そののち……〜童話「王様の耳はロバの耳」の後日談〜
ロバの耳の王が、国民全員のまえで、それまでひた隠しにしてきた自らの耳を晒し、それを民全員が受け入れたという密偵の報に、
「な……んだと?!」
と、御簾の向こう側で驚愕していたのは、隣国の王であった。
かの国の土地は豊潤だ。それに比べて貧しい土地しか持ち合わせていない国の主である王は、ロバの耳の王の国を我が物にしようと、虎視眈々と狙っていたのである。
兵力においても、ロバの耳の王のところとでは、圧倒的な戦力差があり、真正面から切り込むことは難しい。
ある日、そんな王のところに舞い込んだ機密情報が、「どうやら、常日頃から帽子の着用をといたことのない王の耳は、ロバの耳である」とのことだった。
なんと奇妙であることか! 良政で名高く、民の信頼もあつい者だが、そんな王の耳がロバなのだ。
(これが知れたら、流石に奴に集まる人心も離れるというものよ……)
千載一遇のチャンスを見た気がした隣国の王は、御簾の向こう側で、興奮気味に舌なめずりをした。
そして、しばらくして舞い込んだ情報によると、ロバの耳である王は、近日、散髪のために、とある美容師に王宮にくるよう、指示をだしたのこと。
隣国の王が、先ず、密偵たちにだした指示が、この美容師のことを徹底的にリサーチすることだった。性格、かかりつけ医等、洗いざらいでみえてきたのは、この美容師、ずいぶんとなんでも抱える性格で、月に決まって精神科に通院しているとの情報だった。
(クックック……)
密偵でもずいぶん苦労して手に入れた、王のロバの耳の情報である。散髪をするときに、本人が帽子を脱ぐのは間違いない。そして、この、国家機密レベルの情報を前にして、一介の市民の、ましてや専門の病院に通うほどの気の弱い美容師がそれを知って耐えきれるわけがない。御簾の向こうの隣国の王の眼は野心にランランと輝かせ、一計を案じた。
先ずは、かの国に潜ませた密偵を総動員させると、地下深くに潜らせ、井戸という井戸を、音響が通じるように工作させ、繋げさせると、王宮にて施術後の美容師が、案の定、日々、さい悩む様子を見せている、という監視結果を決定打に、美容師の精神科のかかりつけ医を暗殺、密偵に変装させては、その日を待ったのだ。
いくら自らの国より大国とはいえ、人心さえ王から離れれば、あとのことはどうとでも容易くなる、というのが隣国の王の読みだった。だが、これはどういうわけか。
「……下がってよい」
「はっ!」
心なしか力を無くした声が御簾から響くと、密偵は、王宮を去る。
(…………)
御簾の向こう側の、ガランとした自らの宮殿を、王は呆然とした心持ちで見回していたが、つい、本能の習性で彼は毛づくろいをはじめた。そう、隣国の王は、猫だった。
彼がいつから猫だったのか。またはもとから猫だったのか。それは此処では語るまい。ただ、姿に比べては不釣り合いなほどに大きな玉座の上にちょこんと座ると、これまで猫の額ほどしかない頭に、時に湯気をたたせながら、この小国を維持するために、様々な政策、謀略を打ち出してきたことだけは事実である。
また、内政においても、外交においても、多大な影響があるとわかっていたからこそ、今日、この日まで彼が徹底していたのが、どの人間の前にも絶対に姿を現さない、御簾ごしの政治であったのだ。
ただ、この日は、王の心を揺るがす大事件がおきたといっていいだろう。
(…………)
やがて、毛づくろいをやめた猫の王は、猫背のままに、自らの頭にある耳をクルクルと動かしながら、もう一度、誰もいない周囲を見回す。ユラユラと頭をゆらしながら、その姿はとても不安げだ。
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