誰もいない世界

 ――僕が、僕に、僕で、私が、私に、私で。

 今日もタイムラインは大賑わいだ。皆が皆、まるでそこに報告義務でもあるかのように、時に、自撮りすらし、逐次、自分の居場所と行動を書き込んでいく。


 ――僕が、僕に、僕で、私が、私に、私で。

 時にそれは、唐突な人生論、仕事論の語りだったり、「厳しいことを言うようですが」なんて前置きすらも忘れない。


 だが、そもそも誰も頼んでもいない。


 ――僕が、僕に、僕で、私が、私に、私で。

 彼もそんななかのひとりだった。ただ、どちらかというと、皆のタイムラインを眺め、負けじとなにかを投下してやろうとしているうちに、日は暮れて、あまり稼げなかったリプの数に、くやしさをにじませることの方が多かった。


 ――僕が、僕に、僕で、私が、私に、私で。

 ただ、仕事と、一人暮らしのアパートの往復しかない、彼の人生において、多くの人たちとコミニュケーションがとれる、そのタイムラインは、彼にとっての、人生の宝と言ってよかった。


 そのほとんどの人間と、あったことがなかったとしても。


 そんなある日のことだった。夜、室内で、ふと、体の異変を感じたので、彼はすかさずスマートフォンの画面を開く。そして、

『なんか、お腹いたいなう』

 なんて書き込みをすると、


『え、大変!!』

『大丈夫?!』


 今夜の自分の投稿への誰かからのリプは、これまでで最速ではないか。彼は痛みにつられ、顔をゆがませたままにニヤリと笑う。とりあえず、ここは、腹を抑えた、辛そうな表情の自分でも撮って、もう一度、投稿してみよう。


『いてー』


 写真があるから、誰が見ても、すぐに意味は伝わるはずだ。また、一応、ネットの手前、ズボンは下ろしはしなかったものの、撮影のために、わざわざ、トイレに入って、座りこむ体勢まで作った。少し、脂汗を額に感じるが、彼にとってはどうでもよかった。


 ただ、ついさっききたはずの即効性が今回はない。無言で意志をしめすことのできる、「いいね」のボタンすら、誰も押す気配がない。しばらくすると、彼はなにも起こらないスマホ画面に舌打ちをし、部屋を移動すると、体温計などを手にとってみた。

 祈るように結果を待つと、やがて、脇から取り出した、その数字は、7度台後半などを打ち出していて、既に少し目眩はおぼえつつも、彼がしたことといえば、ガッツポーズとともに、その結果を写真に撮ると、


『熱、でてきたー』


 などと投稿することである。


 これにはしばらくすると、『え、急じゃない?』『さっき、お腹痛いだけじゃなかった?』などと、別のユーザーから絡んでくる返信があれば、「いいね」のボタンなども付き、


「なんだよー。みんな、さっきから見てたんなら、リプしろよー」

 と、既に、立ってる事が難しくなった体は、寝室に向かうことも難しく、その場で横たわると、姿勢をくの字になどさせていて、画面を眺めながら、苦笑する。


 ただ、みんな、いつにも増して、いい反応だ。彼は嬉しくなって、ふと、また、自撮りをしてみようと思った。すると、画面に映った、その顔は、つい、先刻よりも、なんだか少々、歪に膨れてすらいる。彼はその発見になおさら嬉しくなると、ニヤリとし、そんな顔面を、ネットにさらけ出すことにした。


『なんか、顔の形、変わってきちゃったんだけど』


 そして、笑っていることの象徴である、「草マーク」も言葉の末尾には忘れない。

 流石にこれには皆も、驚きは隠せないというものだ。


『いやいやいや。ちょっとの間に、顔の形、変わりすぎでしょ』

『やばいよ、それ! 病院!』

『救急車ー!』


 とうとう、なかには、学生時代の親友や、兄弟といった家族まで、顔をだすではないか。


 今や、彼の異常は更に進んでいて、体の痙攣すらはじまっていた。ただ、それでもスマホは手放さない。と、急な吐き気が襲い、なんとかトイレまで這っていこうとする途中で、全てもどしてしまった。息も苦しく、彼はすかさず、

『吐いてしまった』

 と、書き込む。


 朦朧とする意識のなか、覗き込んだ、最後のタイムラインの画面には、見知らぬ者から、友人知己、家族まで、各自が反応していたように思う。そして、遂に思った、彼の意識は、非常に満足したものだった。


 後に、彼のアカウントには、彼の家族を名乗る者が現れ、彼の死亡を報告する。すると衝撃は、彼のタイムライン上の多くの人々に伝わり、


『お悔やみ申し上げます』

『悲しい! まじかよ!』

『涙が止まらない』

『今、ショックで指先を震わせながら返信しています』


 などと、次々に返事が届き、拡散が拡散を重ね、いよいよそれまで彼と絡みもなかった人々からの反応も届き、その投稿は、所謂、彼が夢見た、「バズり」を起こした。


 ただ、次々に集った、ユーザーたちの次の瞬間の彼らのアカウントの書き込みは、『涙が止まらない』はずなのに、笑顔の自撮りとともに、自分の居場所と行動を書き込む報告であり、誰からも頼まれていないのに、『皆さんには、厳しいことをいうようですが』などと前置きされた、『指先を震わせながら』も、その割にはとうとうと語る人生論、仕事論で、埋め尽くされていく。


 ――僕が、僕に、僕で、私が、私に、私で。


 そして、彼の死亡報告も、まるでなかったふうとなるまで、そんなに時間はかからない。

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短編集 本庄冬武 @tom_honjo

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