぐ…………」


「……何泣いてるんすか? あんたに泣く権利なんてないでしょミカっち。超絶ギルティなのはあんただけっすよ? だってあたしとエマっちはベルっちと婚約してないしー」


「ご、ごめんなさい。泣いてなんかないよ? ちょっと疲れたかなって……」


「教えちゃうっすよ、クロっちに?」


「泣いてない! 泣いてないからヨランダっ! お願い、クロードには言わないで!」


「うざいっすね。ミカっち嫌いっすわ。クロっちはミカっちに執心のようっすけど、正直あんた最低っすよ? 誰のための涙なんすか?」


 ヨランダはそう言ってクロードの元へと帰っていった。

 最近、ぼんやりと空を見ることが多くなった気がする。

 曇り空は嫌いなのに。

 弱い姿をヨランダに見られてしまったみたい。

 駄目だ私、しっかりしないと皆に嫌われちゃう。

 ヨランダもエマも元々戦う力がある人なんだから、ひ弱な私はしっかりしないと。




 ミカエラは涙を拭って、一ヶ月前を思い出す。




 村での宴の夜、私達はベルくんをパーティから追い出した。

 村の皆には次の日に発覚して、ちょっとした騒ぎになった。

 でも、クロードとクロードのお父さんが上手く立ち回ったみたいでなんとか大問題にはならなかったみたい。

 あることないこと言って、ベルくんを悪者にした。

 村の人も、街の人も。誰もが半信半疑だった。

 だけどクロードの【聖剣】の力があったから、最後はみんな信じてしまったみたい。



 クロードが私と結婚すると宣言したときの村の人の顔は一生忘れないと思う。


 あの顔は祝福じゃなかった。


 私に対する侮蔑の表情だった。


 股のゆるい女。裏切り者。なにが聖女だ? 売女の間違いだろ?


 村人の声が聞こえてきそうだった。

 いえ、聞こえていた。

 聖女になると魔力との親和性が増し心の声に敏感になる。

 だから皆の声は聞こえていた。


 クロードは前々から帝国に根回ししていたらしく、貴族の身分を貰えるかもしれないといっていた。

 そんなものに何の価値が?

 なんて言えなかった。

 だってもう私には村に戻る場所はない。

 クロードの話を聞いたパパとママは、信じられないものを見た顔をしていた。

 その後すぐに村から出て行ったみたい。私に何も言わず、何の書き置きすら残さず……。

 パパとママはベルくんのことが大好きで、気に入ってたから。

 ココ村にはもう戻れない。


 このままクロードのお嫁さんになったら、私も帝国の貴族になれるのかな?

 ベルくんの頃は自由な後ろ盾で動いていた勇者だったけど、クロードは一つの国の指示で動くことに抵抗はないみたい。

 たとえ帝国が他の国に対する威厳を示すために勇者という立場を利用しようとも。


「はやく雨、降らないかな……」


 




「僕は君のことが好きなんだ」


 クロードには幼い頃に告白された。


 でも、私はベルくんが好きだった。

 好きで好きでたまらなかった。

 引っ込み事案な私を、後ろから支えてくれる所。

 でも、がつがつと入り込んではこないところ。

 どこかもの悲しい雰囲気があるところ。

 全ての悲しみを背負ったような雰囲気があるところ。

 気がつけばいつもベルくんを目で追っていた。


 だけどいつも言えなかった。恥ずかしくて。

 村のやんちゃな男の子にいじめられたら、いつも助けてくれた。

 ベルくんが助けてくれるなら、何度いじめられてもいいとさえ思った。

 だから星が降る夜、あの丘で私はベルくんに勇気を出して告白した。

 一緒にいたクロードにはその時、断りの意味も込めていた。

 ベルくんは嬉しそうな顔をしていたけど、どこか寂しそうな目をして星を眺めていた。


 ――いつか私が、心からこの男の子を笑わせてみせる。


 その時、絶対にこの人と一緒になりたいと誓ったんだっけ。


 だから勇者のパーティに選ばれたときはとても嬉しかった。

 その日は全然眠れなくて、次の日も眠れなくて体調を崩したのは内緒だった。

 だってベルくんが勇者で、私が聖女に選ばれるなんて思ってもみなかった。

 まるで運命の奇跡だと舞い上がったよ。

 だけどクロードも賢者に選ばれていた。

 私はすこしだけ不安に感じていたんだ。

 クロードのねっとりした視線に気がついていたから。


 冒険の日々は本当に楽しかった。

 私が足を引っ張ることが多かったけど、辛かったけどベルくんと一緒に魔法の練習をすればすぐに上達するし平気だった。


 一年目で我慢できなくなってまた告白した。駄目で元々だった。

 駄目じゃなかった!


 嬉しくて飛びはねてしまった。本当は魔王なんかどうでもよくて、ベルくんと家を建ててそこで暮らしたい気分だった。

 悪い女だった。ベルくんを独占して、自分だけを見てもらいたかった。

 ヨランダとエマがパーティに入ったときは本当に嫉妬したんだ。

 だけどベルくんは世界のことを考えていた。私はそんなベルくんが大好きだ。

 だって、他人のことまで考えられる人なんてなかなかいないでしょ?

 アピールじゃなく、本心でそれを考えているのが伝わるからベルくんは本当に優しかった。

 三年も一緒に旅して、ベルくんは全然手を出してこなかったんだけれど……それは魔法の負担がある私の身体を案じての事だったらしい。

 しっかりしすぎるのも困るなぁと思ったりもした。はしたないかな?

 ベルくんの優しい気持ちが嬉しかった。


 うれしかったなぁ……。

 



「ミカエラ見てごらん。これは聖剣さ」


 宴のすこし前。

 ある時、宿屋でクロードの部屋に呼び出された私は、とある剣を見せられた。

 黄金の装飾がされた、不思議な魔力……いや、魔法の力じゃなく、もっと別な力を持つ剣だと感じた。

 剣を見せびらかすようにしたクロードは、私に向かってこう言った。


「この剣を持つ僕こそ、本当の勇者だ」


 なにを馬鹿なことを……。

 私はその場を後にしようとした。

 クロードとお話するより、ベルくんと一緒に過ごすほうが断然たのしい。

 一緒にいたいよ、ベルくん。

 私は無用心だったのだと思う。

 あのときの私を、殺してしまいたいの。


「きゃっ!?」


「やあ、ミカエラ。僕のベッドへようこそ」


 私は動いていなかった。

 なのにクロードのベッドに入っていた。

 隣にはクロードが座っていて、私をねっとりした視線で見下ろしていた。

 その時初めて気付いてしまった。

 クロードが隠していた深い深い絶望の感情に。

 彼が得てしまった理不尽なほどの能力に。

 私に向けられた邪な欲望に。


「い、いやっ……!」


 もちろん私はベッドから逃げ出した。

 でも、どうしてもクロードの部屋の扉へとたどり着くことができない。

 はやくベルくんにあいたいのに。

 ベルくんと一緒に魔法の練習をしたいのに。


 クロードは笑いながら逃げようとする私をじっとみていた。

 最初はただじっとながめていた。

 全然追ってこようとしない。

 扉を一枚開ければ、その先には……。


「綺麗だよ。ミカエラ。君に汚いところなんてひとつもないんだね?」


「ひぃっ!? ど、どうやって……?」


 私はいつのまにか裸にされていた。

 身体を隠すものは、巧妙に遠くへと配置されていて、私は両腕で自分の身体を隠す。

 こういう時こそ冷静に。

 ベルくんの言葉が急に頭に浮かんできた。

 お願い、私を守って。ベルくん。

 

「僕が勇者なんだから、僕を好きになってよミカエラ?」


「嫌っ! 私とベルくんが婚約してるのは知っているでしょ?」


「……でも、まだあいつとは一つにはなったことがない」


 ぞっとした。

 クロードは笑っていたからだ。

 まるで小さい頃に私をいじめていた子がそのまま大きくなったような、不気味な笑み。

 私はふっと自分がこれからどうなるか理解した。

 下腹がキュウと凍りつく感じがした。


「……やだ。やだやだやだやだぁ! お願いクロード、やめて。こんなの間違ってる。今なら戻れるから、一緒に外に出よう? なにか暖かいものでも作るから……」


「もう、とっくに戻れないのさミカエラ」


 もっと抵抗できると思っていた。

 ベッドから抜け出して。

 何度も何度も連れ戻され、疲れ果てた私は。

 クロードにいつのまにか抱き締められていた。


 それでも、幾度も抵抗した。

 そうするとクロードは、耳元でぬるい吐息を囁いた。


「君が自ら求めるまで続けるよ? そういう能力だし、いずれそうなる」


「離して! 嫌ぁ……っ」


 私は何度も抵抗したんだ。

 だけど、ついに。


「ベルくんんっ、いやぁあ……」


「ミカエラ、やっぱり君の中は暖かいよ?」


 気持ち悪い。

 クロードは私を汚いものに変えてしまった。

 せめてもの抵抗に、私は微動だにしなかった。

 このまま舌を噛み切ってやる。


「つまらないな。しっかり僕を愛さないと、ベルをこの能力で殺すよ?」


「え……な、んで」


「さあ、仕切りなおそうミカエラ」


「やだぁ……どうしてまた、ううっ!?」


 何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も繰り返される行為に、私の頭はおかしくなってしまった。


 何度も何度も何度も何度も、いつまでも繰り返されて今がいつだかわからなくなる。


 次第に私は純真だった頃を忘れる。



 何度も何度も何度も積み重ねられて……私はどうでもよくなってくる。


 ベルくん……。


 ベルくんっ。





 クロード、もうやめて、きもちいいのはわかったから……こわれる。わたしこわれちゃう。

 やめてよクロード、お願い。もうわかったからっ!



 何度めかの絶頂で、私はこう口にしていたの。


「クロード、愛しているわ」


「僕もさミカエラ」


 ようやく解放された私は、その日の宿屋の廊下に立っていた。

 思わず厠へと走り、思いっきり吐いた。


 時間にして、クロードの部屋に訪れてからたった数瞬の出来事。

 クロードの能力か、まるで嘘のように時間が進んでいなかった。


 地獄の責め苦のように繰り返されたというのに。


 私がベルくんを裏切った日だから全部覚えてる。

 忘れたいのに、忘れてくれないの。

 だから毎日思い出して、勝手に涙が出てきてしまう。



「やたっ。雨が降ってきた。これで今日は星が見えないね……」



 涙が出るとクロードは機嫌が悪くなる。

 だから、私は雨が好き。



 さあ、大好きなクロードのところに行かなくちゃ。

 

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