第2話 思い出
丘に向かう道を歩きながら、村の風景を眺めてみる。
全く変わっていないように思える。
あの時と同じ、夜空には満天の星が瞬いて村のこじんまりとした家屋達を見下ろす。
ミカエラは【聖女】に選ばれたことを心の底から喜んでいたっけ。
彼女の両親は魔王と戦う勇者の仲間に選ばれたということで心配したみたいだが、俺が勇者だと知ると信頼してミカエラを預けてくれた。
幼馴染としての付き合いもあったし、かねてより俺は『強さ』を演出していた。
暴れる魔物の討伐など、村の男達が駆り出されたときにさりげなく実力を発揮する。
難なく魔物を屠る俺にきっと俺が勇者へと選ばれるに違いないと信じる村人も少なくはなかったみたいだ。
騙しているとは思いたくない。
仕方なかったのだ。
全ては勇者と魔王の物語を現実のものとするため。
ミカエラたちを巻き込んでしまったのは心苦しかったが、逆に心強くもあった。
孤独な戦いに真実の仲間ができたような気がしたのだ。
勿論、皆には全てを話すことはできないが、俺には助けてくれる仲間がいる。
そう思えることで救われたことも確かだ。
嬉しかったんだ。
「ほら、【
冒険を始めて間もなく。
【聖女】の役割を与えられたミカエラは、次々と仲間を癒す力を発現させた。
嬉しそうに報告するミカエラは、新たな力を発現させることが俺との距離を詰めることに繋がるかのように考え、つらい修行にも自ら耐えた。
課せられた修行の何倍もこなしてみせ、笑顔をふりまく姿はまさに聖女と言って過言ではなかった。
エマやヨランダ、ひいてはクロードまでもが最初からある程度出来てしまう才能を持っていたため、戦いの経験が全くなかったミカエラにはさぞかし焦りの気持ちが募る状況だっただろう。
ひいきはしたくなかったが、俺はミカエラの成長に合わせ進んでいくべきだろうと考えていた。
しかし杞憂だったと思い知らされる。
「【
驚かされた。
実際一番最初に【聖女】として完成したのはミカエラだった。
ミカエラは寝る間も惜しみ自らの力の研鑽に励んだ。
常人には決して発動することのできない魔法、【
俺が付与した加護があるとはいえ、短期間で習得するのは異常なことだった。
【
ミカエラは拡張した魔術回路の痛みを全く顔に出さず、こう言った。
「ベルくんの役に立ちたいから。私だけ足手まといは嫌だから……っ」
激しい痛みは辛いだろうに。
痛みを和らげる薬は、進化を止めてしまうから使わない。
まるで別人を見ているみたいだった。
あの、自分の意見すら口ごもり村でよくいたずらされていた少女はどこにもいなかった。
美しい少女の目には覚悟が宿り、俺をじっと見据えていた。
心強かったのはミカエラのみではない。
一緒に育ったクロードは、【賢者】としての才を順調に開花させた。
全ての属性の魔法を使えるなど、一種しか与えられぬはずの魔法能力の理論を超越した存在になりつつある。
【剣聖】エマ、【盾騎士】ヨランダも順調に能力を開花させた。
当初は何の能力も持たぬ女だとミカエラの事を軽視していたエマやヨランダも、ミカエラの常人離れした努力と気迫を目の当たりにして評価を変えた。
ミカエラの方もエマとヨランダを誤解していたと心を新たにする。
ある魔物の討伐をしていた旅の途中の話だ。
火に薪をくべながら、ヨランダが唐突に尋ねてくる。
「順調すぎて怖いっすねベルっち?」
「そうかヨランダ? 魔王城まではまだまだ先とのことだが?」
「違うっす。ベルっちとミカっちの仲のことっすよー」
「なな何言ってるのヨランダさんっ! 違うよねベルくん? 順調だけどまだ違うよねベルくん?」
「まだって何だミカエラ。私に隠し事か?」
「エマさん……あの、いやぁ」
「えろいことっすか!? えろいことしちゃうんすか?」
「ううぅ」
爆発魔法のように真っ赤になるミカエラ。
照れた顔が妖精のように可愛らしく、金色の髪は闇の中で輝く光だ。
いやらしい笑みを浮かべたヨランダと真顔のエマがはやしたてる。
焚き火を囲めば、いつもこんなくだらない話で盛り上がった。
クロードだけは一歩引いた態度でいつも本を読んでいるか、瞑想をして過ごしていたのが気になったが、彼は彼なりに考えがあるらしく。
どうしたんだと声をかけたところ、クロードはこう答えた。
「……僕はいろいろと考えたいんだ。ベル、君はミカエラと一緒にいてあげればいい」
「なにか言いたいことがあるのか?」
「別にない。今は」
気難しいのは昔からだ。
剣術の修行でも、クロードは俺が勝つと途端に機嫌を悪くする。
恐らくだがクロードは勇者になりたかったのだ。
俺はそんなクロードに【賢者】を押し付けた。
やはりすこし罪悪感はある。
そんなクロードでも戦闘にはしっかり参加するし、食事時にはミカエラと会話を交わしたりしていたのでそれほど心配はしていなかった。
わかってはもらえないだろう。
クロードは俺よりも自分のほうが勇者に相応しいと考えているのかもしれない。
きっと一緒に旅をすればいずれ……。
淡い期待を抱くのは間違っているだろうか?
もしかしたら俺がクロードに対し距離を取っているのだろうか。
合計すれば何百年と生きているはずの俺でも、たった15の齢の男の気持ちすら汲み取れない。
一人の人間の気持ちすら知る由がないのだ。
今を生きるものたちが戦争をやめることがどれだけ難しいかを物語っているとは思わないだろうか?
いや、簡単に諦めるのはよそう。
何年もかけて準備した壮大な茶番なのだ。成功させなければ意味がない。
その日は森を突っ切るコースを進んでいた。
森の中で野宿するため焚き火を消し、身を寄せ合って眠る。
気兼ねはない。まるで小さな家族だと思った。
「ベルくん、一緒にあの、ね……寝てもいいかな?」
「ミカエラ。みんなが近くにいる」
「違うくて! 後ろからすこし背中を触らせて欲しい……」
「わかった」
落ち葉の上にマントを敷いただけの簡易的な寝床に軽い体重がふわりと追加された。
森の中にはパーティメンバーの寝息しか聞こえず、まるで俺とミカエラだけが皆に守護してもらっているように感じた。
ミカエラは、背を向け横になる俺の背中に手を当てる。
小さくて細い手。当たった所がじんわり温かく感じるような、安心する感触だった。
なんだかすこしだけ変な気分になってしまう。
「ベルくんの背中、なんだか触っていると安心できるよ。私、こうなることをずっとずっと望んでたんだよ?」
「うん」
「ふふっ、初めて男の人の背中を触っちゃった!」
「俺もこの身体で初めて触られた」
「ヘンなの!」
ミカエラは俺の背中に抱きつき、そのまま眠った。
これほどまで暖かい気持ちは初めてだったかもしれない。
「昨日はお楽しみじゃなかったっすねーつまんねーっす」
ヨランダは翌朝口を尖らせて俺とミカエラを非難してきたが、あの状況で何をしろと?
無茶をいうな、無茶を。
俺とミカエラは顔を見合わせ互いに苦笑いをしたものだ。
「はは、俺もずいぶん人間らしくなったものだ」
宴に全ての村民は駆り出されているので、村は静けさに包まれていた。
そんな中、思わず独り言が口をついて出る。
こうして再びゆっくりとこの村を歩けるのも、ミカエラとクロード。それとヨランダとエマ、ココ村の住民のお陰かもしれないな。
しっかりと村の風景を目に焼き付けるようにして歩みを進める。
次に帰ってこれるのはいつになるだろう?
帝国と法国の争いは収束したようだが、共和国との争いは積年の因縁もありそう簡単にはいくまい。
三国同盟を続けられるのも、俺たち勇者の活躍にかかっている。
このような平凡な村からでも、世界を変える力をつくりだせたのだ。
きっと平和な世界をつくりだせる。
人間同士が争うことのない平和な世界をデザインできる。
家屋の立ち並ぶ村中を抜け、雑木林を掻き分け。
小高い丘の上で待つクロードの元へ。
彼は微動だにせず待っていた。
白髪が月と星の明かりに濡れ、本当にいい男だ。
救った街で毎回女に惚れられるのも仕方がないと納得できる。
俺はクロードに軽く手を振る。
クロードは気付いているのかいないのか、軽く口元を動かしただけであった。
「どうしたんだ、こんな場所に呼び出したりして?」
「本当にわからないのか?」
「一体なんの話なんだ? 魔王城の攻略の話なら、わざわざこんな場所でしなくても……」
「すまないが勇者パーティを抜けてくれ」
俺の幼馴染は、無表情のまま俺に対してそう告げた。
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