第3話 追放

「……【勇者】の俺に対しこのパーティを去れと、そう言ったのか?」


「ああ。聞こえていなかったか? ベル。君はもう僕たちに必要のない存在だよ」


 開いた口がふさがらなかった。

 月の光を背にした幼馴染が、クロードがそう言葉を放つ瞬間。

 なんと彼は笑みを顔に浮かべていたのだった。

 なんで?

 動揺をして足が震えそうになったが、悟られないように耐える。

 クロードは一緒に育った幼馴染だ、こんな事を言う奴じゃない。


「理由を聞かせてもらってもいいか?」


「もちろんだ。そのためにここに呼び出した。ベル……今日もよく星が見えるだろう? きっと僕を祝福するためにあの星たちは輝いているに違いない」


「御託はいいから、理由を」


「僕が【勇者】をやることにしたからさ」


 頼りになる【賢者】。クロードの切れ長の瞳が挑発的に俺を射抜いている。

 どうして今その言葉を口にした?

 どうしてこの宴の夜に?

 どうしてこの場所で?

 俺はクロードの行動の意味を考えていた。

 彼は短絡的にものごとを考える男じゃない。なにか意図があるはずだ。

 しかし考えれば考えるほど、目の前のクロードが不気味な存在に思えてくる。

 

「本気なのか?」


「本気だとも」


 迷いのない返答にこちらが気おされそうになる。

 言い方は悪いが、クロードたち勇者の仲間は語り部にすぎない。

 俺が何年もかけ演出してきた、勇者と魔王の戦いの脇役。

 自分を自動人形(マリオネット)だとも気付いていないクロードが、勇者の役割をし人間の平和を作り出すことなど出来はしないだろう。

 一時の気の迷い。まだまだ若いのだ。

 彼の気持ちは汲んでやりたい。だが……。

 笑って済ませればいいという考えは、クロードの次の言葉で粉々にうち砕かれる。


「ミカエラは僕の女になったよ」


「………………は?」


 余裕ぶっていた俺の心が、裏側から殴られたように揺さぶられた。

 ありえない。適当なことを言うな。

 俺を動揺させ、ボロを出させようとしているのだろう?

 そんなことをして何になる?

 早く宴に戻ろう。そしていつものように――。


「ごめんなさい……ベルくん。私、あの、」


「言ってやりなよミカエラ。ベルにしっかりと、僕と結婚することにしました。ベルとの婚約は解消させてもらいますってね」


「うう……」


 クロードの背後から現れたのは、ミカエラだった。

 月明かりを反射して髪の毛が金色に輝く。

 それどころではない状況なのに、やっぱり美しいと考えてしまった。

 まさかミカエラがそんな裏切りをするとは思えない。

 何かの間違いに違いない。

 ミカエラは濡れた瞳を俺に向けながら口を開いた。


「ベルくん、ごめんね。私、クロードのことが好きなの。だから、これまでのことは忘れてほしいの。だって、ベルくんが悪いんだよ? 私のことちゃんと見ずに、ずっと難しいことばっかり考えてるから」


 流れ星が、落ちた。


「ミカエラ、なにを言って……」


「私ね、クロードに愛されて変わったの」


「愛されて? 一体何を言ってるんだ?」


「もう。ベルくんって察しが悪いなぁ。私ね、クロードとよくお話してたでしょ? クロードと私ね、ずっと前から……ふふっ、ねっクロード?」


「ああ、ミカエラ。今日も良かったよ。全く魅力的な身体をしている。胸はヨランダに負けるが」


「もうっ!」


 なんだこれ。

 視界がゆがんで立っていられない。

 目の前にいるのは幼馴染なのか? 人間の皮を被った悪魔なのか?

 俺と同じ言葉を発しているのか?

 まるで別世界に迷い込んだようだ。あまりに異質。

 この丘で幼馴染と会話しているにしては、俺だけすさまじい距離をあけて話しているような。


「みんな、大丈夫みたいだ。もしかしたら暴れるかもと考えていたけど、そんな気力すらないらしい」


「そうみたいっすねーもっと面白いのが見られるかと思ったっすけど」

「……情けない。やはりこうなったか」


 クロードがどこかへと話しかけると、隠れていたのかヨランダとエマが出て来た。

 二人もミカエラと同じく、クロードの横へと並ぶようにして立つ。

 膝から崩れ落ちた俺を見下すようにして、四つのニタニタとした笑いが突き刺さる。

 まるで死んだばかりの処刑者でも見るような視線だった。


「話を戻すぞベル。僕が君の代わりに【勇者】をやる……いや、元から僕が【勇者】だったと言うほうが正しいな。この状況じゃ気がついているとは思うけど、ヨランダとエマも僕の味方だよ?」


「ベルっち残念でしたねー。ウチはクロっちにつくっす」

「……クロードを支持する。当たり前だが」


 クロードと腕を組んだヨランダはへらへらと笑ってみせ、エマにいたってはクロードに寄りかかっている。

 不機嫌そうな顔をしたミカエラは頬を膨らませ、クロードの背中に抱きついた。

 一体何を見せられているんだ?

 俺は一体、何を?


「幼馴染の優しさをわかってほしい。本当だったら、僕は君をここで殺さなければいけない。先程言ったように、大人しく出て行ってくれないか?」


 何を言ってるんだこいつは?

 クロードはまるで俺を哀れむかのような視線を向け、再び出て行けという。

 殺さなければいけないと言う。

 元々俺が考えた物語なのだ。俺がやめるわけにはいかない。

 魔王である俺と戦うつもりか? 笑わせる。

 人間の力では絶対に俺には届かない。

 腹が立った。

 俺のミカエラを穢した憎たらしい奴。

 普段は力を人間には振るわないようにしているが、今は……。

 俺は一発殴ってやろうかと右足を一歩出した。


「――あと一寸でも動いたら、君の足を切り落とすよ?」


 右足の先すれすれに剣の刃先を向けられているのに気付く。

 見慣れない黄金の装飾がされた、銀色の長い抜き身をもつ剣だ。

 いや、それよりも驚いたのは。

 この俺が反応できなかった!?


「これが【聖剣】さ。僕が選ばれた。つまりベル。君は嘘つきだったって事だねえ?」


 生き生きとその剣を扱うクロードは、まるで人が変わったように剣の腕を上げて……いや、そんなレベルの話ではなかった。格が違っていた。

 まるで剣がクロードに恐ろしいほどの力を与えているような。

 その剣で斬られれば俺ですら死ぬ。剣から発する異様な気配で俺は察知した。

 この物体は間接的に不死でさえある俺に届く可能性のある武器だ。

 どうして?

 疑問が次から次へと浮かんだ。

 死ぬかもしれないなんて考えたことがなかった。

 いつでも死ぬのは、自分の大切な人ばかりだったから。


「君がいろいろと小賢しいことを考えていたのは、僕も知っていたんだよ。だから願ったんだ、僕も勇者になりたい。とね。そして願うだけじゃなく鍛えた。君達に隠れて何ヶ月も、何年も鍛えて鍛えて、それでもベル。君には届かなかった。原理的物理的に届かないんだ。恨んだよ。妬んだよ! でもね、あるときこの【聖剣】が僕の元へきて言ったんだ……本当の【勇者】はこの僕、クロードだってね!」


「その剣は!? どうしてそんなに力を持っている?」


「ははは、うらやましいかい? 妬ましいかい? でも教えてあげないよ。君だって僕に全ては教えてくれなかったんだからさあ!」


「違うんだクロード。俺は!」

 

 騙すつもりはなかったんだ。

 ただ、一緒に平和な世界を、人間が争わない世界を作れればと考えて……。


「……ベルくんの嘘つき」


 は……?

 ミカエラの口がそう言ったのか?

 俺はあまりの衝撃で揺れる視界の中、皆の姿が遠のくような感覚に襲われる。

 恐らく間違っていない。

 ずいぶんと前から遠くに行ってしまっていたのに、気付いていない愚かなピエロだったのは俺だったのだ。

 皆はもう手の届かない場所に行ってしまった。

 【聖剣】の力?

 そんな力があるなら、それはまるで……。


「そうさ。僕が真の【勇者】。クロードが世界の全てを救う救世主なのさ」


「ベルっち嘘はいけないっすよ?」

「ベルのせいで時間を無駄にした。迷惑している」


 待ってくれ。

 みんな、ちょっと待ってくれよ。

 俺は勇者と魔王の物語のために、何百年もかけて準備をしてきた。

 勇者なんて創作だ。

 皆が平和に笑える世界、それを作れさえすればそんなものどうでもいいものなんだ。

 待ってくれ、クロード。

 俺がクロードに延ばそうとした手を、ミカエラがパシリと払った。


「……さよなら。ベルくん」


 まるであの夜と同じ星空の丘で、俺はパーティから追放された。

 

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