崩壊のエチュード
第4話 決意の杯
――ここは宿屋に併設された【林檎の種】亭。
数多くの冒険者たちが集い、仕事終わりに酒や料理を楽しんでいるのは良く見られた光景だ。
広いホールの端っこ。目立たないテーブル席からその声は響いた。
「でもそれって、おかしくないですか!?」
ジョッキをテーブルに叩きつける音と共に、響く女の声。
同じように騒ぐ客に掻き消され、誰も気に留めるものはいなかった。
唯一人、あのテーブルにジョッキを運ぶ給仕嬢の他は。
給仕嬢はひとり苦笑いする。何杯飲む気なんだあの娘は?
成人したばかりの15歳ぐらいに見えるのだが、かなりの美少女だった。
白いフードで頭を覆っているためチラリと見える整った鼻と艶のある黒髪の他はわからなかったけど。
冒険者をやっている魔法使いかしら?
それにしては不思議な柄のローブを着ていたけど。
白い布地に点と線を繋いだような、赤い紋様。
このあたりの人間じゃなさそうだ。
「ベルヌ様が追放されるのおかしくないですか? だってぜぇーんぶ整えたのベルヌ様と私達じゃあないですかっ!?」
「お主、のみすぎじゃよ」
「そ、そうですよー声がおおきいですぅ」
仲間だろうか?
小っこいのと、胸がありえないほど大きいの。
あの二人は白ローブの女とは違う、黒灰色の地味なローブを着て、紋様もないみたい。
どうやら暴れだそうとした女を二人がかりで制止したようだ。
給仕嬢はやれやれと溜息をひとつ。暴れるならよそでやってくれればいい。
料理長に呼ばれ、他のテーブルに料理を運びつつ。
どうしてかそのテーブルのことが気になっていた。
「俺ちゃんは逆に良かったって思うことにしてる。だってわざわざ『死んだふり』までして【勇者】の太鼓もちなんてめんどうだなーって思ってたし。ベルヌ様は魔王が似合うじゃん? それよりリリィちゃん。今日は俺ちゃんと部屋で夜の四天王会議しようぜ?」
「いやじゃ腐れ●んぽ」
「辛辣すぎるー!?」
ひときわ大きな身体をもつ筋肉男は、小っこい……というか子供のような身体もつ女に対し抱きつこうとし、裸足だった幼女に股間を蹴り上げられた。
顔色がやけに悪い筋肉の塊のようなその男も気になったが、幼女の方。
キラキラと光る目の不思議な魅力をもつ美少女だ。
薄い金色の髪とつぶらな瞳。
耳が長いわね。
だが一番数多くジョッキを空けているのはなぜなんだぜ?
料理長に確認すると、「あれはかまわねえ」の一点張り。
どう見ても幼女ですけどー!? 年齢確認したほうがいいんじゃ……?
給仕嬢は流し目でそのテーブルを確認する。
仕事中なのに気になって仕方がない。
「それより、どうします? ベルヌ様のことなんですけどぉ」
「そうですよシャティア! ベルヌ様ったらいつまでもいつまでもクズのような女のことでグチグチと……近くにこんな美少女がいるのに」
「うぅ、アリス。私が言いたかったのは【勇者】というお立場を失ったベルヌ様の心配を……」
「ありえないっ! あんなにショックを受けるなんておかしい! ショックを受けたとして、落ち込んだベルヌ様が私を抱かないのは異常!」
「えぇ……」
白フード女の言い分に困った顔をする巨乳の女。
巨乳女は胸だけではなく、背も高い。他テーブルの女性陣よりも頭がいくつか抜けている。
青みがかった長髪でふわりとした雰囲気の母性あふれる美女。
でもやっぱり何よりも目立つのは豊満な胸、胸、胸!
なんか腹立つなあのテーブル。綺麗どころばっかりじゃん。
給仕嬢は他のテーブルに料理を並べ、尻に伸びてくる手を払いながら横目で確認する。
「大丈夫じゃよ。ベルヌ様はああ見えて純情じゃが、やるべきことは見えているはずじゃ。私様はそれに従うのみじゃな」
「確かに。リリィちゃんはいいこと言うぜ」
「黙れ腐れ●んぽなのじゃ」
「名前で呼んで? せめてフランツという俺ちゃんの名前で呼んでー!?」
小っこい幼女の頭を撫でようとしていた筋肉大男はうざそうに手を払われて涙目になっていた。
一体どういう関係性なんだろう?
冒険者のパーティにしては異質。
料理を楽しみに来た家族……なわけない。
「とにかく、今はベルヌ様を向かえにいったほうがよくね? あえて城じゃなくこっちに引きこもってるのにも理由があるんじゃねーかと俺ちゃんは思うんだけど?」
「……同感じゃな。【勇者】が代わって一ヶ月。きな臭い噂を耳にすることが増えたのじゃ」
「魔物の凶暴化……法国からの依頼の増加というのも気になりますね」
「お金ないはずですからねー。この辺りのギルドに依頼してくるクエストの半数以上が法国由来っていうのは、さすがにあからさまな気がしますぅ」
一体なんの話をしているのだろう?
法国?
たしかにエイン法国のおかげでこのあたりのギルドの賑わいは増している。
それもこれも、魔王が魔物を凶暴化させたおかげらしいのだけれど。
私達は冒険者がやってきて儲かるけど、森で暮らす人や行商は何人も襲われて殺されている。
街に魔物が侵入して、皆殺しにあったって話も……。
さすがに諸手をあげて喜べることではない。
魔王なんて本当に恐ろしい存在だと思う。
それに噂だけど、勇者様が代わったとの話も聞く。
ニセモノがパーティに混じりこんでいたんだって。
大丈夫なんだろうか、勇者様。
……きっと大丈夫ね。とても強くてかっこいいお方らしいから。
給仕嬢はうんうんとひとりで頷く。この歳で……といってもまだ18歳だが、勇者の伝説を心から信じているのだ。
勇者様が魔王を倒せば、きっと世界に平和が訪れる。
将来は勇者様のような男と結婚したい。まだ相手はいないけど。この歳で?……うるさい悪いか!!
給仕嬢は勝手に赤くなり、勝手に自分を罵る。
そうこうしている間に、あのテーブルでは話題が変わっていた。
「【聖剣】の登場はさすがに予想外だったぜ。まるで自分たちが考えたおとぎ話の登場人物に殴られる的な? まービックリしましたよ。ベルヌ様でもビビることがあるんだーってね」
「じゃな。私様もたいがい人物を見てきているのじゃが、ベルヌ様ほどお強い方はいなんだよ。じゃから今回はイレギュラーが過ぎる」
「リリィでも見た事ないんですか。じゃあ誰も知るわけないですね。年齢的に。あとベルヌ様は最強です」
「アリス。年齢の話は禁忌じゃよ? ふふん。ひいひい鳴きたいのかのう?」
「や、やめてくださいリリィさん。こんなところで殺気とばさないでぇ」
仲がいいのか悪いのか。
幼女は自慢げに可愛らしい胸を張り、白いローブの少女はやってみたまえと鼻を擦ってみせる。
止めようとする青い髪の巨乳はあたふたと困り顔だ。
やっぱり冒険者なのだろうか?
いいなぁ。と給仕嬢はすこしだけやっかんでみたりもする。
給仕嬢は冒険者にはなれなかった。
無理をすればなれたかもしれないけれど……兄弟だって養わなければ。
ああ見えて冒険者たちは死地を越えてきているのだ。私が死んだら家族は大変だよ。
自分たちはそんな冒険者たちに美味しいご飯を提供するのが仕事。
戦闘に役立つようなスキルはなかったけど、こうして関わって生活して。
彼らのことは一定の尊敬をもって接している。
……ただしセクハラは断る!
尻を触ってくる男には銀製のお盆で制裁を加える。これが【林檎の種】亭流だ。
一段落したのか、白いローブの少女は酒の入ったジョッキを片手に立ち上がる。
乾杯でもするのだろうか?
給仕嬢にはなんだか、その光景がすこしだけ寂しげに思えたのが不思議だった。
「ふぅ、結構飲んじゃいました。じゃあ皆いいですか? 後悔はしませんか? 【聖剣】を手に入れたニセモノ【勇者】とぶつかったら……多分死にますよ?」
「俺ちゃん賛成」
「異議なしじゃ」
「がんばるですぅ」
「それじゃ、あらためて【魔王様】に乾杯! 私達、四天王はベルヌ様と共に」
「「「乾杯!!!」」」
さらりと、ローブの少女が聞き捨てならない言葉を発した。
世界の悪役、魔王を信奉するような乾杯。
許せない……。
魔王のせいで困っている人が沢山いるのに。
街だって暴れる魔物に襲われたというのに。
給仕嬢はわなわなと肩を震わせ、銀のお盆を手にそのテーブルへと向かおうとする。
「あ……れ?」
テーブルには、誰も座ってはいなかった。
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