魔王だけど勇者でしたが追放されました〜やっぱり魔王をしなければいけないらしい〜
晴行
星が落ちるまでのプレリュード
第1話 プロローグ
「勇者と魔王の話って知ってる?」
なんて話しかければ、この世界の人間なら誰でも「知ってるよ」と答えてくれるだろう。
ここまで来るのに何百年もかかったのだが、努力は無駄ではなかった。
しっかり神話として定着した作り話は、魔王の襲来を予言し勇者の到来を待ち望む民衆にきっちりとあらわれている。
不安だからだろうか。
俺は何度もミカエラとクロードにこの話を聞かせて「そんなの赤ちゃんでもしってる」などと呆れられたものだ。
12歳の頃、村のはずれにある小高い丘で、星を眺めながらミカエラは言った。
「大きくなったらベルくんのお嫁さんになる」
流れ星が一つ落ちる。
恥ずかしいことに、歳端もいかぬ少女の気持ちの吐露が嬉しかった。
恒例の『大きくなったら何になる?』などという話のながれで、普段ならば幼馴染のミカエラはいつも口ごもるか、想い悩むそぶりを見せ押し黙っていた。
そんな少女の突然の告白。
天から祝福されたような長い金色の髪と、透き通るような碧眼はこの村一番の美少女と誰もが認める所なのだが、非常に大人しいため近所のクソガキなどによくからかいを受けている。
見つければ守ってやっていたのだか、そのたびに顔を真っ赤にしながら礼を告げる姿が印象に残っていた。
美しい顔は笑顔になると花が咲いたようで、それを見せつけられればやはり美少女だと認めるほかなさそうだ。
「そうなんだ。ミカエラはベルのこと……僕は勇者になりたいな」
もう一人の幼馴染、クロードはそう言った。
手をギュッと握って震えているようだったが、しっかりとした意思をもつ。
この年頃の男児にしては冷静で沈着。それに頭もかなり切れる。
クロードはきっと大成するだろう。
切れ長の目と真っ白な髪が珍しい、顔立ちが整った男。
12歳にしてすでに女がいるなどと噂を立てられるぐらいには大人びている。
「ベルくんは何になるの?」
ミカエラのつぶらな瞳が向けられる。
そのとき俺は、なんと答えたのだっけ?
「……すまない」
村では毎朝、両親の墓に手を合わせる。
ココ村は村民の顔を全て覚えられる程度の規模の田舎であり、俺は孤児であった。
クロードの父親が村の有力者であるため、支援を受けつつ育ててもらった。
10歳を超えたぐらいからは違和感を与えぬ程度に受けた恩を返すために村のため働いている。
黒い髪。金色の目。
どちらも両親に貰いうけたものではない。
なぜなら、俺は転生して両親の元へ生まれてきた存在だからだ。
生まれ変わってこの村に生をうけたものの、結局いまだ戦争を無くすことは出来なかった。
人間を滅ぼすのは人間同士の争いである。
俺の両親は俺が幼いときに人間同士の戦争に巻き込まれて死んでしまった。
自分自身がいくら強くても、周囲の全てを守ることなどできない。
愛情を注いで育ててくれた両親に報いるため、これまで接してきた良識ある人間に恩を返すため。
15歳になった俺はついに行動を起こすことにしたのだ。
「俺も勇者になるよ」
そして、魔王は見計らったように襲来した。
人間を釘付けにするために、あやつり人形のような日々が続いていった。
生かさず殺さず、被害はなるべく多く吹聴し。
勇者の価値を高め、魔王を蔑み。
人間同士で争っている場合ではないという雰囲気をこしらえた。
そして大仰に勇者選抜の儀なんてものを裏から手を回した。
成人した15歳の少年少女を集め、宣託を行う。
勇者が一人と、仲間が四人。
仲間が必要なのは戦いの語り部になってもらう必要を考えてだ。
勇者の仲間は実際に才能ある者を選ぶのだが、最初から勇者は決まっている。
会場である教会で、俺とミカエラ、クロードは一緒に儀式を受けた。
魔法の珠に手を当てるだけの簡易的なものだ。
俺の村……ココ村は人数が少ないため、すぐに順番が来る。
判別をする神官は、珠に浮き出た文字を見て腰を抜かしたように驚いていた。
「で、出た! 勇者は……ベル。ココ村のベルが【勇者】に選ばれました!」
「すごい! おめでとうベル!」
「っ……お、おめでとうベル。君が勇者でよかったよ」
満面の笑みで迎えてくれるミカエラ。
嬉しいのはわかるが、人前で抱きつかれるはちょっと恥ずかしかった。
ミカエラは12歳の頃から3年、さらに美しく成長していて女として磨きがかかった。
何度も男に告白されたが全て断ったらしい。
自分が俺に抱きついたことに驚き、燃え盛るように顔を紅くしていた。
クロードは微笑を崩さず、余裕の態度で握手を交わしてくる。
彼が勇者になりたい気持ちは理解できた。しかし俺が勇者でなければいけないんだ。
幼いころから一緒に育ったクロードとは絶対に殺し合いたくない。
ミカエラもクロードも、村で平和に暮らしてほしい。
しかし運命は予想外を告げる。
「【賢者】が出ました! ココ村のクロードです!」
「なんと……【聖女】までも。ココ村のミカエラ。あなたです」
能力が高いものを選抜する勇者選抜の儀。
二人とも高い適性を持っていたため、勇者のパーティに選抜されてしまったのだ。
成人になったばかりの二人だが、大きな素質を持っていることは知っていた。
まさか幼馴染が選ばれるとは考えず対策をしなかった俺のミスだった。
「うれしい。本当にうれしいよベル……。ベルくんと一緒に冒険できるんだ。世界を平和にする旅に、私もついていっていいんだ!」
涙を流して喜ぶミカエラ。
「小さい頃から三人で世界を救いたいって話してたけど、まさか本当になるなんてね。僕は全力で君をサポートするよ」
驚きを露にするクロード。
公正に行われた選抜の儀、今更無かったことになど出来はしなかった。
こうして俺たちは一緒に冒険し、悪を屠り、魔王を倒す勇者一行となったのだ。
三年間。
とても充実した三年だった。
仲間に加わったのは【剣聖】のエマ。【盾騎士】のヨランダ。
「ベルさん。宜しくお願いします」
「ああ、よろしくエマ」
エマはスレンダーで鍛えられた身体をもち、赤髪を後ろでまとめこざっぱりとした印象だ。
それは動きやすいからという理由であって、食事のときなどは髪を下ろしていた。
念入りに手入れされているのがわかる艶があり、よく髪を触っていた。
剣術には元から優れていた。
貴族の生まれらしく、礼儀作法や戦闘方法などは叩き込まれているらしい。
完璧な振る舞い。これがミカエラをやきもきさせる原因らしかった。
よくも悪くも、俺たちは村人。
エマのそつの無さがミカエラを焦らせるらしい。
「よろしくっす。ベルっち」
「変わった口調だな。よろしくヨランダ」
ヨランダは一言で言えば豪胆だ。
やや緑がかった髪をもち、途中からウェーブになり肩まで伸びている。
エマとは対照的な豊満な身体を持ち、戦闘では盾を両手に持ってずんずんと前に出る。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという理想的な体型なので、中途半端なミカエラがやきもちを焼くのは仕方がないと思えた。
ヨランダは教会と併設された孤児院を出自に持ち、信仰が厚い。
ミカエラが頬をふくらませた時は、ヨランダの大きな胸に抱き締められどうどうといなされていた。
ちょっとだけ俺もそうされたいと考えたことは内密にしておく。
奇しくも女性が二人も加わったのがミカエラにとっては大問題だったらしく、最初は打ち解けるまで時間がかかった。
しかし魔物との戦闘や、次第にめざめる自分たちの能力。仲間との連携、国や民衆からの期待を自覚するにつれ連帯感は増していき、俺たちは打ち解け最高のパーティとなった。
勇者一行の役割は、魔物の討伐ではない。
真の目的は人間たちを結束させ、争わないように仕向けるプロパガンダの役割を果たしてもらいたいのだ。
その点、美男美女の揃ったこのパーティは都合が良かった。
瞬く間に噂が国中に広がり、他国へと飛び火する。そしてなし崩すように人間国家の同盟が決まった。
「ベルくん、あの、良かったらでいいんだけれど、け結婚してくださいっ!」
冒険を始めて一年が過ぎたころ。
星の見える場所に呼び出された俺はミカエラに改めて告白された。
ミカエラの気持ちを知っていた俺は、美しい幼馴染の告白に涙が出そうになった。
三年前……いや、もっと前からずっと俺を想ってついてきてくれている女の子がここにいる。
この子のように純真な人間が泣かない世の中にしたい。
そう考えて転生を繰り返したのだっけ。
「ああ。世界が平和になったら結婚しよう」
魔王を倒したら。と言えないのが辛かったが、俺はミカエラの気持ちを受け止めた。
顔を綻ばせ、大粒の涙をこぼすミカエラ。
まるで振られたかのかと見間違うようなその顔は、控えめに言って天使のように美しかった。
星が全て流れ落ちるまで抱き締めよう。
腕の中で震えるミカエラの瞳は、俺の瞳を映していた。
18歳、冒険を始めて三年が経とうとしていた。
俺たちはお互いに気心が知れ、俺とミカエラの仲も公然となり、全ては順調に進んでいた。
魔王城の攻略が着々と進んでいることをアピールしなければいけないため、ここで四天王を投入することに決めた。
四天王の一人を倒したとなれば、人間たちの大きな希望となりえるだろう。
閉塞感が生まれればまた略奪や争いが増えるかもしれない。
そう考えて、【疾風】を投入し撃破。
なんのめぐり合わせか、付近だったココ村で祝勝会をすることになった。
俺とミカエラ、クロードの故郷。
足を踏み入れるのは実に三年ぶりだ。
村は実入りが少ないにも関わらず、俺たちが帰ってくるとわかったらありったけの物資を調達してもてなしをしてくれた。
クロードの父は宴の席で、涙ながらにこう語った。
「私は誇りに思う。我が息子クロードと、もう一人の息子ベル。そして美しいミカエラ! 【剣聖】エマ様と【盾騎士】ヨランダ様。彼らの活躍で私たちは平和に暮らせている……この小さな村でもてなしも大したものではないですが、どうか楽しんでください」
クロードの父の心遣いに目頭が熱くなりつつも、どこか浮かない顔をしているクロードとミカエラの姿が気になっていた。
いつもならば酒豪のヨランダに絡まれあたふたとするミカエラや、女に寄ってこられ迷惑そうに眉を潜めるクロードの姿を肴に酒を楽しめるのだが。
普段ならば酒をあまり飲まないエマが杯を煽っていることも今におもえば不審に感じた。
宴も佳境かと思えたころ、クロードが近くまでやってきて耳打ちされる。
「あの丘で待ってる」
一瞬何を言われたのか理解が出来なかったが、あの丘といえば星を眺めながら未来を語った村はずれの小高い丘のことに違いない。
クロードはそれだけ告げると足早にその場を立ち去ってしまった。
ミカエラ、エマ、ヨランダの姿がいつの間にか宴の席から消えていることを不審に思いつつも、俺はあの小高い丘へと急いだ。
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